2017/07/23 のログ
クローデット > 「………表にあるに越したことがないというのは、こういうことなんですよ」

青年の焦る様子を、クローデットは悠然と受け止めてみせた。
実際、「加害者」の分際で、この場面で狼狽えていい道理もないだろう。
…しかし、続く言葉に、クローデットは…

「………。」

笑みと、言葉を失ってしまった。
…しかし、温めることについて、青年の要請を得れば、息を一つついて、気を取り直したように笑みを作り直し…

「…はい、承りました」

そう言ってクローデットが行使するのは、純粋に熱を生み出すだけの、無詠唱で些細な魔術。
ペットボトルの素材や、持ち手に影響がない程度の温かさが、飲料に宿るだろう。
…猫舌でないものならば、少々物足りないくらいかも知れない。

「…さあ、どうぞ。
…それで…本題の話なのですが…」

そこまで言って…クローデットは、温めた飲料の蓋を開けて、一口飲み、一つ軽めの息を吐く程度の間をとった。

「………シュピリシルド様が望まれるのでしたら…次の満月の際に、呪いを解こうかと…
ひいては、その準備のためにこちらを出入りさせて頂けないかと、お願いに参った次第です。

ひいおばあ様の「呪い」は、その特性上理論だけで解くのが難しいのですけれど…準備と環境を整え、装備を万全にすれば…今のわたしでも、可能なのではないかと思いまして」

それは、青年がこの廃屋に縛られる道理を消すための相談だった。
しかし、それは裏を返せば青年がこの廃屋に留まる「言い訳」を無くすための…ひいては、「優しい怪物」という「言い訳」を、双方から奪う話でもあった。

「…いかがでしょうか?」

クローデットは、相変わらず穏やかに微笑んでいる。

ヴィルヘルム > 貴女が言葉を失ったことも,その笑みが消えたことも,青年は気にしていないようにみえる。
……だが,実際には,青年はそう振舞って見せたに過ぎなかった。
予想していたことではあったが,恐れていたことでもあった。
青年の笑みから少しだけ“無邪気さ”が失われたのを,貴女は見て取る余裕があるだろうか。

「……ありがとう。」

温められたペットボトルを受け取って,青年はやはり笑って見せる。
けれど告げられた“本題”は,これまた予想していた内容であったが,これも恐れていた内容でもあった。
貴女の笑みが消え失せるのを見ていなければ,青年は迷わず解呪を願ったかもしれない。

「………………。」

けれど,ヴィルヘルムはすぐに答えることができなかった。
それどころか,青年は温められた紅茶のペットボトルに視線を落とし,笑みを消え失せさせて,黙り込んでしまった。

貴女から見れば“言い訳”を失うことへの葛藤と戦っているように見えるかもしれない。
声をかけるも,ヴィルヘルムが何か答えを見出すまで待つも,貴女次第だ。

クローデット > 青年の表情の質の変化は…いや、その根本にある恐れや緊張は、クローデットに薄々伝わった。
…それでも、クローデットは、「本題」を取り下げたりはしなかった。

「………シュピリシルド様は、「ストックホルム症候群」という言葉を、ご存知ですか」

ただ、紅茶のペットボトルを片手に、粛々とそんな話を切り出す。

ヴィルヘルム > 青年は沈黙したままだった。
先に口を開いたのは貴女の方で,その言葉は,青年にとって聞き慣れない単語の羅列。

「いや,聞いたことないけれど…。」

視線を貴女の方へ向けて,そうとだけ答える。

クローデット > 「…この世界で、前世紀で起こったとある事件における、「被害者」の「症例」、として名付けられた言葉なのですが…」

クローデットは、表向き平静を保っている、
けれど、自らが「加害者」として…そこから青年を解き放つと考えたとき、その緊張は、ある面で青年のそれを上回っていたかも知れない。

「誘拐事件や監禁事件などの犯罪被害者が…犯人と長時間過ごすことで、犯人に対して過度の同情や好意等を抱くことを言うのだそうです」

そこまで言いきってから、クローデットは再びペットボトルの紅茶に口をつけて…もう一度、息を吐く。

「…「あたくし達」は直接的な誘拐や監禁は致しませんでしたけれど、シュピリシルド様が他者と接する機会を奪い続けて参りました…
…多少、当てはまるところがあるとは思われませんか?」

そこまで話して、クローデットは再度青年の顔を見やった。
相変わらず、穏やかな笑みを顔に張りつけたまま、自分なりの緊張や不安を、覆い隠して。

ヴィルヘルム > 「被害者の,症例……?」

貴女の語る言葉の意味は,青年の想像の範疇を超えていた。
しかし,少なからず当てはまる点があるのも確かで,貴女の主張は理にかなっているようにも思える。

「…………………。」

穏やかに笑う貴女から視線を外して,青年は再び手元のペットボトルを見る。
大きく息を吸って……長く長く,息を吐く。まるで自分を落ち着かせるように。

「………そうだね,確かに君の言う通りだ。」

視線はそのままに,声は寂しげに響く。
青年は,貴女がここに来る今日を,楽しみにしていた。
紅茶やクッキーを用意したのも…貴女の想像する通り,そう容易いことではなかったが,それさえ苦にならなかった。
その気持ちは自分自身のものだと信じて疑わなかった。
そのはずだったのに。

「…………………。」

胸が痛い。
何たらホルム症候群なんて知らないし,知りたくもなかった。
覚えられもしないその病名は,青年から奮い立たせたはずの“勇気”を失わせる。

「………それで,僕はどうすればいいの?」

結果として,青年が消え入りそうな声でつぶやくように言ったのは,受け身な言葉。

クローデット > 「実際には、特殊な状態に置かれた際に人間が陥る、ある種合理的な適応のあり方とも言われておりますが…その「特殊な状態」自体が、重篤な加害には違いありませんから」

青年の逡巡を知ってか知らずか、淡々と…穏やかな笑みを崩さずに語る、クローデット。
その「合理性」を得る過程で青年が得た「強さ」を否定することに、良心が咎めないではなかったが…こういった話を経ずに「依存」状態を脱却させるのは、無理だろうとも思っていた。

「………ここで、わたしに頼るのが正統とは思えませんけれど」

青年の受け身な言葉に、苦笑を零す。
しかし、続く言葉は…

「………ひいおばあ様の「呪い」が、シュピリシルド様がここを出ることを抑制する枷になるのならば…それを解くのがわたしの責務だと。
そして…「呪い」が解けた後、シュピリシルド様が表に赴いて…「あたくし達」を告発するのは、やむを得ないだろうとも…思っております。

少なくとも…「加害」を後悔し、その罪を購いたいと思っている…わたしは」

消え入りそうな声を零す青年に、優しく笑みかけ…そして、クローデットは、青年が自分の瞳を真っすぐ見るように、顎に手をかけようとした。

その瞳は、優しいけれど…同時に、不安や、寂しさを映しているようでもあった。

ヴィルヘルム > 伸ばされた貴女の手が青年の頬を掠めて顎に触れ,視線を上げさせる。
貴女へと向けた青年の瞳には,血のような紅の瞳。
忌まわしいその紅色が,青年にどのような人生を与えたのか,貴女は知っているだろう。

「……確かに,狼の姿じゃここから出られない。
 でもさ,元に戻ったって,僕はきっと“裏”から出られないよ。」

寂しげな言葉だが,これまでの青年の生活を見れば真実であろうと思えるだろう。
青年が“表”へ赴くとすれば,その理由はたった一つ。

「……………。」

それを語る前に,青年は貴女の瞳をまっすぐに見た。
罪を償いたい。それは重い言葉だっただろう。
罪の意識が全てではないと信じたいが,すぐにはそうすることもできない。

青年は,柔らかく笑んで…

「……僕の話,聞いてもらってもいいかな。」

クローデット > この世界では、今や珍しくもなくなってしまった、青年の瞳の色。
しかし、青年の故郷ではそうではなかったことは、クローデットもよく聞かされていた。
青年が”ヴィルヘルム”になるまで、どのような紆余曲折を経てきたのか…恐らく、概ねの期間で一番近くで見ていたのが、クローデット自身だ。

「………どうぞ」

「わたしを、加害者だと突き出す「勇気」はありませんか?」という問いを飲み込んで。
真っすぐに見返してきた瞳に、こちらも柔らかく笑み返して、話を促した。

ヴィルヘルム > 貴女に促されれば,青年は小さく頷いてから,
キャップを外すこともなく,もう適温とは言えない温度まで下がった紅茶をテーブルの上に置いた。

「僕は“君たち”に,たくさんの酷いことをされた。
 “あの店”は潰されてしまったし,“マリア”は遊ばれたし,“ヴィルヘルム”はもう少しで死ぬところだったし,今も呪われてる。」

青年は,その一つ一つを思い出すように,ゆっくりと話す。
その中で貴女が“加害”と思っているものがどれかは分からなかったが…

「…だけど,そのくらいことは,僕にとって何でもない。」

…その全てを,青年は一蹴する。

「もし,君が本当に悪い魔女なら,僕は君を恨んで,君の言う通りに告発して,それで終わり。」

僕の話,として語られるのは,ヴィルヘルム=フォン=シュピリシルドの経歴ではなかった。
この青年が見た,貴女の話。この青年が今,貴女に,一番伝えたい話。

「……でも君は,絶対に,悪い魔女なんかじゃない。」

青年の紅色の瞳が,貴女をまっすぐに見る。その手は僅かに震えていた。
何かを振り払うように首を横に振って,手をぎゅっと握り締める。

「………僕は,君を告発しない。
 でもそれは,君を許したからじゃない。
 君に助けられたからでもないし,君のひいおばあさんと話したからでもない。」

ヴィルヘルム > 「…僕は,ただ,君のことが好きなんだ。」

「努力家なところも,ちょっと頑固なところも,優しいところも,
 こんなボロボロで汚い場所に何度も来てくれるところも,
 こうやって,僕の呪いを解くために準備してくれるところも,
 色々なことを言いながら,僕が一人でも生きていけるように,考えてくれるところも…。」


「君は,ただ罪を償いたいだけかもしれないし,こんなこと言うのは,迷惑かもしれない。
 けれど……いつか,呪いが解けて,僕が表の世界に出られるようになって,僕が表の世界でも一人前になったら…いつか……。」

青年は,その先の言葉に詰まる。
あと一言だけ,それを言えば,それで全てが済むというのに。
震える掌で,青年は自分の頬をぺしんと叩いた。しっかりしろと,勇気を出せ,と。

ヴィルへルムは,貴女をまっすぐに見た。
その紅色の瞳はこれまでにないくらい澄んでいて,一点の曇りもない。


「………いつか,君にも……僕のことを,好きになってほしい。」

ご案内:「廃屋の一室」からヴィルヘルムさんが去りました。
クローデット > 【続きはまた後日】
ご案内:「廃屋の一室」からクローデットさんが去りました。
ご案内:「廃屋の一室」にヴィルヘルムさんが現れました。
ご案内:「廃屋の一室」にクローデットさんが現れました。
クローデット > 【続きです】

「………。」

青年の告白を、クローデットは目を見開いて、表情を失って聞いた。
ストックホルム症候群について、クローデットが話したことを理解していないのか。
…いや、それにしては、その紅い瞳に、迷いがなかった。

「………。」

目を閉じて…クローデットは、深い…深い、溜息を吐いた。
それから、目を開いて…穏やかに、微笑んだ。

「………これからの、気持ちのことは保証致しかねますけれど………。

………シュピリシルド様が、その思いを礎にして、前をご覧になられるのでしたら…
嬉しく、思います」

そう言って、視線を落とす。

表に出られるようになって、様々な出会いを経れば、様々なことを学べば、今のことだって相対化出来るようになるだろう。
今は、その「想い」だけが礎だと言うのならば…今は、拒絶しないでおいてやろう。

彼が、自分のことを忘れるその時までは。

ヴィルヘルム > ヴィルヘルムは貴女の微笑みに…目を閉じて俯いた。

…最初から,叶うはずのない願いだとは分かっている。
それなのに気持ちを伝えるというのは,単に相手を困らせるだけだ。
それでも,ヴィルヘルムはそうせずにはいられなかったのだろう。
ストックホルム症候群。などという病名で,片づけられてしまうわけにはいかなかった。

「勝手な事ばっかり言って,ごめんね……。」

ヴィルヘルムはそうとだけ言って,微笑む。
拒絶されたわけではないが,貴女の優しさがそう言わせただけのようにも聞こえたからだ。
けれど,悲しんで見せては,きっと貴女をもっと困らせる。
寂しげな顔をしないように,ヴィルヘルムは微笑んでいた。

「………呪いを解く話,お願いしても…いいかな?」

クローデット > 俯いた青年の中に去来する感情がどのようなものか。
具体的に名指すことは出来なくても想像はできた。

…それでも、ストックホルム症候群的な依存の可能性が色濃い中、自分の中にその種の感情がないのに、受け入れる等という無責任な行動を、とるわけにはいかなかった。

「今の」彼がどう思うかはさておき、自分は、加害者なのだから。

「………正直に申し上げますと、驚きました。
この話の流れで、お気持ちを確信出来るものとは思いませんでしたし…」

少し困ったような微笑みを、青年に返した。
それでも、青年が精一杯虚勢を張った微笑で呪いを解く話に頷けば…

「………そう言って頂けて、ほっと致しました」

と、青年の孤独を見ないふりをして、優しく微笑んだ。

ヴィルヘルム > ヴィルヘルムもまた,今この瞬間に自分を受け入れてくれるなどとは思っていなかったのだろう。
だからこそ,彼は“いつか”と答えを先送りにしたのだった。
それは青年の臆病な心でもあり,冷静な判断でもあったのかもしれない。

「…僕自身,自分のことを馬鹿だと思うよ。
 ただ,難しいことは分からないけれど……ずっと,そう思ってたから。」

嘗て,貴女の家でも青年は“好きだった。”と語っている。
あの瞬間と今とではその感情の中身がやや変質してはいるものの,その気持ち自体はあの時から変わっていない。

「……これだけ準備してくれたんだから,断る理由,無いよ。」

……青年は,そう言って笑った。

クローデット > 「………理屈ではない…そういうものでしょうか」

青年の言葉に、穏やかに返す。
クローデットには、まだ分からない…熱い情動なのだろうか。

「…わたしもまだ万全ではございませんので…準備はもっと必要ですわ。
部屋は、あちらの風通しの良い部屋で…白魔術の魔力の浸透を良くするべく部屋を清めて…

…月の魔力と、シュピリシルド様の関係を結び直す必要がございますから…月が大きい日取りの方が、確実です」

そう言って、クローデットも花の綻ぶような笑みを零した。

ヴィルヘルム > そういうものだ。とも言い切れないし,そうでないとも思えない。
結果的にヴィルヘルムはただ,苦笑を零しただけだった。

「……満月の夜,ってことか。
 それまでに,僕は向こうの部屋を綺麗にしておけばいい…のかな?」

貴女の言葉に,青年は素直に答えた。
魔術の知識は殆どないため,手伝えることはその程度だろうと。

クローデット > ストックホルム症候群は拒絶しても、その先の情動の深さまでは、流石に肯定出来なかったらしい。
苦笑を零す青年を、クローデットは慈母のごとき眼差しで見つめ、微笑んだ。

「…そうなります。
ああ…「清める」と申しますのは、聖水と称される媒介を撒くことなんです。
ですから、わたしがこちらにお伺い致しますわ」

そう言って、笑みかけた。

ヴィルヘルム > 青年が今日,伝えたかったことは確かに伝えることができた。
手ごたえがあったとは言えないが,それでも,拒絶されなかったことは,青年を安心させた。
……改めて,隣に座る貴女を見た。当たり前だが,すぐ近くに貴女が居る。
それだけでも…貴女と一緒に過ごせるだけでも,ヴィルヘルムは幸福だった。
少なくとも今は,そう思う方が,それ以外を考えるよりも幸せだった。

「……それじゃ,僕にできることは,無さそうだね。」

申し訳なさそうに青年は呟く。

クローデット > 「ええ…後は、期日まで待って頂ければ。
…シュピリシルド様が、お気になさることではございませんわ」

そう言って、柔らかく笑んで…少しだけ、青年の傍に身体を近づけてみる。

ヴィルヘルム > 「でも,僕は君に頼ってばかりで……。」

ほんのわずかな距離。けれどその距離が,青年にとっては大きな変化だった。
貴女の柔らかな笑みが,すぐ近くにあった。
いつもとは違う白い衣装,美しい銀の髪,白い肌,青い瞳,唇。
……全てが,手を伸ばせば触れられる距離にある。

狼の時ならきっと,貴女にすり寄っていたかもしれない。
凄いことをしていたものだと,自分でも思う。

「……ありがとう。」

青年はそうとだけお礼を言って…ほんの少しだけ,身体を寄せた。
肩と肩が軽く触れ合い,目と目が合う。