2018/09/19 のログ
ご案内:「ゲームセンター『セバ』」にアリスさんが現れました。
アリス >  
私、アリス・アンダーソン。
今年の四月から常世学園に通っている一年生!
今日は学校帰りにゲーセンに来ています。
というのも、クレーンアームでぬいぐるみをキャッチするアレに挑戦したくて。

お目当てはビッグカピバラちゃんジャンボぬいぐるみ。
ビッグでジャンボというだけあってなんとサイズは50cmある。

え? 形を覚えて私の物質創造系異能『空論の獣(ジャバウォック)』で作ればいいじゃないかって?
ダメよ、私は本物が欲しいの。
ビッグカピバラちゃんグッズは結構集めている。

ファンとも言える。
ファンと一口に言っても戯れという意味のfunではない。
狂信者という意味のfanaticのほうのファンです。

アリス >  
早速、目当てのぬいぐるみの筐体前に。
周りを見て、大き目の硬貨を投入。
6回分のクレジット……挑戦権が増える。

制限時間は40秒でその間アーム動かし放題、結構余裕があるタイプ。
でもまごついていたら40秒はあっという間。
最速でビッグカピバラちゃんを手に入れてみせる!!

まずは横。X軸を合わせる。これは結構簡単。
スティックでちょちょいと目の前のぬいぐるみにターゲッティング。

問題はここからで。
Y軸……奥行きを合わせるのがちょっと難しい。
筐体の横側に何度も移動しながら微調整を繰り返す。

ここだ。
ここしかない。

ガラス一枚隔てた向こう側へ。
今、遥か遠い彼方へ。
クレーン操作ボタンを押す。

しかし。

するりとアームはぬいぐるみ表面を滑ってビッグカピバラちゃんは落下してしまった。
えっ確率機(何円か連続で入れないと取れないのが確定している筐体)? 違うよね?

アリス >  
ち、違う! この筐体は確率機なんかじゃない!!
そしてアームが弱いわけでも、取れない設定にしてあるわけでもない!!
あのビッグカピバラちゃんジャンボぬいぐるみは……
恐らくだけど、表面が柔らかく、触り心地が抜群なタイプのもの。つまり…
 
 
人をダメにするカピバラ。
 
 
なんてこと……アームがあんなに滑るんじゃ…
あと5回じゃ取りきれないかもしれない…
表情に絶望の色が混じる。
で、でも。あと5回で取れれば。
今夜は触り心地のよいビッグカピバラちゃんをもふり倒して眠れるということ。

やるしかない。

要は正中線を見定めてアームでしっかり固定すれば取れる。
それだけ、それだけのゲームよ、アリス・アンダーソン!!
決して諦めてはダメ!!

あとはちょっとだけ出てるタグにアームを引っ掛ければ取れるけど。
私はそこまで精密なクレーン操作はできない。
人生をDEXのパラメータに振ってこなかった報い。

アリス >  
もう一度チャレンジしよう。
なに、まだ5回ある。
5回もあれば5回チャレンジできるということ。
……我ながら意味がわからない。ちょっと興奮しすぎている。

まずは横に動かす。
目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ…!!
次に奥に向けて動かす。
大丈夫、私は強い。私はやれる。私はリア充、私は負けないッ!!

祈るようにボタンを押す。
すると――……ビッグカピバラちゃんジャンボぬいぐるみが…浮いた。

浮いた!?

鼓動が跳ね上がる。
クレーンに吊られる愛しきものを見守る。
が。

高さが頂点に達した瞬間、衝撃でアームが揺れてビッグカピバラちゃんは落ちてしまった。
に、逃げられた……

今のはよかった。私は調子がいい。
私はあのぬいぐるみが取れる。
私は最強……大丈夫…イケる……モチベーション…高める……やれる!!

自己暗示をかけて残り4回に挑もうとする時。
筐体の表面に私の顔が映ったのが見えた。
……絶望しきった、私の顔が…

アリス >  
哲学者、セーレン・キルケゴールは著書『死に至る病』にて。
絶望の根底には自己意識があると書いていた。
絶望こそ、死に至る病だと。

人間とは、精神である。
精神とは何か?
精神とは自己である。
自己とは何か?

これはちょっと難しい。
自己とは有限性と無限性と、時間的なものと永遠的なものと、自由と必然の総合。
その総合がどうしたって?

言ってみれば自己とは総合的な関係性によって生まれるもので、他者があるから理想と共に存在しうるもの。

理想と現実の狭間に人が苦しんだ時。
そこに永久不滅の絶望が生まれるのだ。

絶望は、人を、殺す。

私は手鏡を取り出した。
死相が見える。
絶望にも種類はある。
永遠的な絶望とは、それ即ち――――……自己という総合に対する絶望なのだ。

何が言いたいのかって?
こんなの取れるわけないよ!!ってこと!!!

アリス >  
だけど私は黒き羊ではない。
自分が絶望にあることを知らない無知な自我でもない。
私は、私だ。

私はアリス・アンダーソンなんだ。

絶望に足を止めるだけなら誰にだってできる。
大事なのは真に絶望した時に何ができるか。

私は絶対にビッグカピバラちゃんをもふってみせる。

残り4クレジットで決着をつけてみせる。
敗北から得られるものなんて、戦場には転がっていない!!

動かす、動かす、挑戦する。失敗。
動かす、動かす、挑戦する。失敗。

はい残り2クレジットー。ダメ………!

アリス >  
タグを狙う作戦!! 失敗。
頭だけを狙う作戦!! 失敗。

もうだめ……札を何枚つぎ込もうと取れる気がしない…

心が折れた私は、とぼとぼとゲーセンを後にした。
カピバラちゃんぬいぐるみ……欲しかったな…

ご案内:「ゲームセンター『セバ』」からアリスさんが去りました。