2015/06/29 のログ
■三千歳 泪 > 桜井くんの声が聞こえた。それだけで、私の中のなにかが正気づく。
笑顔笑顔。私は平気。いつも通り、みんなの役に立てるはず。
勝手なこと言ってくれるよね。それはわかってる。
でも、みんな怖いんだよ。たぶん、私と同じ。理屈ではわかっていても、その通りには動けなくてさ。
「―――いいよ! やればいいんでしょ? うまくいったら君たち全員、私が命の恩人ってことで」
「その代わり、ちゃんと依頼してくれるかな。これは私の正規の仕事。それなら受ける。できる限りのことをする」
わっと大声で騒ぎはじめるお客さんたちを片手で静めて、育ちの良さそうな子が進み出る。見覚えのある顔だった。
前に一度仕事をしたことがあったかもしれない。署名が入った白紙の小切手一枚、鼻白んだ顔で突き出してきた。
言いたいことはいろいろありそうだけど、今は飲み込んでおくだけの分別もあるみたい。受け取って、燭台の炎にかざして灰にした。
「ごめん。大丈夫。動けるから。行くね、桜井くん!! ついて来てくれる?」
いけるのか、と目で問いかけてきた子は航空力学研究会の開発主任。今なら力強くうなずける。
彼らには彼らの誇りがある。矜持もある。部外者みたいな私に任せるなんて、考えられないことのはず。
機関部へとつづく扉は開け放たれたまま、行く手を遮るものは何もない。
機関員たちが私に気付いて、小さな希望を見たような顔で道を譲ってくれる。期待には応えないとね!
「こっちこっち、はぐれないでよ!! 消火が追いついてないとこは任せるから! お願い桜井くん!!」
■桜井 雄二 > 三千歳泪がいつも通りの口調で喋りだす。
それだけで、俺の心に走る鈍痛が少しだけ治まる。
「泪……俺からも頼む、この船に乗っているみんなを助けたいんだ」
「俺がお前を守るから、お前がみんなを救ってくれ」
三千歳泪の声に頷いて、一緒に走り出していく。
機関部へと進んでいく俺たちの、本日のラスト・ミッション。
「任された!!」
左側の力を使い、まだあちこちに残る火を消していく。
「あんまり空気が良くないようだ、気をつけてくれ、泪」
そのまま氷の力を振るい続けた。
あちこちで最小限の氷片を残して炎が揉み消されていく。
■三千歳 泪 > きつい焦げ臭さが残った空間で機関長から状況を聞いた。空冷システムはいまだ健在。
両翼に3基ずつ積まれたエンジンのうち右舷の2基と左舷の1基が沈黙していた。
原因は何らかの破壊工作。飛行前の点検の後に会長が見に来たから、その時に何かを仕掛けられたのかも。
相棒のモンキーレンチをヨイショとかついで復旧にかかる。どんな機械だって叩けばなおる。なおるはず。
あっという間に煤まみれになったけど、右舷の1基が咳をするみたいに煙を吐いて蘇った。
「桜井くん。私ってさ、異能使いなのかな。はじめてなんだ、あんなこと言われたの」
「普通の人にはできないこと、やってるのかな。そもそも普通ってなんだろうね?」
「桜井くんとか私のこと、周りの大事な人たちのこと、おかしいっていうためのものなら私は「普通」じゃなくていい」
「君が私を知っているから、私が君を知っているから。何を言われたって大丈夫」
「―――でもありがと。嬉しかったよ、桜井くん」
エンジンに活を入れるみたいに斜め45度から一撃を入れる。澄んだ音を立てて3基目が動きはじめる。
その時、頭上のスピーカーから会長――と同じ姿をした生徒の声が流れだした。
『こちら操舵室。ヨーソロ。――――で、サ。君ら何してくれちゃってんの?』
『死んでなくっちゃあおかしいんだけど? 困るんだよね。黙って死んでてくれないとさァ』
『こりゃアレかい? またも異能使いサマの大活躍で事件解決! めでたしめでたしとか考えちゃってる?』
『ハッハッハ、そうはいかない。「持ってない」ヤツでも噛みつける。モルモットのままじゃ終わらない』
『俺たちだってさあ、あんたらと同じ人間様なんだよ。役立たずじゃない。何てこたぁない、ふっつーの学生だ!』
『そいつを本部のクソ野郎共にわからせなきゃならない。でっかい花火でさァ!!』
『島じゅうから見えるぜ? 笑えるよな。笑えよ。笑ってくれよ―――以上、通信終わり!』
■桜井 雄二 > 「普通という言葉の定義は難しいな……」
「俺だって普通の学生を気取っていたかったが、友人にそれは無理だと言われたよ」
「………泪、お前の前に続いている道を守りたいと言ったのは、嘘じゃない」
「だから…………」
その時に聞こえてくる、耳障りな声。
「やれやれだな」
「聞こえているはずもないだろうが、宣言しておいてやる」
「お前は冷凍刑だ」
周囲を警戒しながらエンジンが復旧するのを見届ける。
「さて、泪。俺はあの男に用事がある」
「後から操縦がわかる人を連れてきてくれ、操舵室に行ってくる」
「……なに、野暮用を済ませたら地上に降りた時のことを考えよう」
そのまま走り出していく。
右目が熱を持っている。本当の悪は、目の前にあると。
桜井に教えているかのように。
■三千歳 泪 > 「やれやれだよ。いい加減怒ってもいいかな?」
「もう!! もう! みんな勝手すぎるよ! どうなってるのさ桜井くん!!」
君に言っても仕方ないんだけど。でもやり場のない怒りがあって。
ぷんすか怒る以外何もできないのがあまりにも歯がゆい。
「私も行く!! まだ安心できないし。落ちる前に落とされる可能性だってある」
「だって、学園の本部だよ。何もを備えをしてないはずがない。一秒でもはやく止めないと!」
桜井くんを追って操舵室の前までたどり着く。
ハイジャック防止で堅牢に設計された扉はすでに警護要員の手で壊されている。
その奥の操縦席には首に何かを巻かれた飛行士と添乗員さんたち、そして見知らぬ生徒の姿があった。
抱えたスポーツバッグからは羊羹みたいな形の物騒なものがたくさん顔をのぞかせていた。
操縦席のあちこちにべたべたと貼り付けてある。コードはすべて偽会長の手元に伸びている。
偽会長はけっこう月並みなセリフを叫んでる。近づいたらドカン。死んでもドカンだってさ。
彼のいうことがどこまで本当なのかもわからない。手の付けようもない膠着状態だ。
窓の外には、本部離島の島影が雲の向こうに近づき始めていて。
『よぉ《直し屋》。お前がそうかよ。おかげで計画が台無しになっちまった!』
『ほんとにバケモンだよな。どうかしてる。たしかにぶっ壊してやったんだがな』
『おい、お前もこっち来いよ! 特等席で見せてやる。来いっつーの。ぶっ飛ばしちまうぜ?』
え、私? 私かー。どうしよう。どうしよっか。
口を開こうとした矢先、パーティホールの方で爆発音があって、何かがはげしく壊れる音がした。
ガラスの音。たぶん大きなシャンデリアが落ちたんだ。
「待って、たんまたんま!! わかったからさ!」
スポーツバッグから黒い拳銃を出して、その銃口が無造作に私を狙う。結局こうなるかな。
■桜井 雄二 > 「俺に言われても困るな、だが怒っているのは俺も同じだ」
「そうか、じゃあ気をつけろよ泪……」
「追い詰められた狸が何をするかなんて、想像もできない」
操舵室の中には、やれやれ……物騒なものが並んでいる。
飛行士と添乗員さんたちは助ける。
泪は守る。そして、偽会長をぶっ飛ばす。
全部やれるのか、今の俺に。
「おい、お前……泪は化け物じゃあない」
「発言を撤回してもらおうか………それと」
スポーツバッグから出る拳銃、その銃口が泪を狙っている。
右目が沸騰するかのような熱を持つ。
そうか、今まで俺はこの右目が熱を持つのは、義侠心に反応しているのだと思っていた。
しかし、違うんだ。
怒りだ。どうしようもないこの世界に対する、怒り。
この怒りを、制御しないことにした。
次の瞬間、自身を焼き尽くしかねない炎と、自身を凍てつかせていくレベルの氷が全身を巡る。
俺はこれに名前をつける。
真・魔人化だ。
「それと―――――お前は冷凍刑だ」
軽く振った左腕が、精緻なコントロールで男の持った拳銃を凍りつかせる。
まだ余力がある。そのまま爆弾を起爆装置ごと凍りつかせる。
こうすれば確か、素人が作る爆弾程度なら爆発しないんだっけな?
無論、それだけに留まらない。
偽会長の全身を氷が走り、顔だけを残して氷漬けにした。
「お前はまだ死んでいないから、爆発もしないな」
「まだ聞こえるようなら覚えておくといい……」
「俺が桜井雄二だ」
■三千歳 泪 > 均衡が崩れて、偽会長が制圧されるまでのほんの一瞬。見えていたのは私だけだったかもしれない。
彼の口もとの動き。ほっとした様に笑って、遅ェよ、ってつぶやいた様に見えたから。
本当は止めてほしかったのかも。おとぎ話みたいな荒唐無稽なチカラで、止めてくれる誰かが現れることを。
地上に降りて一件落着。奇跡的にも怪我人がほんの少し出ただけ。
最初のパーティで倒れた人たちは薬で眠らされていただけだったのだとか。
桜井くんと帰り支度をはじめていると、開発主任の子がやってきてものすごい勢いで謝られた。
本当は前もって航空力学研究会に脅迫状が届いてたのに、誰も本気にしなかった。
開発主任だけが気を揉んで、もしもの時のために私を乗せておくことを思いついた――ということらしい。
「うんまあ、結果オーライだったねー。私はいいからさ、桜井くんもあんまり怒らないであげて」
「《直し屋》さんのお仕事は壊れたものを直すこと。失くしたものは還らないけど、何度壊されたって直してみせる」
「すぐ飛べる様になるよ。なにかあったら手伝いに来るからさ。また仕事回してよね!!」
今度の事件はそれでおしまい。キスシーン? そういうのはないよ。
「―――あ。そういえばごちそうはどうなったの? 思いだしたらおなかすいてきちゃったなー」
「…ううん、そんなかわいこぶってられるレベルじゃない。飢えすぎて死んじゃいそうだよ桜井くん!!」
「行こう。ラーメンがいいな。濃い目のこってり系の味噌で具だくさんで替え玉OK。そういうのがいい! 行こう!!」
■桜井 雄二 > 少し焦げのついた右手を払い、まだ氷の取れない左手を叩く。
真・魔人化……あまり何度も使いたい能力ではないな、と思った。
均衡が崩れれば、自身を滅ぼしかねない力。
それでも、力だけが俺じゃない。異能だけが、泪じゃないように。
「ああ、怒ってないよ」
「俺と泪が居合わせたから何とかなったんだ」
「……奇跡的に死者も出ていない、ただ」
「疲れたなぁ」
はぁ、と溜息をついた。お腹もすいている。
「俺も腹が減ったよ、どっか食いに行こう」
「わかった、ラーメン屋だな……今日は替え玉頼みたい気分だ」
こうして事件は終わりを告げた。
偽会長がどう裁かれるのか、なんて興味がない。
俺たちの興味はもう、ユリシーズをどう綺麗にしてどう直すか、そっちに移っている。
またあの船が自由に空を飛ぶ日が来たら。
ちょっと、胸がときめく話題だと思わないか?
ご案内:「硬式飛行船『ユリシーズ』号」から三千歳 泪さんが去りました。
ご案内:「硬式飛行船『ユリシーズ』号」から桜井 雄二さんが去りました。