2015/07/03 のログ
■三千歳 泪 > なにもできない。笑い声がこだまして、目の前がまっくらになっていく。
―――なにもできない? ほんとにそうかな。
そんなのは嫌。わたしは……ううん、「私」は諦めることをやめたはず。
もっと強くなりたいと願っていたはず。こんな結末は認めない。お断わりだよ。
人さらいなんかに負けたりしたら、――――くんに笑われちゃうから。
めいっぱい口を開けて、大きな手のひらに噛みついた。
野太い悲鳴が聞こえて、身体がふわっと宙を舞う。かるいなー私。
怒り狂った怒鳴り声をさえぎる様に、別の声が聞こえる。
私に気付いてくれた誰かの声。私のために憤ってくれる人の声。
助けてくれるならこの際誰でもいいけど、その声は不思議となつかしくて。
「――――桜井くん!!!」
誰。誰だろう。水色の人。このひと桜井くんっていうんだ。
知らないはずなのに、気持ちいいくらいスッと名前が出てきた。
それなら悪い人じゃないよね。節くれだった手を逃れて男の子のかげに隠れた。
見るからにカタギじゃなさそうな三人組。その一人が黒い筒のようなものを向ける。
暗くてよく見えないけれど、桜井くんの足元で音もなく土が舞いあがった。
亜人。遺存種。カネになるのさ、とうそぶく声はゾッとするほど冷たくて、血の気が引いていく。
■桜井 雄二 > 「―――――泪!!」
その名前を呼ぶ。まだ心の力に余裕はある。
異能を完全にコントロールできる、この夢を変えられる!
後ろに隠れる彼女の頭に手を置いた。
「怖かったか? もう大丈夫だ……守ってやるさ、いつでもな」
そのまま無表情に目の前の男たちを見る。
「そうか……金になるのか…」
「胡散臭いはした金のためにお前たちは」
左腕を振る。魔人化する必要すらない。
「――――後悔することになる」
極低温が男たちに向けて収束していく。
氷の塔が完成した。
それは、天を突くほどの高さの、男たちが入った氷の彫像。
男たちの顔だけが出たその氷塊に、親指を下に向けた。
「まだ聞こえるようなら、覚えておくといい」
「―――――俺が桜井雄二だ」
そのまま振り返って、彼女に笑顔を見せた。
「もう……大丈夫だ」
■三千歳 泪 > それはあっという間の出来事で、いつ終わったのかもわからなかった。
頭を撫でられて、怖くはないと言おうとしたけどうまく声が出なくて。
大事な記憶のとびらが開きかけてる気がする。あとちょっとで取りもどせるのに。
「ん……私の名前、知ってるんだ。私を探してた人?」
冷たい風が吹きぬけて、目を開けると三人分の氷の塊ができていた。
何かおかしなことが起きたんだ。魔法みたいに。すごい。よくわからなすぎてすごい。
笑顔を向けられると最悪な無力感がどこかに吹き飛んで、すこし顔が熱くなった。
「――――助かっちゃった」
「ていうか桜井くんだね。来てくれたんだ!」
おなかに抱きついておでこでぐりぐりする。
「でもなんで私だけちっちゃいままなんだろう! 桜井くんはちぢんでくれないの?」
「これが私のいやな思い出。見た目のせいで酷い目にあったこと。たぶん。それが私の――」
「すぐに大騒ぎになって犯人は捕まったんだけど、その時はいろいろ台無しになっちゃったからさ」
「ね、雄二おにーちゃん。お祭り、つれてってくれる?」
トロイメライの力を借りればきっと再現できるはず。あの夏の夜に失くしたものを。
ずっと楽しみにしてた、はじめてのお祭りを。
「それとさ。私のおとーさんとおかーさん。おばーちゃんと、たしかひいおばーちゃんも。会ってみない?」
■桜井 雄二 > 泪の言葉に、頷いてみせる。
ポケットからメモ帳を取り出して、右手で開いて見せた。
「お前をずっと探していたんだ…ずっとな」
そこには、三千歳泪を救い出す、という言葉が書かれている。
夢の瞼は開かれた。今日という日のハッピーエンドはもらった……多分。
抱きつかれると『おっと』と小さく呟いて抱きしめ返した。
「ああ、来たよ。まさか夢の中まで探しに来るとは思わなかったけどな」
「無茶言うなよ、子供の頃の俺は弱いんだ……」
「そうか…………そういうことだったのか…」
「俺は、お前の見た目も好きだけどな」
「髪も、耳も、瞳もな……って、この容姿の泪に言ったらロリコンじゃないか」
全く、締まらないな……と呟くとメモ帳をポケットに入れた。
「ああ、お祭に行こう。お前の家族にも会うさ……料理を泪に教えてくれたお礼も言わなきゃいけないしな」
「ただし、それが終わったら確実に帰るぞ」
「俺たちの世界にな」
■三千歳 泪 > 縁日の雑踏に戻って、自分を探してる家族の姿を遠目に指さした。
「あれは私の中の家族のカタチ。見た目はいっしょだけど、中身はけっこう違ってるかも。だから、今はここから見るだけにして」
「あっちがおばーちゃんで、となりの人がひいおばーちゃん。すっごく若いでしょ。おかーさんと三姉妹みたいっていわれたりもしてね」
「うちは代々女が強い家なんだよ! ご先祖様のおかげかわからないけど、ふつうの人より長生きだしさー」
「気が済んだらそれでおしまい。たぶんそういう仕組みだから、すぐに帰れるはず」
「いいよ別に。私はそういうの気にしない人だからさー。ほらほら! 行くぞっ桜井くん!!」
―――――――
「おーい桜井くーん。起きろー朝だぞー」
今度は桜井くんが床に伸びてて目を覚まさない。嫌な予感。これはよろしくない気がする。
私が座ってた安楽椅子までひっぱりあげてぺちぺちと頬をたたく。ダメかー。かくなる上は是非もなし。唇、近づけて――。
■桜井 雄二 > 「………? なんだ、遠目に見てもなんかこう…えっ」
「…若いな!? ひいおばーちゃんだろ、あの人!」
「因果の逆転か………?」
よくわからない単語を口にしながら彼女に手を引かれる。
夢の世界は時折、こうして人の心に恐怖を見せることもあるし。
安寧を与えてくれることも、ある。
―――――――
目を覚ますと、三千歳泪が唇を近づけてきていた。
「うおおっ!?」
慌てて体を起こそうとすると、彼女の額と自分の額がぶつかる。
「い、いててて………おい、その起こし方は白雪姫に対する王子様のそれだろ」
「逆だ、逆」
額を押さえながらポケットから落ちていたメモ帳。それを引っ張り上げる。
「今回は貴重な経験をさせてもらった」
「泪の子供時代とも遊べたしな」
そう言いながら開いたメモ帳に、新たな1ページを書き記す。
今日のところはめでたし、めでたし。と。
ご案内:「超常図書館『パンディモニアム』」から桜井 雄二さんが去りました。
ご案内:「超常図書館『パンディモニアム』」から三千歳 泪さんが去りました。