2015/11/05 のログ
■蓋盛 椎月 > 「その星はガンダーラとかパライソとか呼ばれるたぐいの場所だから……
多くの旅人がそこを目指したのじゃが誰も生きて帰ってはこなかったのじゃ」
微妙に遠い目をした。
体験してみたい、という言葉に、うれしそうに頷いて店主のもとへ歩み寄る。
困りますよとか、してあげるからさあとか、はぁしょうがないですねえとか、
顔見知りらしい二人の交渉が少しの間続いたあと、蓋盛が譲莉のもとへと戻る。
「いいってさ~。じゃあ早速やろっか! 思い出作り思い出作り!」
と、譲莉を伴ってウキウキと我が物顔でプレートの前へと向かうだろう。
やれやれという表情になりながらも、店主が適切な生地の量や
ひっくり返すタイミングなどをアドバイスする。
■茨森 譲莉 > 「よし!!」
鉄板がじりじりと肌を焼くが、涼しい外には丁度いい。
とはいえ、長い間立っていると熱くなってきそうだ。
カーディガンを脱いで近くにかけると、串を持って構えるアタシ。
―――さて、アタシは重要な事を忘れていた。
アタシは壊滅的に不器用なのだ。
生地を注げば別にそういう意図は無いのに傾け過ぎて溢れる。
かといって、少しずつ入れようとしたら傾け過ぎなさ過ぎて香ばしい匂いを漂わせてしまった。
串で上手にくるん、と、くるん、とまわそうとすれば失敗し、
力を入れすぎたのかパキンと串が折れてしまった。……アタシは筋肉キャラじゃないんだけど。
「……………。」
出来上がったのは、明らかに蓋盛先生の作ったモノより酷い有様のたこ焼きモドキだ。
所々焦げてるし、ひっくり返すのが下手すぎて変な形になっている。
なるほど、蓋盛先生のは確かに60点だったようだ。
「すみません、買い取ります。」
お金を手渡して自分の作った分を買い取ると、
次々と体験したい!という客が屋台のお兄さんに声をかけた。
―――これはこれで商売繁盛、なのだろうか。
「蓋盛先生、意外と上手だったんですね、たこ焼き。」
アタシは苦笑いを浮かべながら蓋盛先生に声をかけた。
■蓋盛 椎月 > なにやら思わぬ集客効果が発生したらしい。
たこ焼きのお兄さんがうって変わった調子で蓋盛に礼を言っていた。
「おつかれ~っ。あたしより不器用な人はじめて見たわ……。
ひっくり返すやつ折っちゃったときは笑ったなぁ」
というか今も笑っている。
いつぞやの時のように、譲莉の手にしたたこ焼き皿に勝手に割り箸を伸ばして
そのうちの一つ(一つ?)を、ひょいぱくとつまんで食べてしまう。
「いやあ、結構いけるんじゃない?
料理は腕より気持ちだよ!」
親指を立てて屈託ない調子でそんなことを言った。
■茨森 譲莉 > 「………苦くないですか?」
明らかに焦げているそれは明らかににがそうだ。
いくら腕より気持ちと言っても限度がある。
あと、蓋盛先生が言ってもいまいち説得力に欠ける。
1個口に運んでみる、やっぱり苦い。
人に食べさせない、というのも、一つの気持ちじゃなかろうか。
「腕より気持ち、か―――。
蓋盛先生、蓋盛先生って異能で人が治せるじゃないですか。
異能を持ってない養護教諭とかをいらないーって思ったりしないんですか?
……それも、腕より気持ちなんですかね。」
■蓋盛 椎月 > 「まあ苦いけど」
あっさりと認めた。
「いやー、気分の問題、っていうのは結構ばかにならないよ。
もしユズリちゃんが蓋盛先生のことを想って作りました♡
みたいな感じで差し出してくれてたらもうアンブロシアって感じだったね」
あまりにも揺るぎなく軽薄だった。
譲莉の問いには、何度か瞬きをする。
「――そんなことはないさ。
なんでもできる力っていうのはね、なんにもできない力でもあるんだよ。
だからあたしなんて大した奴じゃあないし、異能を持たない人のことを
いらないだなんて思うわけがない。
……誰かに、そんなふうに言われたことがあるのかい?」
異能を持たない人間である譲莉にそう問い返す。
■茨森 譲莉 > 「アンブロシア、神様の食べ物でしたっけ。食べたら不死になるっていう。
これ食べたら不老不死になるどころかガンになりますよ。」
全く軽率な先生である。
ある意味では、自分とは真逆なのかもしれない。
アタシはなんでも深く、深く考え込んでしまう。
折角目標を立てても、それが本当に正しいのか、いつでも悩みっぱなしだ。
「―――いえ、そんな事はないです、けど。
むしろ、蓋盛先生はなんで異能を持ってない人をいらないって思わないんですか?
なんでも出来る力は何にも出来ない力でもあるとは言っても、
別に、異能を持っている事に何かデメリットがあるわけではないですよね。
異能だけでどうにもならない状態になる事はあると思いますし、
それだけではなくてしっかりと医学を勉強しないといけない、
というのなら理解できますが、普通に医学を勉強しているだけじゃなくて、
異能も使えた方が便利だと思うんですけど。」
■蓋盛 椎月 > 「なるほど、なるほど、きみの言いたいことはよくわかった」
何度か頷く。OK、OK、と手のひらを広げて見せた。
「少しでも多くの命を確実に救いたいと願う人なら、
《イクイリブリウム》のような能力は羨ましく映るかもしれないな。
けどね、誰にも真似ができず、代替のできない、強すぎる異能というのは……
決して人間に自在に使わせてはくれない。
むしろ逆だ。異能が人間を使うんだよ」
丁寧なようで、どこか曖昧に濁したような説明。
食べないんならもらうよー、と躊躇なく苦いたこ焼きをひょいひょいと持って行ってしまう。
「もんじゃ焼きはおいしいけど、たこ焼きが食べたい時にもんじゃ焼きが出てきても困るだろ?
あたしにとってのこの異能は、それぐらいの存在だよ」
■茨森 譲莉 > その曖昧な解答の意味を考え込むうちに、
いつの間にかたこ焼きは蓋盛先生の口に吸いこまれたらしい。絶対苦いだろうに。
せめて先に言われたように「蓋盛先生の為に愛を込めて作りました(はぁと)」とでも言った方がいいんだろうか。
しっかりと考え込むが、答えはあんまりにもあんまりなモノだった。
アタシは、その答えをそのまま質問として口から漏らす。
「……蓋盛先生は、「少しでも多くの命を確実に救いたい」と思わないんですか?」
だとすると、望まないで異能のせいで仕方なく養護教諭をやっている、ということだ。
とはいえ、そんな先生が居るものなんだろうか。
……少しだけ、目の前の明るい先生の事が怖くなる。
「―――だから、他の異能が良かった、と。」
本人はもんじゃ焼きじゃなくてたこ焼きが食べたかった。
他にやりたい事があった、という事だろうか。ともすれば、随分と贅沢な悩みだ。
そもそも、何も食べれない人もここに居るのに。
■蓋盛 椎月 > 「他の異能がいい、か――それも微妙に違うな。
例えばさ、たこ焼きのタコがなくなって、イカにでもなったとしたら、
それはもうたこ焼きとは呼べないだろう。どんなに見た目がたこ焼きのようでもね」
平然とした顔で譲莉のたこ焼きを平らげてしまった。
荷物をあさって、そういえばさっき飲み物あげちゃったんだな、と思い出す。
「そんなふうに、自分という存在がどうしようもなく内側から破壊しつくされて、
完全な別なる何かになりたい、とは思わない。
異能を持っているのではなくて、あたしが異能、《イクイリブリウム》なんだ。
そこに、便利とか、便利じゃない、という考えかたはないんだ」
へらと笑って、手のひらをひらひらと振った。
終始変わらない呑気な口調。
「ああ、ひとの命を救いたい、とは思ってるよー、今でも。
趣味の範囲でね。真面目にやるのは飽きちゃった」
■茨森 譲莉 > 「すみません、アタシ、頭があんまり良くないのでさっぱり分からないんですけど。」
素直にそう感想を漏らす。
つまりは、どういう事なんだろう。
異能が別のものになったら、もう蓋盛先生ではなくて別のモノになる、という事だろうか。
当然、無くなってしまえば、別の何かになってしまう。それは、一応分かる。
アタシに異能があったら、アタシはアタシじゃなくなるのかもしれない。
少なくとも「異能が無い事で悩んでいるアタシ」はいなくなるんだろう。
……でも結局、無能力者の医者が必要な理由の説明になっていない。
「結局なんで、蓋盛先生は無能力者の養護教諭をいらないとは思わないんですか?
さっきから蓋盛先生にとっては異能が便利じゃないとか便利ですとか、
そういう話ばっかりしている気がしますけど。客観的な事実として、異能は使えた方が便利ですよね?
……少なくとも、アタシからは便利にしか見えないんですけど。」
アタシはただひたすらに困惑する。どういう意味なんだろう。
「………えっと、自分は異能があるから仕方なく養護教諭をしているけど、
異能が無ければ、真剣に人助けが出来る。という事ですか?」
趣味で人助けをしている、というのはこの際はさておく。
それこそ仕事でやっている以上、そういう事もあるんだろう。
むしろ、義務感じゃ無く趣味で人助けをしているということは、
自発的に人を助けているという事だ、それはむしろ善人だとアタシは思う。
警察官は仕事だから犯罪者を捕まえる。
でも、警察官でもないのに趣味で犯罪者を捕まえようとしているなら、
それは正義のヒーローというのだ。
■蓋盛 椎月 > 「ああ、なんかあたし自身の話にズレちゃったね。
何しろ自分の身に馴染みすぎたものについては説明が難しい……
いやーでも、今ので一応説明にはなったと思うんだけどなー」
少し困ったような表情で一呼吸ついて。
実際のところ似たような疑問を呈されたことは何度かあったが、毎度説明には困っている。
無能力者の医者や養護教諭が不要などとは、発想すらしたことがなかった。
視線を店外や店内の人の賑わいへと移す。
そうして、なんとか、彼女の納得してくれそうな理路を考えてみる。
「『客観的に考えて便利』かあ……こだわるな。
便利、ってなんだろうか。
10人救えるはずのところが100人になることだろうか。
どこまでが便利で、どこまでが便利ではないんだろう?」
たこ焼き屋でするような話でもないけどさ、と前置きして。
「結局どれだけ治せたとしても、人間っていつか死ぬし。
異能を持ってようが持ってまいが、人一人が伸ばせる手の長さ、できる仕事の量には変わりないし。
そう考えると、あたしの力がどれだけ強くても無意味だし、便利でもなんでもないなー、って。
大いなる宇宙の前に人間はただただちっぽけってわけよ」
参っちゃうな~という調子でまた笑う。煙に巻いていると思われても仕方がない態度だ。
「逆に言えば、この世界に意味のある存在も、必要とされる存在も、何一つないんだよ。
んー、すごい壮大な話になっちゃったな。禅問答ってやつ?
バカにしてるつもりはないんだよ~許してね~」
真剣味のまったくない表情で手刀の構えを顔の前に作った。
日本人のよくやる申し訳無さそうなポーズだ。
■茨森 譲莉 > 「そういうものでしょうか。」
結局、異能者の感覚というのは理解しがたい、という事なんだろうか。
持ってない人には持っている人の事が分からないし、
持っている人には持っていない人の事は分からない。
―――最終的に、人それぞれ皆違うし、皆平等だよ。と。
なんだか煙に巻かれたような気がする。
結局、これからゆっくり時間をかけて自分で考えるしかないのかもしれない。
アタシの口からは思わずため息が漏れて、白くなって寒い空気に溶けて行った。
「答えにくい事を聞いてすみませんでした。アタシ、そろそろ行きますね。
そろそろ交換留学の期間が終わるので、もうお話する事はないかもしれませんけど。」
結局、保健室のお世話になった事は一度も無い。
最初は怖かったけど、過ごしてみれば案外平穏な場所だった気がする。
まさに、住めば都、というやつだ。
「短い間でしたけど、お世話になりました。ありがとうございました。」
アタシは立ち上がって深々と頭を下げると、
他でもない自分が飲み干したスポーツドリンクを手に取って歩き出した。
………たこ焼きを焼くのは案外楽しかったし、帰ったらもう少し練習してみよう。
ご案内:「学園祭会場」から茨森 譲莉さんが去りました。
■蓋盛 椎月 > 「ん、またね。
……気にすることはないさ。
できることならば、きみとは、もっとゆっくり語らいたかった」
目を細め、見送る。
彼女の姿が見えなくなったところで、ふう、と溜息をついた。
……蓋盛にとって、ひどく慎重な言葉の選び方をしていた。
蓋盛は、自身の思想が、特に譲莉のような若い青少年には
受け容れることが難しいことを理解していたために。
ただ、これが蓋盛なりに考え、辿り着けた、伝えることのできる言葉だった。
「まさか言えないよね~」
これほどの異能は人間が決して持つべきではない、などとは。
エプロンを返して、養護教諭としての仕事へと戻った。
ご案内:「学園祭会場」から蓋盛 椎月さんが去りました。