2016/07/09 のログ
奥野晴明 銀貨 > 「でもさ、そういうのっていいよね。
 アタシ、先のこととか不安しかないからもう今この時、この瞬間で
 世界が全部止まっちゃえばいいのにとか、たまに思うし」
「あ~わっかる~わかり哲也~」
「いやでもちょっと夢見過ぎじゃない?ヤバくない?」
「たまにぐらいなら別にいいじゃん」

口々に勝手に言葉をまくし立てる女子一団。
ずぞぞっとアイスティーのなくなりかけの底をストローで吸い上げたり、
最後にとっておいたケーキのいちごを大事そうにかぶりついたり。

その間も銀貨はさり気なく紅茶のおかわりを用意しては注ぎ、空いた皿を片付け
彼女たちがだらしなく開いた足をさり気なくひざ掛けで隠したりそっと直したりする。

「ねぇ、メイドさんとかもそう思わない?」

チャイナドレスに身を包んだ女子学生が話題を振った。
いつもなら即座に言葉を返す銀貨が、少しだけ思考する様子を見せる。
遠くを見つめるように投げられた視線がまた戻ってきては女子の顔をとらえた。

「僕、それだったら今がちょうど殺されてしまうところですね」

奥野晴明 銀貨 > などとはとても言えなかった。それが事実だったとしても。
だからまた、曖昧に笑って

「そうですね~、でも世界が止まっちゃったらもうお客様や
 ご主人様たちにお会いできないとなると寂しくなっちゃいますね~」

という当たり障りのない返答で切り返した。
もっと、お店に来てくれないと寂しいです、などと少し相手の母性本能をくすぐるような心細さをアピールして
きゃあきゃあ騒がれたところまでを確認してからスタッフルームへとさり気なく引っ込む。

扉を後ろ手に閉めてふぅとため息を吐く。
(お仕事って案外難しいんだなぁ……)とぼんやりとした顔で思いながら先日の誘拐事件を思い出す。

結局一度だけあの事件の顛末について調べられる範囲で調べたのだが
事件の届け出はあったにせよ、犯人の行方はしれず不法入島したボートのことも事件の仔細には影も形もなかった。

最後にあの場にいたのが、ヨキでありそして自分を運んだのが蓋盛である以上
たぶん自分が願ったことの内半分ほどは叶わなかったのだろうなとはわかっているのだ。
彼と彼女が本当に犯人たちを殺していたとしても、だが銀貨には責めることはできなかったしそれを暴こうとする気もなかった。

奥野晴明 銀貨 > あの夜ヨキの見せた激しい怒りと剣呑さ、獣の形相。容赦の無さ。
そしてあの場にもしも蓋盛が現れていたのならたぶんヨキの行いを留めることもないだろう。

そして人殺し程度で、あるいは人殺しならばその重みぐらいなら銀貨も背負っていなくはない。
故意であるかないかの違いはあれど、銀貨が社会性を帯びた一人の”人間”として立てるようになるまでの犠牲の数に比べれば。

「せ~め~ちゃん、どこー?お客さんがチェキ撮りたいってー」

同僚からの声がホールから聞こえればはぁいと返事をしつつ再び部屋から出てきてお愛想の完璧な笑みを貼り付ける。
その後もいくらでも不確かな出処の情報を受け取ることはあっても
その胸のうちで考えていることを銀貨はおくびにも出さなかった。

ご案内:「コスプレ喫茶『バタフライ・エフェクト』」から奥野晴明 銀貨さんが去りました。