2016/08/11 のログ
■美澄 蘭 > 展示室に入って、真っ先に目に入ったのは…
「………」
中央で、天井から吊られている鉄の花のオブジェ。
だが、それはただ花を写実的に写し取ったものではない。
花のまま落ちる椿という花の、木から外れ、落下し、萎れていく…衰えていく様を表現したものだ。
蘭も年頃の少女らしく、死を思わせるモチーフはゴシック的なそれを中心に興味が無いとは言わない。
…が、日本原産の花が、金属の艶と写実的な柔らかさの質感を伴ってその「死」を表現された様は、それらとは全く別のもので…
「………」
蘭はいきなり、足を止めてしばし見入ってしまったのだった。
■美澄 蘭 > 続いての一角は、大型のオブジェが集められている。
堂々とした水牛の全身像、男性や女性の裸身の像。
植物を金属に落とし込んだものや…抽象的な、フォルムそのものを楽しむような造形作品もある。
素材は鉄や銅のようだが…中には、技巧を凝らして虹色の光沢を持たせたものがある。
(ふぅん、金属ってこんなものも出来るのね…)
そんな技巧や、動植物の細部の造形まで細やかに再現されているのも興味深かった。
しかし、蘭が特に引きつけられ、足を止めたのは…
「………」
人間のパーツの各部へ過剰なまでに肉薄し、ディテールがどことなく誇張された人物像だった。
■美澄 蘭 > 感覚としては、キュビスムの技法で描かれた人物像を見ている感覚が近いだろうか。
しかし、あれらと違って、これらの像は立体として実際に蘭の眼前にある。
そして、「ヒトの目には」不自然なバランスとも映りうるそれらの造形は…
(…すごく…どきどきする。
不安な感じの…)
異邦人の血を引くとはいえ、「ヒト」の枠内でずっと生きてきた少女には、少々不安をかき立てられるほどグロテスクに映るものだった。
しかし…そういう、「日常を外れた」感覚を味わうのも美術館の醍醐味であると思っている蘭は、その「不安」をこそたっぷり堪能しようとして、しばしそれらの像の前に留まっていた。
■美澄 蘭 > そうしてしばし「非日常」の感覚を堪能した後、次のエリアに進む。
次のエリア…展示室の奥の壁際に並んでいたのは、この展示の作品群の製作者…ヨキの主要作品である、「対比」シリーズ。
様々な構図の、対になった女性像。
学園祭の際はどちらが異能製でどちらが手製か分からないようになっていたが、今回は「右が手製、左が異能製」で統一されているようだ。
「………こうして見てみても、やっぱりほとんど見分けつかないわね………」
そう、ぽつりと声を漏らしながら「対比」を見比べていく。
■美澄 蘭 > 時間をかけて見比べてみたが、やはり蘭の目では違いは分からなかった。
ヨキという芸術家は異能者ではあるが、対比シリーズ以外の作品制作は金工という「技術」で行っているという。
その上で、「あえて」異能による作品と金工による作品を同時進行で、ほとんど同じに作ってみせる理由は…
(…異能と技術は対立するものじゃない、関係のないものじゃない…ってこと、かしら?)
作品を見ながら、そんなことを考える蘭。
■美澄 蘭 > (…今度、ヨキ先生に会いに行って感想伝えて…ついでに聞いてみようっと)
ここまでの作品でも、随分心を動かされた蘭は、芳名帳に名前を書かなかったことを後悔していた。
…帰る前に受付に戻って記入しても構わないだろうか、などと考えながら、次のエリアへ。
次のエリアは、花器や食器、装飾品にランプなどの実用品を含んだ小品が台座やガラスケース内に陳列されていた。
(…「根付」って何かしら?後で調べてみよう)
一部の展示品の意味が分からなくて、ちょっと首をひねったりしながらも、展示を眺める。
■美澄 蘭 > 案内のメインビジュアルになっていた清廉な印象の花器の他にも、細やかな彫金が施されていたり、表面が非常になめらかにされたもの…。
それに、金属以外の素材と組み合わせたものもある。
このエリアの作品は、日本の伝統文化の影響を感じられるものと、どうも違和感のある造形をしたものが混ざっている。
(…この、不思議な感じがするのは…先生が自分で考えて作り上げた「世界観」かしら?
凄い…)
そうして一通り鑑賞してから、最後のエリアへ。
■美澄 蘭 > 最後のエリアは、ドローイング約15点が、シンプルな額に入れられて壁にかけられていた。
大きな作品では細かいところまで丁寧に作り込んでいたし、そのためには「ありのままに写し取る」訓練が必要なのだろうことは、美術は「やる方は」あまり得意ではない蘭にも想像がつく。
恐らく、これらのドローイングはその訓練の一環なのだろう、と。
(すごーい…線を誤魔化してる感じが全然しない…)
一つ一つ、ドローイング作品の全てに視線を向ける。
■美澄 蘭 > 老人の横顔。横たわる女。履き潰されたブーツ。
野に咲く花のスケッチに、じゃれ合う猫たち。
学生と思しき少年少女たちの後ろ姿や、何気ない姿ばかりをたくさん書き留めたもの…はては、この学園都市の街角まで。
そのドローイングの範囲は、「金工」で表現出来る範囲を、超えているように思われた。
(…「先を見る」って、こういうことなのかな…)
「訓練の一環」に留まらぬ幅を見せるドローイングを見ながら、蘭はそんなことを考えた。
(…そこまで出来る「何か」が…きっと私の「したいこと」、「頑張れること」なのよね。
出来れば、今年中に見つけたいわ…)
とも。
■美澄 蘭 > そうこうしている間に、展示を一通り見て、展示室の出入り口に戻ってきていた。
展示室の一室に、心揺さぶるものが濃密に詰まっていて…もっと味わっていたかったような、とんでもない密度におなかが一杯になってしまったような、相反する感情に後ろ髪を引かれるように軽く振り返って全体を眺めてから…その結果、最初の「落花図」を再び味わうことにもなった…展示室から出る。
出た後、新たな客の邪魔にならないように迂回しながら、受付の方に行き…
タイミングを見て、芳名帳に手を伸ばした。
そして、特に汚いわけではないけれどそこまで丁寧に書いたわけでもない、サラリと書いた字で。
『美澄 蘭』
と記し。
(ヨキ先生と会ってお話しする機会…どうやって作ろうかな?
夏休み明けの方がお邪魔にならないかな…)
そんなことを考えながら、美術館エントランスの傘立てに預けた日傘を回収して、美術館を後にしたのだった。
ご案内:「国立常世新美術館」から美澄 蘭さんが去りました。