2015/07/16 のログ
ご案内:「常世保健病院・アトラ9の病室」にアトラ9さんが現れました。
■アトラ9 > 病室のベッドに横たわる、闇よりも黒い浴衣に身を包んだ少女。
彼女――アトラ9は公安委員会に属するガイノイドである。
先日、歓楽街のトラットリア『ヴィルトゥオーソ』にて行われた、かの悪名高き劇団『フェニーチェ』の『伴奏者』こと、梧桐律の復活公演と称するコンサートへの潜入と、
そこで『伴奏者』の代役としてステージに立っていた少女・奇神萱への事情聴取を試みていた。
しかし、公演は突如としてトラットリア店内に乱入した、アンヘルと名乗る男によって引っ掻き回され、
さらにアトラ9自身も彼の放った戦闘用スーパーボールによる負傷者の救助にあたっていたところ、避け損ねたボールによって後頭部を強打したことで意識を失い、他の負傷者とともに保健病院へ搬送されてきたのだ。
■アトラ9 > 閉ざされていたその瞼が、ゆっくりと開く。ブゥーン――と、何かの起動音。
すると、真っ暗だった彼女の視界に、SF映画めいたフォントで水色に光る文字列が映し出される。
≪NKI-79A ATLACH9≫
その文字列は、形式番号と個体識別名称。いわば、彼女が彼女であることの証明。
≪起動中――≫
≪周囲環境情報分析中――≫
最初に映し出された文字列が消えてもなお、次々に映し出される文字の群れ。それに応じて、アトラ9の視界は徐々に鮮明になってゆく。
≪分析完了――照合中――常世保健病院≫
視界がはっきりすると、分析された周囲環境データと記録されている情報の照合が行われる。
そして、ここが常世保健病院の病室であることを、ようやく彼女は認識した。
小さくモーター音を鳴らし、上体を起こす。その後、首を振って実際に周囲の様子を確認する。
■アトラ9 > 「……アア……私ハ」
衝撃で記憶の一部が抜け落ちており、はっきりとは覚えていないが、昨晩の出来事をどうにか思い出す。
「シカシ……何モココマデ運ンデコナクテモ……」
公安委員としてのアトラ9の活動によって何らかの物理的・電子的損傷が生じた場合、通常は彼女が開発された研究区内の施設で修復作業が行われる、はずだった。
普段から彼女をガイノイドたらしめる要素――主に関節など――を隠すような浴衣姿でいたのが裏目に出ただろうか。アトラ9の電子頭脳はそう考えていた。
しかし、彼女の人工知能はこの浴衣以外の服を極度に拒絶してしまうため、あらかじめ関節の露出する服に着替えておくといった対策もとれない。
■アトラ9 > 「サテ……ドウ、シマショウカ……マズハ連絡ヲ」
そう思い立つが、ここは病室である。アトラ9に備わった無線通信機能は使用できない。
体は問題なく動くのでナースコールを押すまでもないだろう、と判断し、大人しく看護師が訪れるのを待つことにした。
「……ソレニシテモ」
暇、である。病室とはそういうものだが。
■アトラ9 > 研究区の自室に一人でいる時は、全裸になり尾てい骨付近に備え付けられた合成クモ糸射出装置を用いて巣作りを行ったりもしていた。
だが、さすがに病室でそれを行うわけにもいかない。少量の合成クモ糸を右腕の射出装置から出し、左手で弄んでみる。
「~♪」
無機質な電子音声で、鼻歌を歌う真似事をしてみたり。それでも。
「……寂シイ、デスネ。セメテ話シ相手デモ居レバイイノデスガ」
アトラ9の電子頭脳は、そう判断した。
■アトラ9 > しばらく待ってみたが――誰も来る様子はない。
「マア良イデショウ。モウシバラク寝テイレバイイワケデスカラ」
などと、嘯きつつ。無論、ガイノイドであるアトラ9には、本来睡眠の必要性はない。
エネルギー補給の間、一時的な休眠状態に入ることはあるが、それは人間的な睡眠とは異なるものだ。
機械であるヒューマノイドにとって、生物と同じ形式での『睡眠』はエネルギーの浪費に他ならず、できれば避けるべきである。
しかし、今のアトラ9には他にすることもないので、それが最適解といえた。
やがて看護師が訪れ彼女の無事を確認するまで、しばし眠りについていることだろう――
ご案内:「常世保健病院・アトラ9の病室」からアトラ9さんが去りました。