2015/08/10 のログ
ご案内:「外人墓地」に奇神萱さんが現れました。
奇神萱 > 小高い丘の上に礼拝堂のような建物があって、その周りを白い墓碑が取り巻いている。
ここは学園都市の終着点のひとつ。それぞれの天寿を全うしたものたちが眠る終の棲家だ。

常世島はひとつの都市だ。都市には人の営みがあって、時には命尽きるものも現れる。
だが、この島はとにかく流れ者の多い場所だ。
仏式の埋葬を望まないものも多くあり、外人墓地のような場所が生まれた。

二ヶ月ほど前に偉大なる碩学が亡くなった時には、多くの参列者がいたと聞いている。
最近はその足もぱたりと止んで、この地にふさわしい静けさに包まれていた。

ご案内:「外人墓地」に三枝あかりさんが現れました。
奇神萱 > お前に見せたいものがある。そんな連絡を入れて、三枝あかりを呼び出した。
地図を見れば一目瞭然。外人墓地のど真ん中だ。子リスはノコノコやってくるだろうか。

礼拝堂の扉を開け放つ。
しん、と冷えた空気が夏の大気と混ざり合っていく。
小さな壁龕にケースを立てかけて、石造りの建物の中へと進む。

楽器を肩へ。外界のまばゆい輝きに振り向きながら、夏の空の高さを想う。
暗く冷たいこの場所から、音楽はどこまで響くだろう。わからない。
ともかく、子リスには道しるべが必要だ。

この世の果てのような田舎の丘の、ならだかな起伏を心に描く。
北アイルランドの古い歌だ。『グウィードア・ブレイ(Gweedore Brae)』。

三枝あかり > 奇神先輩から呼び出されたのは、外人墓地。
なんでこんなところに?
そうは思ったものの、携帯端末のナビは何ともあっさりこの場所へ私を導いてくれた。

墓地に来たけど誰もいない。
墓碑がどこまでも続くだけ。

「あれ……やっぱり何かの間違いかなぁ…?」

と、その時気付いた。礼拝堂の中から聞こえてくる、音色は。

「奇神先輩、中にいるのかなぁ……」

そう呟いて礼拝堂に入る。
見せたいものってなんだろう?

「奇神せんぱーい?」

彼女の名を呼びながら礼拝堂へ。

奇神萱 > この曲を知るきっかけになったのは一枚のレコードだった。
時は1944年。戦火に焼き尽くされた世界の片隅で、ハイフェッツが古の旋律に新しい生命を吹き込んだ。
ジョン・クラウザーの編曲だった。ヴァイオリンとピアノのための『グウィードア・ブレイ』。

古き良きものが消えていく、全ての戦争を終わらせるはずだった惨禍の時代。
ごく短い間、ハイフェッツはデッカ社と専属契約を結んで精力的なレコーディングに打ち込んだ。
その集大成とも言うべきものが、あの名盤だ。

ピアノの旋律が、弦の震えが石材に木霊して肌をざわめかせる。
奇神萱を呼ぶ声がした。まばゆい夏のあかりを背に、亜麻色の髪の乙女が現れた。

つかのま眼差しが行き交う。そばの長椅子を一瞥して、まあ座れとすすめておいた。
理想郷の夢は余韻を残して遠ざかっていく。弓をはなして、長くゆるりと吐息をついた。

「よ。迷わずに来られたか? 急に呼び出したりして悪かったな」

三枝あかり > はい、と軽く頭を下げて長椅子に座る。
肌の熱気が冷めていく気がした。
それでも、命を震わせる音楽に心は熱を持っていた。

「はい、ナビが珍しく誤作動しなかったので!」
「先輩が見せたいものがあるって言うので、気になって来ちゃいました」

それからヴァイオリンを見る。

「先輩、今の曲はなんて名前なんですか?」
「とっても良い音楽でした!」

と、目を輝かせて聞いた。

奇神萱 > 「アイルランドの民謡だ。古い時代のな。タイトルは『グウィードア・ブレイ』」
「あちらさんの歌はこっちでも人気が高い。感性が似てるのさ。同じ島国だからかね」

幸せな気分にさせてくれる曲だ。ヴァイオリンは決して物悲しい楽器じゃない。

「俺はお前の秘密を聞いた」
「だからさ、俺の秘密を教えてやるよ。こっちだ。外にある」

親殺しは幾多の惨禍を重ねたこの時代にあっても、なお人に残された恐るべき禁忌のひとつだ。
その告白にどれほどの勇気が要っただろう。
悲壮な覚悟だったかもしれない。破れかぶれだったかもしれない。
どんなに無謀な行いだったとしても、俺は自分の臆病さ加減に気付かされた。
それが全てだ。

まばらな木立を縫って、ひとつの墓の前に導く。
俺の名前が刻まれた石だ。その下にはかつての俺が眠ってる。
真新しい花束が置かれていた。ひとつやふたつじゃない。

わずかに燃え残ったキャンドルのあとも。
色あせてくしゃくしゃになった紙クズは昔の公演ポスターの写しか切り抜きだろうか。
そこに映るは音楽の悪魔に愛された少年。容姿端麗にして赤髪の。フェニーチェが誇った大輪の華のひとつ。
四角く切りとられたその世界では、『伴奏者』と呼ばれた音楽学生が我が世の春を謳歌していた。

三枝あかり > 「アイルランドの……そうでしたか」
「グウィードア・ブレイ。民謡。しっかりと覚えましたよ!」

相手の言葉に、視線を落とす。
自分は罪と向き合っただけで、罪から逃れたわけではない。

そして許されたわけでもない。

兄に謝り、母を許し、それでも。
私は決して父に許されることはないのだから。

「先輩の秘密………? それは、一体」

奇神についていきながら、木々の隙間を歩く。
そこで辿り着いた墓は。

「………これ…このポスターのヒトのお墓なんですか?」
「これが先輩の秘密………?」

人の秘密を聞くというのは、否応なく胸が高まる。
そこに何の意味があるのかも知らずに。

奇神萱 > 「自分が死んだ後のこと、考えたことはあるか?」
「似たような質問かもしれないが、生まれてこなきゃよかったと思ったことは?」
「たとえば、もしも―――」

墓碑の前に片膝をついて、白い石材に刻まれたアルファベットを音もなく撫でる。
誰かがきれいに清めていてくれたのだろう。花の香りが淡くかすかに立ちのぼった。

「自分がいなくなったあとの世界を垣間見られるとしたら。お前はそこで何をする?」
「最良のときを分かち合った仲間はそれぞれの道を行くらしい」
「この奇跡か……それか呪いが、いつまで続くのかもわからない」

胸に握りしめた拳をあてる。その仕草に意味などない。

「生きた証が消えていく。輝きが見る影もなく衰えて、失われていく」
「そこは現世にそっくりの地獄かもしれない。―――なあ子リス。お前はそこで何をする?」

三枝あかり > 「……生まれてこなければよかったと思うことは、何度もありました」
「死んだ後にお父さんに謝れるかな、と思ったことも」

墓碑銘を撫でる先輩の背中は、どこか寂しそうに見えて。

「………自分がいなくなった世界は、きっと何もかもが上手くいく―――」
「歯車に挟まっていた何かが取れたような、完璧な世界だと思っていました」
「でも、違うんです。私も世界の一部なんです」
「そのことに気付かせてくれたのは、蓋盛先生と奇神先輩ですよ……?」

胸に拳をあてる彼女は、何かを悔いているのだろうか?と思索をめぐらせた。

「過去がなくなり、未来が色褪せていくなら」
「時間なんて止まってしまえばいい」
「そう……考えてしまうかも知れません…」
墓地に来るのに手ぶらだった。この墓の主に捧げるものもない。

奇神萱 > 「俺はないぞ。後悔なんて微塵も。毎日毎日精一杯のことをして生きてた」
「飽きもせずにな。最高だったよ」
「仲間がいた。先生がいた。女たちがいた。パトロン気取りの女たちだ。ストーカーまがいのやつもごまんといた」
「その頃は神に愛されてる気がしてたんだ。生まれてきた意味を知ってるつもりでいた」
「脇が甘かったことは認めるよ。ちょっとぐらいはな」

振り向いて、笑って。墓石に腰かける。ちょうどいい高さだった。

「時間を止めてずっとそこにいる? そりゃお前、死んでるのとどう違うんだ?」
「陳腐なセリフかもしれないけどな、人間死んだらお終いだぜ」
「わかるだろ。わかれ。わかるよな。お終いなんだよ」
「死人が蘇ったらアレだ。世の中みんなひっくり返っちまうだろうさ」

クールな先輩のイメージなんて犬にでも喰わせておけばいい。
足を組んで、声のトーンがわずかに高まる。ルビコン河を渡るときだ。

「だから、新装開店だ。別の人間をはじめることにした」
「はじめまして。迷える子羊よ。俺は―――俺の名前は梧桐律(ごとうりつ)」
「今は亡き不死鳥の羽根のひとひら。あいつらに音楽をつけてやってた」
「この女に刺されて死んだ。不死鳥が死んだ最期の夜にな。俺は舞台に立てなかった」

黒髪がじわりと赤く染まっていく。光を受けて色彩が揺らぐ。
生気あふれるカーマインへと。はたまた悲痛を隠したワインレッドに。

三枝あかり > 「ちょっと、先輩……!」
墓石に腰掛けた彼女を咎める。
「後悔なく生きているからといって、死んだ人を貶めるような真似をしていいんですか!」
「降りてください、その墓石はあなたのものじゃないです!」
力強くそう言い放つ。

「……魔法をかけて、時間を止めて………」
「お兄ちゃんと、お母さんと、お父さんでデスティニーランドにいられた頃ならよかったって」
「死んでいるように生きているよりも、よっぽど人間らしいって…思って……」
墓石に腰掛ける彼女は、どこか今までのイメージと違う。
「死んだ人は土の下で死に続けるだけです」

別の人間を始める?
先輩は何を言っているんだろう。
その言葉の真意を、今の私に知る術はなかった。
「梧桐律? その名前は……」
墓碑銘を見る。違う、そんな、まさか。

スティーブン・キングの短篇を思い出した。
『やつらはときどき帰ってくる』、
もしくは、『ペット・セメタリー』。

――――帰還する者が、すべて歓迎されるとは限りませんので。

そう読者に囁く、ペット・セメタリーの小説の解説文。
そんなはずはない、そんなはずは―――――

彼女の黒髪が緋に染まる。
それを見て、私は眩暈を起こしそうになった。

その髪色は、『伴奏者』と呼ばれた彼のものと全く同じ。
心が拒絶しても、脳は、そして異能は認めてしまう。

彼/彼女こそが、フェニーチェの。