2015/08/17 のログ
ご案内:「日帰り天然温泉『常世乃湯』」に奇神萱さんが現れました。
奇神萱 > 平たく言えば、ただの銭湯だ。

スパリゾートといういかにもな横文字にはあまり共感を覚えない。
寮の大浴場に飽きたやつだとか、たまに気分を変えてリフレッシュしたい生徒がここに来る。

男子と女子の違いは数あれど、その最たるものは風呂だろう。
広さが違う。デザインが違う。設えが違う。調度が違う。建築が違う。
細かな違いをあげていけばきりがない。

オリエント世界に伝わる公衆浴場ハンマームもかくやといわんばかりの凝りようだ。
ここは学園都市の秘密の花園のひとつ。
目をつむれば高い天井に湯の流れる音だけが木霊する。
本来なら縁もゆかりもない場所だが、今は訳あって時々世話になっていた。

奇神萱 > 濛々とたちこめる湯気の向こうはおぼろに霞み、見通しがあまりきかない。
ただ仲間同士でわいわいと話してる声だけが聞こえてくる。

人の出入りがとにかくめまぐるしい。

次から次へと新手がやってきては、かしましく盛り上がったりする。
これはこれで好都合だ。すこし込み入った話をしたい時には。

汗を軽く洗い流して、ボディタオルだけを手に向かって右奥の方へと進む。
入り組んだ柱の影で、半個室の様になっているオープンスペース。
ここに子リスを呼び出した。来るも来ないもあいつの自由だ。好きにすればいい。

湯船の縁に腰かけて、ときどき湯をかけながらゆるりと待つことした。

ご案内:「日帰り天然温泉『常世乃湯』」に三枝あかりさんが現れました。
三枝あかり > 湯気の向こうも見渡せる異能で安心、安全。
そんなキャッチコピーを頭の中に並べながら常世乃湯内オープンスペースに現れる。

「あ、先輩。今日はお誘いありがとうございます」

笑顔で手を振りながら近寄る。
タオルで体を隠すのはマナー違反だしそもそも体を隠してたタオルの置き場所に困るのでナシ。
タオルを湯に入れると不衛生なのでみんなも気をつけよう。

「あ、ひょっとしてもう体洗ってました?」
「だったら私まだなので手早く済ませるところですが」

奇神萱 > ふだんは背中まで伸びている髪を束ね、身体の前に持ってくる。
ミラノスカラ劇場跡で『世の終わりのための四重奏曲』を演じた日を境に、次第に色が抜けていった。
亡き奏者を偲ばせる真紅は鳴りを潜め、今はただ、さらさらとして艶めいた黒髪に変わっていた。

手を振り返して、こちらも身体を隠すでもなく。

「来たな。なかなかだろ?」

設備のことを言っている。ここのつくりを建物の外観から想像するのは至難の業だ。

「軽く流しただけだ。向こうに洗える場所がある」

待ち人を案内して、自分も髪を流しはじめる。
惰性で伸ばしてはいるものの、これはこれで酷く手間がかかるのだ。
とはいえ、奇神萱をはじめて随分になる。そろそろ慣れてきたような気がする。

三枝あかり > 「……綺麗な黒髪ですね、先輩」
「こういうのもなんですが、私も髪を伸ばしたくなります」
自分の髪をいじる。
粗末に扱っているわけではないけれど、面白みに欠ける長さ。

近寄ると、相手になかなかだろと言われて息を呑む。
「……なかなかのものをお持ちで…」
相手の体を見てそう言ってから、
「し、失礼しました!」
と取り繕った。おっさんか私は。

案内されて洗い場について湯の温度を確認する。
「それじゃお互い背中を流しましょうよ」
そして自分の髪を洗いながらそう言う。
「私、姉や妹が欲しかったのでこういうの憧れるんですよ」
髪を丁寧に洗い流す。万が一にも泡がついていたら湯が台無し。

奇神萱 > 「やればいいさ。ダメだったら元に戻せばいいだけだ」
「時間をかける価値はあるぞ。請け負ってもいい。これ以上伸びたら生活に支障が出そうな気もするが」

セミロングくらいなら似合うんじゃないか。
そこそこにアシンメトリーな髪型なら初見の印象も重たくならないはずだ。

「これは元々だ。俺がテコ入れする前からこうだった」
「いやな、酷かったんだぜ。この手もゾンビみたくガサガサのボロボロだった」
「鏡に映る顔は死人みたいだった。死人だけどな。目が落ち窪んで爪は噛みあとだらけで…」
「並大抵の苦労じゃなかった。徹底的に摂生してどうにか持ち直した」
「娑婆に出たときは別人だったよ」

ざばあ、と湯をかぶって泡を洗い流す。黒髪から水を抜いて、ボディタオルを泡立てなおす。

「兄貴とは……無理だな。俺だって大差ないぞ。いいのか?」

よくわからない心理だ。手足を泡立てながら背を向けてみる。
うなじから抜ける様に白い背中、大胆すぎるほどに絞られたくびれに豊かな腰つきまで露わにして。

三枝あかり > 「そうですね……一度伸ばしてみるのもいいかも知れません」
「生活委員会の仕事も髪をカバーしておけば痛まないかも……」

髪を洗い流して、鏡の曇りを取って丁寧に見る。
今日も私は普通だ。

「……それが奇神先輩の最初の姿ですか…」
「一体何を思っていたのかはわかりませんが」
「綺麗、というのは諦めた瞬間に終わるんです」
「奇神萱という人間は、自分を綺麗に保つことより大事なことがあったんでしょうね……」

素養を捨てるなんて勿体無い、と呟きながら背中を向ける彼女を見る。

「えっ……先輩、男性的な視線で見てるんですか」
「だったらドン引きなんですけど」

豊かな胸を隠すジェスチャー。いや相手背中向けてるから見えないだろうけど。

「女性なら女性らしくすればいいんですよ」

スポンジを使って丁寧に先輩の背中を洗う。
傷つかないように、綺麗になるように。丹念に。

「そういえば、私……異能が変化しましたよ」
「時間が止まったように視える異能が増えました」
「……結局、自分の身を守れるほど便利な異能じゃなかったです…」

頬を膨らませながら、彼女の背中を流す。
そして先輩に背を向けた。次は私の番。

奇神萱 > 「ああ、イカレた人殺しの変わり果てた姿だ。最期に見たときはそこまで酷くなかった」
「見つけた時には抜け殻になってた。魂の残骸すら残ってなかった。気味が悪いくらい空っぽだった」
「それからずっと使ってる。よりにもよって自分を刺して殺した女の、顔と名前と人生の続きをやってる」

げんなりした顔でため息をつく。

「言うなよ。悲しいことにすっかり見慣れた。幻想も神秘もだいたい吹っ飛んでる」
「人間、刺激に飢えてるのさ。欲求が満たされたって、すぐに慣れて次の刺激を欲しがりはじめる」
「退屈が人を殺す。気晴らしのない人間だったら地獄だろうな」

女性なら女性らしく。言うのは簡単だ。

「その一線を越えると自分が消える。俺が俺じゃなくなる。そんな気がする」
「第一、野郎に抱かれるのは願い下げだ。そんな趣味はない」

もう一度、ざぶんと流して。今度は子リスの背中を磨き始める。細い背中だった。

「バレットタイムか。20世紀のアクション映画じゃよく見かけた表現だ」
「役に立つとか立たないとか、決めつめるのはまだ早いぞ。使い道はひとつじゃない。教わっただろ」
「何かきっかけでも?」

三枝あかり > 「……空っぽ、ですか…」
「…私も、そんな人生を生きてきたので…」
「今は違います。ただ、元の奇神先輩には物悲しい何かを感じます」

くすくす、と笑って隠すのをやめる。

「そうですか、幻想を抱くのも神秘に憧れるのもその年でおしまいですか」
「……ただ漫然と時間を過ごすのって、辛いですからね…」
「三枝の家にいた頃はそうでした。家に行くのが辛くて、学校にいるのが寂しくて」

帰るとは表現しなかった。あれは私の家じゃない。
視線を下げて、思索を巡らせようとした。
けど失敗した。気持ちいい時、思考が鈍るタイプの人間です。

「確かに男の感性を持っているのに男性に抱かれたら……!」

背中を流されながら益体のないことを考える。

「ジョン・ウーの映画とか? マックスペインとか?」
「その時間の中で動けたら、きっとバレットタイムのレイチェル・ラムレイみたいに大活躍なんですけど…風紀の、一年の」
「そうですね、使い道をゆっくり考えてみます…」
「きっかけは、多分奇神先輩と蓋盛先生です」
「二人に罪を打ち明けて、自分の罪と向き合うようになってから能力が緩やかに変化していってます」

背中を流してもらうと、気持ちよさそうに―――あるいは少し年寄りくさく溜息をついて。
「それじゃ、湯船に入りましょうか」

奇神萱 > 「こいつの父親に会ったよ。どこにでもいる普通の父親だ。理解できないモンスターに振り回されてた」
「俺も無関係だったとは言えない。背伸びして観に来た客の中には、現実と創作の区別がつかないやつが少なくなかった」
「人生狂わされた人間がいたことはたしかだ。―――人生が終わったやつもな」

「お前は違う。悲しいこと言うなよ。生きてきた時間に意味がないなんて言わないでくれ」
「どんなに最悪なことがあったって、道はここまで続いてた。なら、それはそれでだ」

つま先から湯船に踏み込んで、タイル張りの浴槽にゆったりと背中をもたれる。

「白いハトが飛ぶやつな。好きなのか? もっとファンシーな趣味かと思ってたぞ子リス」

長くしなやかに伸びる脚で湯を割って、ゆらゆらと水の流れを起こす。
胸だけがぷかりと浮いて、少し沈めて片膝を抱えた。

「願望だとか、意志だとか、そのへんが異能に絡んでるって説は昔からあったな」
「俺の場合は何だ。死にたくないってやつか。ベタ過ぎるだろ」

「なぁあかり。俺は自分を見失うのが怖い。顔のない怪物に成り果てるのが怖くてたまらない」
「いつも自分を表現していないと不安でいっぱいになる……誰にもそういう姿を見せてないだけだ」
「ただ忘れていくだけかもしれない。失くしたものの大きさに気づかないまま失くしていく」
「それは嫌だ。お断わりだ」

「ヴァイオリンも、お前も、昔の仲間も。お前は絆と言ったな。俺にとっては、存在の証明だ」
「―――で、だ。今日呼んだのは他でもない。俺の身の回りがどうもおかしな事になりはじめてる」

「『伴奏者』が現れた。本物のグァルネリウスを持った赤髪の男が、あちこちで目撃されてる」

三枝あかり > 「……奇神萱の、父親………」
視線を下げる。父親という言葉は今でも後ろめたい。
「そう、ですね……ここでみんなと出会うために生きてきたと思えば」
「そんなに悲観するようなことはないのでしょうね……」

同じくそっと湯船に足から入る。
先輩と向き合ったまま、心地よさに顔を緩ませた。

「もちろん、ボルト・デスティニーも好きですよ」
「今度、お兄ちゃんとカラオケに行くことがあったら先にデスティニーマウス・マーチを歌ってやろうってくらいには」
「ただ、映画も好きなんです、ド派手なものとか、静かなものとか、色々」

胸が大きいのは普段から劣等感があるけれど。
先輩と一緒にいると気にならない。先輩もスタイルいいからかな?

「願望………意思…」
「昔はよく、星空に飛んでいきたいとか、時間を止めてしまいたいとか思っていました」
「それなのにどうして、私は星空の観測者(スターゲイザー)に目覚めたんでしょうね…」

死にたくない。その言葉は一度死んだ人間が言えば誰よりも重い。

「……先輩が?」
それが先輩の弱さ。先輩の抱えている苦しみの一端。
理解できる部分はあるけれど、きっと先輩だけの悩み。

しかし次の言葉はあかりの理解を超えている。

「……伴奏者って…先輩の元の姿ですよね?」
「ドッペルゲンガーが現れるには少し遅くないですか」
「ああいえ、混ぜっ返す気はないんです、ごめんなさい」
湯船に映る自分の顔に浮かぶ表情は、困惑。
「でも……それって誰かの異能? それとも…わからないことだらけですね」

奇神萱 > 「響きからして、視覚を強化するようなやつかね。だったら、見届けるためじゃないか」
「観測者がいる限り、俺は絶対に名前のない怪物にはならない。それはすごいことだぞ」

手を揉みこんで筋肉のこわばりを解し、腕に湯を揉みこんでいく。
たっぷり三日分くらい溜まっていた疲労が溶けて一気に楽になった気がする。

「『伴奏者』が現れたなら、俺は一体何なんだ。奇神萱の妄想か?」
「その可能性は考えたくないな」

ごろりと寝返りを打つように浴槽の縁にうつぶせて、腕枕して。
浮力に任せてゆらゆらと漂う。

「あはは。いいさ。言うまでもなく、真っ赤なニセモノだ。コピーキャットだ」
「ただ、そいつもなかなかやるらしい。演奏の方な」
「隠し撮りされたやつが出回ってる。しょうもない癖から何から、昔の俺にそっくりだった」

「俺も最初は確証が持てなかった。本当に過去の亡霊が蘇ったような気もしてた」
「わけもわからずに襲われた。腹に蹴りを入れられて、力ずくで楽器を奪われた。酷い痣になったよ」
「それで納得した。梧桐律は女に手をあげるような奴じゃなかった。―――最期の晩もそうだった」
「今あいつが持ってるのは親父の形見だ。取り返したい」

大浴場よりわずかに高めの湯温。湯の中で両手を合わせて、子リスの顔に水鉄砲を撃つ。

「あいつはあいつで、俺を目の仇にしているらしい。周りの人間に累が及ぶ危険もある」
「だから、お前にも伝えておくことにした。そんなところだ」