2015/08/18 のログ
三枝あかり > 「見届けるため……」
「なるほど、そう考えると良い異能ですね」

この頃の私は何も知らなかった。
私の真の異能が、積み重ねてきたものを崩してしまう。
『台無し』の物語が、終わりに近づいてきていた。

「……奇神先輩は、奇神先輩ですよ」
「ここに絆がある限り、絶対の絶対です」

彼女の白い背中が見えた。
美しいとは思うけれど、それ以上に悲しそうな背中。
なんとなくだけど、そんな風に見えた。

「お、襲われたって……昔の自分が今の自分を憎んでいる?」
「そんなの……」
あるかも知れない。
昔の自分が今の自分を見たら、きっと形振り構わず首を絞めにかかるだろう。
お前なんかが幸せになっていいはずないだろう、って。
でも。
「先輩がニセモノの梧桐律からヴァイオリンを奪い返すなら」
「私も同行します! 役立たずかも知れませんけど……必ず役に立って見せます」
役に立つ。
自分にも役があり、立つべきステージがあるのなら。
「あのヴァイオリンを持った先輩に何度も心を救われてきたんです」
「今度は、私が先輩の心を救……」
真面目な話をしている最中に、顔に水鉄砲がとんだ。
ムキになって水鉄砲を撃ち返した。下手であんまり狙いがついていない。

奇神萱 > 「ん?」


「いや違う、そうじゃない。おい何聞いてたんだ子リス。気をつけろって話―――」

待て待てと近づいたのが災いして真っ向からクリーンヒットを貰う。
報復の連鎖がはじまって、あっという間に湯のかけあいになった。
水鉄砲というピンポイントの攻勢から面の波状攻撃へ。不可避の一撃が亜麻色の髪を襲う。

真面目くさった話はおしまいだ。

さいわい近くに客の姿はない。
というか遠くでも似たようなことをしてはしゃいでいた。
さすがは学園都市。銭湯までこうなる定めとは。修学旅行生か何かか全く。

つぎつぎに水柱が上がるレベルまでエスカレートするまで殆ど時間はかからなかった。

「あっは、はははっ!! ――――は、ごほごほっ?! こん、のっ―――!!」

馬鹿笑いしながら咽る。息継ぐまもなく湯を浴びて、前が見えなくなる。

三枝あかり > 「わぷっ! このっ 先輩っ!」
お湯を浴びて、お湯をかけて。
こんな日常があってもいい。

私と先輩が生きてきた日々が嘘じゃないなら。

こんなかけがえのない一日があったっていい。

最終的に何もかも台無しになったとしても。

この瞬間は……この感情は………嘘をつかないし、嘘がない。

最近、ご飯が美味しい。
ぐっすりと眠れる。
この幸せを教えてくれた奇神先輩に。
私は恩返しをしなきゃいけないんだ。

奇神萱 > 「……ぜぇ……はぁ…………はぁ……は、ははっ―――あっはっはっはっは!!」

ずぶ濡れになって笑った。咽ながら笑った。

「………ごほごほっ、はぁ……あ゛ぁ…くたばってからこのかたすっかり忘れてたんだが」
「子リスお前、ちょっと真面目すぎるんだ。バカになれよ。俺もなるから」
「その方が人生楽しいぜ?」

しっかり湯に浸かった分、髪の手入れがめんどくさいことになりそうだがこの際忘れておく。
髪がはりついてどこぞのホラー映画みたいになってる姿が水面に映る。我ながらひどいな。

さっぱりした後は湯上りに、名物のコーヒー牛乳をご馳走したりもして。
後輩の子リスを連れて、ごくありふれた幕間の一日を気ままに過ごしてみるのだった。

ご案内:「日帰り天然温泉『常世乃湯』」から三枝あかりさんが去りました。
ご案内:「日帰り天然温泉『常世乃湯』」から奇神萱さんが去りました。