2015/09/26 のログ
ご案内:「国立常世新美術館・美術図書館」にクローデットさんが現れました。
クローデット > 通常講義のない休日。
クローデットは、産業区にある美術館に併設された、美術図書館を訪れていた。

「教師」というのは、そう簡単になれる職業ではない。
担当する分野の専門知識は言わずもがな、学生や同僚と滞りなくコミュニケーションを取る能力、そして、その社会で納得されうる基準で学生を評価する能力が最低限必要だ。
…そんなわけで、異世界からやってきた人物がいきなり教職に就けると、クローデットは基本的には考えていないのである。

クローデットが美術館を訪れたのも、獅南から依頼された調査の一環。
「彼」がこの世界にやってきてから教職に就くまで、その空白期間を埋める情報を探しにきたのだ。

クローデット > 今日の目当ては、美術館の展示を紹介するパンフレットや図録だ。

調査対象の人物は美術を担当する教員である。
ということは、この世界にやって来てから教職に就くまでの間、こういった作品発表の形で社会と接点を持つ訓練をした可能性が非常に高い…もとい、そう言った訓練をしていない可能性は限りなく低い、というのがクローデットの推論であった。

(曲がりなりにも作品の実績がない者を教科の教員として採用するのでは、一般の美術教員志望者が浮かばれませんものね?)

そんな事を思いながら口元に微笑を浮かべ、パンフレットや図録を、「古い方から」手に取って行く。
過去のシラバスなどから、件の人物が常世学園が開校してからかなり早い段階で教職に就いているのは確認出来たので、ミッシング・リンクを埋めるのであればこの方が早いのだ。

クローデット > 獅南から聞いた「彼」の理想から鑑みるに、目星をつけるべきは異能や魔術を使った作品、あるいは異邦人の作品を集めた企画展だ。
そういったもののパンフレットや図録を、丁寧に眺めていく。

(………異能を見せびらかすだけの、つまらない物ばかりですこと)

クローデットの感想は、異能などが未知数な中で作られていった、「当時は意義があった」というものばかりだからか、あるいは、クローデットが背負わされた「悪意」が、彼女の目を曇らせているのか。

それでも、魔術を使った作品展のパンフレットは、時折手を止めて見ていた。
世界有数の大国とはいえ、異能や魔術がこの島のように当たり前になっているわけではない。
何とか国に魔術の研究機関を創立するに至ったクローデットの母国だが、予算配分に余裕があるとは言えないため、芸術分野への活用はあまり進んでいないのだ。
…だからこそ、魔術研究で実績のあるルナン家が、マークされながらも社会に接点を持ちつつ今日に至るのだが。研究機関の図書館の蔵書の3割ほどは、ルナン家からの寄贈で成り立っている。

興味深そうに眉を動かすが…それでも、立ち止まるのは一瞬。
今日の本分は調査だ。趣味に走るのはまたの機会で良い。………あれば、の話だが。

クローデット > 「当たり」は、思いのほか早く訪れた。
異邦人・異能者中心のグループ展のパンフレット。その中に、「ヨキ」という作者の名と、異能を使って制作されたとされている作品。
…そして、顔写真が掲載されていたのだ。

(…今とは随分印象が異なりますわね?)

髪は短く、眼鏡もかけていない。目つきも、獅南に見せてもらった写真のそれと比べると、随分精気に乏しいように見える。
…それでも、輪郭や目つき以外の顔のパーツの形、髪や目、肌など構成される色素は同じで、同じ名前。間違いなく本人だろう。

(これが最初…シラバスに講師として名前が記載される、1年ほど前ですか。
………随分、適応が早いですこと)

顔写真と、写実的な自然や動物と、抽象的なフォルムの交じったような…制作意図の読みきれない作品の写真を、美しい指でつ…となぞった。

クローデット > そのパンフレットの裏表紙などを改めて確認すると、その展覧会の主催や後援が記載されている。
…その中で、クローデットの目を引いたのは、後援の中に、研究機関と思しき名前が含まれている事だった。

(美術もまた研究のためのデータ、ということですか…
異能や魔術の研究機関としてのこの島を、ある意味でよく象徴しておりますわね)

「よく出来たように見える、巨大なケージ」としての常世島の姿を見るようで、クローデットの唇が自然にきゅっと歪む。無論、その形を作る前に、咄嗟にパンフレットで口元を隠すのだが。

(…それにしても…)

表情を作り直して、パンフレットを下ろし、後援の名前を改めて確認する。

(獣人をはじめに、亜人を研究対象とする研究機関が「後援」ですか…)

無論、このグループ展の参加者には、他にも亜人と思しき作者の顔写真が掲載されているので、これが「彼」の当時の後ろ盾と断定するには早計だ。しかし…

(ひとまず、調べるべき方向が1つ見えましたわね)

「獣人」である、ということが、「異能者である」ということよりも、「彼」の適応の障壁になった可能性。
…そして、「獣人」である、ということが、「彼」の闇に繋がる可能性。

やや遠回りながらも確かな収穫を得た満足に、クローデットの口元が柔らかく笑んだ。

クローデット > 最低限必要な調査は終わったが、「異能や魔術を駆使した美術作品に興味を持って来た」体裁を維持するため、クローデットは他のパンフレットや図録も時間と集中力が許す限り眺めていく事にした。

その後も、グループ展の参加者として、度々「彼」の名は登場する。
最初の登場から1年するかしないかで「講師」という肩書きがつき、それも更に1〜2年ほど経つと、「教員」となる。
顔写真も、「講師」という肩書きがつく頃から印象が変わっていき…今の顔つきに近づいていくようだった。

(…幼子の成長というのは、こういうものなのかしら?)

そんな事を思いながら、異能・魔術による作品の展覧会のパンフレットを眺めていくと…やがて、「彼」の名前が出てこなくなった。

(………どういう、ことかしら?)

「彼」の名前がなくなってから少し後の…金工による作品の展覧会のパンフレットと、図録を探す。

クローデット > すると、そこには「彼」の名があった。
作品の材料や手法を示す部分には…「彼」の作品が、異能によるものではなく、「彼」自身の手を使った技術によるものであることが示されている。

(技術を身につけたのはともかく…異能を使うのをやめたのは、どういう道理かしら?
「彼」の「理想」からすれば、わざわざ封じるのも不自然に思えますのに…)

その作品の写真を、強い光を宿した瞳で見る。
…が、それも、少しの間だった。

(…あたくしが1人で考えても詮無いことですし、何より調査の中心とは関係ないでしょう…今は、関係ないパンフレットを手に取った事を自然に見せなくては)

クローデットを監視する視線は今のところないようだが、油断はしないに越した事はない。
クローデットは、時代を下って、適当な展覧会のパンフレットや図録を、今までとさほどペースを変えずに眺め…それから、美術図書館を後にしたのだった。

ご案内:「国立常世新美術館・美術図書館」からクローデットさんが去りました。