2016/09/19 のログ
クローデット > 元から要らない服だったにしても、異邦人のマリアにとっては馬鹿に出来ない損失のはずだとか、仕事を紹介しておいてその報酬に近い(基本的に、クローデットやマリアが纏うような衣服は安くない)損失を出させたままにしては自分のプライドが許さないだとか、まあ適当に言葉を並べ立てたのである。
そうやって連れ出され、困惑した表情のマリアを見て…クローデットは、くすりと優しげな笑みを口元に浮かべた。

「ああ…それで、お召し物は何着かお持ちでいらっしゃるのですね」

生活支度金は決して少なくないが、「彼女達」が着るようなものを何着も揃えたら後が大変だ。
…そして、大変になって今に至るのだろうことも簡単に想像出来た。

「でしたら、この辺りのお店でしたらあたくしよりお詳しくていらっしゃるかしら?
聞いた名前のブランドの店もあるようですけれど…」

そう言いながら、人形めいて作為的な…それでいて、淑やかな艶あふれる目つきで周囲の店を見回す。

「今日は、どちらに伺いますか?
シュピリシルド様のお召し物ですから、シュピリシルド様がお好きな店にいたしましょう?」

最後に、その視線をそのままマリアに向け、唇の笑みを、ふわりと綻ばせた。

マリア > ブランドに詳しいわけではないが,確かにこの辺りの店なら多少は覚えがある。
一人だけで買い物に来ているのなら,きっとあの店に入るだろう,という場所も,無いわけではない。
だが,今は店がどうとか,そういうことで悩んでいるわけではなかった。

「………………………。」

クローデットの優しげな笑みに,相変わらず困惑顔のマリア。
好きな店にいたしましょう。などと言われてしまえばさらに困惑してしまう。

「あの……えっと………その…………。」

いつも以上に歯切れの悪い,マリアの言葉の断片。
ゆっくりと深呼吸をしてから,覚悟を決めて……マリアは,貴女の方を見た。

「ここまで連れてきていただいて,今更こんなことを言うのもあれですが…。
 その,ルナン様は私のことを“知っている”のですから,正直に,お話しします。」

マリアの,色素の薄い唇が少しだけ震えている。

「生まれてからずっと,私は……こうして生きてくるしかありませんでした。
 今,ここではどんな生き方もできる……でも,こうして生きる以外の生き方を,知りません。」

貴方の瞳を,紅色の瞳がまっすぐに見る。

「……ルナン様,私は…その……。」

けれど,すぐに視線をそらして,口ごもってしまった。

クローデット > 「あら?まだ、気にしていらっしゃいますか?」

くすくすと、どこか悪戯っぽく笑んで、マリアの方を見ながら、人形めいた可憐さで首を傾げてみせる。
…しかし、どうやら、「彼女」の困惑はそういうことではないらしい。

「………。」

口元の笑みは変えぬまま、すっと目を細めながら、マリアの告白を聞くクローデット。

相手が、自分に対して畏れのような感情を持っているのは、知っている。
まっすぐにクローデットの瞳を見つめて何かを言うのは、「彼」にとっては勇気を要するであろうことも、想像に難くなかった。
とりあえず、相手が言葉を紡ぐ限りは、聞いておくつもりでいたが…
「彼」は、肝心の場面で口を閉ざし、そして瞳を逸らしてしまった。

「………どうか、いたしましたか?」

マリアに対して、静かに歩み寄り…囁けそうなほどに近づきながら、先の言葉を促すように、問うた。
クローデットの口元は、艶めいた笑みを刻んだままだ。

そして…距離が近づけば、かすかにではあるが…マリアにとっては覚えのある香りが、感じられるかもしれない。

マリア > 貴女が近付き,笑みを浮かべる。
…そう,まさにこの,艶めいた笑みと,そしてこの香り。
永遠にそう生きていくのだろうと思っていた“偽りの自分”が打ち破られ,
……自分のあるべき姿が分からなくなる。
鼓動は早まっているのに,呼吸が,止まっていた。

「……その…。」

いちど,大きく息を吐いて……それから,もう一度,貴女の瞳を見る。

「……お恥ずかしい話ですが…私,これからどう生きていったらいいのか,分からないんです。
 私は……どうするべきなんでしょうか…。」

男に生まれながら,女として育てられたマリア。
そんなことを聞くのはおかしな話だと自分でも分かっていた。
けれど,そんなことを口に出せる相手は,貴女しかいない。

何を怖がっているのか,マリアの唇は相変わらず震えていた。

クローデット > 「…あら、そういったことでお悩みでいらしたのですか…。
確かに、あたくし以外の者には話せませんわね」
(…だって、あたくしが今秘密を握っているのですから)

そう言って、口元の笑みを少しだけ和らげ、目を軽く伏せる。
秘密を握っているといる優越を、表には出さずに。
…それから、マリアの瞳を見つめ返した。優しげな微笑を、その顔に貼り付けて。

「………あたくしは、シュピリシルド様がなさりたいようになされば良い、と思いますわ。
この世界には「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」といった規範に、従う「義務」などないのですから。
…ただ、行動に責任が伴うのみです」

それから、マリアと目の高さを合わせるように少しだけ腰を折り…顔を、正面から寄せた。

「…シュピリシルド様は、どうなさりたいのですか?」

甘やかな、女性らしいソプラノが、優しく笑んだ唇からこぼれる。
その口調こそ優しいが…その質問がマリアを「今は」救えないだろうことも、クローデットには予想が出来ていた。

マリア > 「……………。」

貴女の言葉と,優しげな微笑…それが仮面だったとしても,
マリアは…明らかに安堵していた。
本当のことを知ってなお,自分を“少女”として扱う貴女。
求められる姿であろうとするマリアは,それを崩せば“切り捨てられる”のではないかと,恐れていた。

「ありがとう……ございます。
 生まれて初めてです,そんな風に言われたのは。」

生き残るために従い,必要とされるために偽った。
そんなマリアにとって,貴女の言葉はまさに“理想”そのものだった。
そして,貴女の“強さ”がその後ろ盾となる。

「………どうしたいのか…今はまだ,分かりません。
 だから今日は,その…一緒に,ワンピースを見に行ってもらえますか?」

マリアは,今はまだ,変わらないことを選んだ。
貴女とこうして過ごす時間を,これまで通りに,少しでも楽しもうと,決めた。

クローデット > 「お礼を言われるほどのことではございませんわ。
この島…この世界での人のあり方を、お伝えしたに過ぎませんもの」

相手の礼の言葉に、こちらも満面の笑みを返す。
相手の表情が、安堵に緩んだのが分かる。
さて、相手の出す答えは…。

「ええ、承りました」

マリアの希望を聞き、淑やかに頷くクローデット。

「少女」は、「綻び」を今は見ないことにすることを選んだ。
「彼女」は、破綻を先延ばしにした。

「綻び」を綺麗に「アレンジ」するために広げるべき「世界」は、本人が望むまで見せてやらない。
「綻び」を無様に破くならば、容赦はしない。

そんな、表に出さないクローデットの悪意にまるで気付く様子を見せないマリアに、改めて柔らかな微笑を向け…

「…それでは、どちらのお店になさいますか?」

と、改めて問うた。

マリア > 貴女の見せる満面の笑み。
それを見ただけで,悩んでいた自分がばかばかしくなる。
どうしてあんなに怖がっていたのだろうと。
もっと早く,相談すればよかったと。

「それでも…私にとっては,心強いお言葉です。」

悪意になど気付くはずもなく,マリアは貴女に信頼を寄せていく。

「えっと…角のお店が,派手過ぎず可愛らしい服がそろっていました。
 あと,クッキーも一緒に売ってるんですが…そっちも美味しいんですよ!」

今はまだ“マリア”という“少女”であることを決めた。
迷いが消えたその所作は,まさに“少女”そのものであり,それが偽りの姿であったとしても,マリアはとても,楽しそうだった。

クローデット > 「…そうですか…それでしたら、何よりですわ」

マリアが自分の言葉に想像以上に力づけられたように見えて、驚いたのかもしれない。
マリアの反応に対するクローデットの言葉は、ほんの少しだけだが、らしくない間が空いた。

「あら…それでしたら、そちらに伺いましょうか。
…あら、クッキーも置いておりますの?」

「変わったお店ですわね」と、楽しげに笑んでみせる。
相手の所作は、クローデットからすれば信じ難いほどに、迷いを消したように見えた。

マリア > ありのままの自分を認めてくれる人間なんて,誰も居なかった。
育ててくれた乳母やメイドも,哀れみの感情しか向けてはくれなかった。

貴女の悪意に気付けなかったのは,幸福だったのかもしれない。
それに気づいていたのなら,マリアはきっと,自分でなにも決めることなく,偽りの仮面をかぶり続けただろう。

「えぇ,元々は小さな喫茶店だったと仰ってました。
 ……こちらですわ。」

クローデットを先導し,お店の扉を開く。
小さな店だが,確かにカウンターの名残があり,そこには可愛らしいクッキーが並べられている。
品揃えが豊富とは言い難いが…1着1着が丁寧に作られていると,一目でわかるだろう。

クローデット > いくら特殊な事情があろうとも…相手が、クローデットが与える束の間の承認にすら喜べるほど愛情に飢えているとは、思ってもみなかった。
…この関係が崩壊する時、「少女」には、何が起こるのだろう。

(…まあ、それを出来るだけ闇の方へ向けてやるのが、あたくしのやることですけれど)

その悪意も、今は心の奥へ奥へとしまい込む。
…表に出さないことは出来たはずだが、心が、何らかの重さを覚えた気がした。

そして、マリアの案内するままに店に入ると…カウンターの名残と、可愛らしいクッキー。
そして…甘めではあるがクラシカルな、丁寧に縫製されたらしい洋服たち。
店の規模に相応しく、品揃えはそこまで多くはないようだった。

「こんにちは」

店に入りながら、そんな声を店内に投げかける。
冷やかしになるかどうかが自分の責任でないとなれば、店の人間に声をかけるのも気楽なものだ。

マリア > 過去を話すつもりはなかった。同情されたいわけではないし,求められてもいない。
今は“このままでありたい”のだから,言う必要はない。
店内を見回すクローデットを横目に,マリアはカウンターからクッキーの袋を1つ取り,

「イチゴの……これ,1つください。」

店主らしき女性にお金を払って,貴女の方へ戻ってきた。
貴女が心の奥へとしまいこんだ悪意に,気づいていないからこそ,

「お金があれば,私も服をプレゼントしたいのですけれど…。」

にっこり笑って,可愛らしいクッキーの袋を差し出した。
貴女がそれを受け取れば,行きましょう,なんて声をかけて,貴女を服の並べられたブースへと連れていくだろう。

クローデット > 可愛らしいクッキーの袋を早速買って、無邪気な表情で差し出されれば…

「…あら、ありがとうございます」

と、優しげな微笑を湛えて受け取る。
差し出された手の、袖の影から…一瞬だけ、「あの香り」が漂った。
しかし、それを気にする様子を見せずクッキーの袋をポシェットにしまい込んで。
マリアに服の並べられたブースへ誘われれば

「ええ…それでは、拝見いたしましょう」

と、満面の笑みで頷いた。

マリア > “あの香り”が漂うたびに,見ないことにした“綻び”が顔を出す。
貴女の優しげな微笑も,か細い指も……綺麗だな,と感じる,それだけのことなのに,
……それが何故だか,いけないことのような気がして,怖かった。

貴女を伴って,服のブースへ入れば,マリアは並べてある服を眺めはじめた。
自分の髪の色や肌を考えてか,眺めるのは黒に近い色のものばかりだったが…

「これなんか……私より,ルナン様のほうがずっと似合いそうですね。」

黒のワンピースを手に,貴女にそう声を掛けた。
まるで本当に女の子同士で買い物に来ているかのように。
努めてそうしているのかどうかは,一見しただけでは分からないだろう。

クローデット > 「あの香り」を形作る、「ある作用」を持つ精油たちには、精神面でも様々な作用機序がある。
「鎮静と興奮のバランスを取る」だとか、「恐れや悩み、不安を和らげて歓喜を促す」だとか。
…しかし、それが「ある作用」と結びつくことで…相手にとっては、「綻び」を突きつけられることになってしまうのだろう。
心の傷は、これ以上深まることがないと認識した時に、痛みを訴えだすものだという。

相手の微かな動揺に、クローデットが気付いたかどうかは定かではない。
…しかし、クローデットはマリアを追求しなかった。

「あら…そうでしょうか?」

声をかけられれば、楽しげにくすりと笑みを零す。
マリアが手に取ったワンピースは、確かに装飾が多くて、この店の中では豪奢な印象のものだ。
…しかし、今日はマリアの服を買いにきたのであり、自分が似合ってもしょうがない。

「…シュピリシルド様、黒がお好きですのね?」

とりあえず、楽しげに笑んだまま、本人の希望や意見を聞いておくことにした。

マリア > あの日に比べて,香水の香りは,まだ,僅かに漂っているに過ぎない。
その香りは,記憶を呼び起こすキーになっているに過ぎなかった。
貴女という存在そのものが“綻び”の始まりとなった起点なのだから。

「えぇ…でも,今着ているその服の方が,ルナン様らしくて良いですわね。
 まさか遺跡にまでそのまま来るとは,思いませんでしたけれど。」

楽しげに笑ってから……ルナンの言葉に,はたと手が止まる。
違う,黒が好きなのではない…シュピリシルド家の魔女として,それを強いられていただけだ。

「………いえ,本当は,明るい色も好きなのです。
 けれど,私が持っていた服って,黒ばっかりで……。」

クローデット > マリアが、「あの時」の記憶をどう受け止めているのか…少なくとも、偽っている限りクローデットには詳しくは分からない。
…ただ、「偽る必要はある」という事実だけが、決して軽く流せたわけではないことを確かにしていた。
そんな考えを表には出さず、マリアとの会話に興じてみせるクローデット。
…本当に、同好の女子2人の買い物にしか見えないだろう。

「うふふ…贔屓にしているお店が故郷にございますの。
通販もして下さいますので、助かっておりますわ。

…これ、複数の意味で「武装」ですのよ?」

クローデットが贔屓にしているのは、会員制のショップだ。
そして、そういうよく出来た縫製の品の裏地や、隙間に…こっそり、見えないように術式を刺繍して、文字通りの意味での「武装」としての力も持たせているのである。
布地の多い服は、そういった隙間が多くて「クローデットにとっては」便利だった。

「…あら、そうでしたの…」

相手の手が止まり、告白を受ければ…同調するように、目を軽く伏し目がちにする。
本来の性をねじ曲げられ…その上で服が黒ばかりとは、なかなか凄まじい事態だ(一応、クローデットは「シックな範囲であれば」黒以外も普通に着る)。
能力を利用されながら、その能力を…いや、

(…そういえば、「目の色が忌まれた」と言っていたかしら?)

そんなことを思い出した。「黒い服」というのは、「彼女」にとっての「武装」だったのかもしれない。
…本人が望まなければ、そこまで効果はないだろうと思うが。

そして…マリアのその様子を励ますかのように、目線を再び上げてマリアを見、にっこりと満面の…邪気のない笑みを浮かべた。

「それでしたら、良い機会ですから新しいお色も試してみましょう?
シュピリシルドでしたら…ボルドーや、これからの季節でしたらショコラ色もきっとお似合いですわ。

…ご覧になってみてはいかがです?」

と、黒以外の服が目立つコーナーを、手で示してみる。

マリア > 故郷,という言葉が出れば,マリアはそれに興味を惹かれた。
マリアにとっての故郷は決して良い思い出のある場所ではなかったが…

「故郷のお店ですか……羨ましいです,そんな素敵な故郷があって。
 私は…故郷にもう帰れないかもしれないですけど,帰らないほうが,良いかな,なんて。」

…マリアは楽しげに笑って見せた。
その笑みはもちろん,無理をして作ったものだったが,半分は本心。
貴女とこうして過ごす時間は,不安と困惑と,様々な感情が溢れ出る時間になってしまっているが,
マリアはそれを,楽しみにしているのだ。

「…武装,ですか。
 えっと……女の武器,という意味だけではなく,ですか?」

文字通りの意味としての「武装」とすることなど,思いもよらなかった。
それは甲冑を着た騎士のやることだと,そう思っていた。
だが,マリアにとって,黒い服は確かに「武装」だっただろう。

「…えぇ,黒の方が,私の髪も目も,よく目立ちますから。」

それは,貴女が想像した用途とは異なる「武装」の使い方かもしれない。
特異であることを演出し,恐怖を煽ること。彼女はそうして“シュピリシルド家の魔女”へと仕立て上げられた。

「……えぇ!そうしてみます!」

そんなマリアは,貴女の提案に明るく答えた。
そして衣服の棚から取り出したのは,白のレース生地で控えめに装飾された,秋らしいショコラ色のワンピース。

「……どう,でしょうか?」

自分の身体に合わせながら,聞いてみる。

クローデット > 「ええ…こういったお洋服の発祥の一つは、元は別の国なのですけれど…
あたくしの国では、比較的早い段階で受け入れられまして」

楽しげに笑って説明する。
「ロリータ」ファッションの発祥がこの島とほど近い島国だなどと、マリアには想像もできまい。
…しかし、「帰らない方がいいかな」という言葉には、少しだけ笑みに苦みを混ぜてみせ、

「…そうですわね…あたくしはシュピリシルド様の来歴を詳しくは存じておりませんし、軽々しく申し上げるべきでもないとは存じますけれど…

お互いにとっては、それで困ることもなさそうですわね」

そう、同調してみせた。
実際、ここまで抑圧しなければならない「駒」など、使いにくいに決まっている。

「ええ…服の魅力を損なわない程度に、色々「仕込んで」おりますの。
…詳しい話は、今度うちにいらしたらお教えいたしますわ?」

楽しげに笑ってそう言う。今のマリアなら、うっかり頷いてしまうだろうか?

「…ああ、なるほど…存在を際立たせるため、ですか」

マリアは直接的に詳細を明かすことをしないが…それでも、「彼女」が語る言葉の端々に、その来歴は表れつつあった。
…この「少女」、思いのほか戦い馴れしているようである。

そして…クローデットの提案は、マリアをよく後押ししたようだった。
明るく答え、衣服の棚からショコラ色のワンピースを取り出すマリアを見て、クローデットも楽しげに…それでいて、優しく笑んでみせる。

「あら…シックで素敵ですわね。
ご試着なさってはいかがですか?」

もう少し甘くても「彼女」の幼い容姿ならはまりそうだが…まあ、ここは本人が自分で着て高揚出来ないと意味がないだろうと。

マリア > 「私の故郷でも,似たような服はありましたけれど…。
 なんていうか,模様とか飾りが,とっても可愛らしいですよね。」

今選んだこの服も,レース生地の可愛らしい装飾が入っている。

「……ありがとうございます。
 最初は本当に,心細かったですけど……。」

そして,やっと見つけた居場所を奪った貴女を,恨んだ瞬間も,あったはずだ。
けれどそれが今,こうして貴女を信頼し,笑顔を見せている。

「私にはもう,全然わかりません……ナイフくらいは隠したこともありますが…。
 えっと,その……もしルナン様のご迷惑にならないのでしたら…。」

そう,頷いてしまう。貴女を信頼している今のマリアには,断る理由が無かった。
お願いします。なんて,ぺこりと頭を下げてから,貴女に言われた通りに,試着室へ入って服を着替える。

「えぇ……そうすれば,私の力でも,役立たせることができましたから。
 ……だから,こんな風にお洋服を選ぶなんてことも,この島に来て初めて体験しました。」

試着室の中からも,マリアは貴女に話しかける。
そして,さっとそのカーテンを開ければ…新しい服に着替え,少し緊張したマリアの顔がある。
黒のワンピースを着ていたときよりも柔らかく,穏やかな印象。

「……似合いますでしょうか…?」

心配そうにしながらも,マリアは貴女に問いかけた。
そうして“仲の良い女の子2人”は買い物を続けるだろう。

今はそうであることを望んだマリアと,今はそうであることを装うクローデット。
やがてどのような結末を迎えるにせよ,マリアは今……幸福だった。

クローデット > 「ええ…作って下さる方々の想像力と縫製技術には本当に頭が下がりますわ」

楽しげに笑んで応じるクローデット。
クローデットとて裁縫の腕は悪くないが、流石に本職と比べたら失礼である。

「ええ…その前に委員会街で各種手続きにはなってしまうでしょうけれど、その後でよろしければ」

そう言って、頷く。
一応報告は入れているが、いい加減連れて行かないと厳重注意では済まないかもしれない。
その点では迷惑といえば迷惑だし、そもそも「武装」の仕方を教えるのもリスクではあるが…まあ、それを悪用出来る水準まで育てるつもりは毛頭ないので、さほど気にしていなかった。

「あら…「レディ」に仕立てるのであれば、お洋服を選ぶ「意味」まで教えてこそですのに」

試着室の外から、対話に応じる。
そうこうしていると…服の色が柔らかくなって印象は柔らかくなったが…緊張した面持ちの、マリアの姿があった。
その様子を見て、くすりと花の綻ぶような笑みを零す。

「…ええ、とても。
こちらの方が、シュピリシルド様のお優しいご気性が現れるようですわね」

そうして、楽しげに買い物を続けていき、その勘定を持つクローデット。
…「彼女」の悪意に対する鈍感さに、少々困惑しながらも…それは、決して顔に出さなかった。

ご案内:「商店街の一角」からマリアさんが去りました。