2016/12/31 のログ
ご案内:「美澄 蘭の実家」に美澄 蘭さんが現れました。
■美澄 蘭 > 「………。」
『………。』
『………。』
リビングを、沈黙が支配していた。
手を膝の上で重ね、身体を強張らせて俯く蘭。
不機嫌そうに、眉間に深い皺を寄せる祖父。
心配そうに、周囲の様子を伺う父親。
そして、何故か三者の真ん中に置かれた携帯端末。
母親の姿はない。そして、携帯端末からコール音が鳴った。
父親が端末に表示されたボタンを押すと、端末から声がする。
『………ごめんなさい、話を続けてて…話せるようになったら、話すから』
蘭とよく似た、しかし線の細くない声。母親のものだった。
■美澄 蘭 > 「………ごめんなさい、お母さん」
『…ううん、蘭が気にする必要はないのよ。
寧ろ、ちゃんと話してくれてありがとう』
蘭が、ぽつりと呟く。端末から聞こえてくる母親の声は、それでも優しかった。
何故こんなことになったかといえば、蘭が「異能の発現を確信したきっかけ」について語ったことだ。
街中にはそうない危険な場所に足を踏み入れたこと。そこで遭遇した「バケモノ」。
そして、そこで蘭が引き起こしてしまった事態。
母親もその話を聞くまでは一緒に蘭の話を聞いていたのだが、過去に異能の発動で引き起こしてしまった事態の記憶が強烈に呼び起こされてしまったらしい。
異能の負の影響を防ぐため、彼女は自室に引っ込んでしまったのだ。
それでも、話そのものを遮断したくはないらしく、通話アプリを利用して聞き手として留まることにしたのである。
■美澄 蘭 > 『…でも、どうしてそんな場所に?
魔術実技を勉強してるとは聞いてたけど、カリキュラムとかで実際に戦ったりはしてなかったはずだよね』
父親が、詰問の色を出来るだけ薄めた口調で尋ねる。
蘭は、とても気が進まなさそうに…それでも、口を開いた。
「………前に、「危険から目を背けていれば、静かに暮らせる」って、先生に言われて………
嫌だったの。世界を知ることを、最初から放棄してるみたいに思われるのも…実際に、そういう風に生きていくのも。
…知りたかったの。「モデル都市」の、別の側面を」
『『………。』』
祖父が天井を仰いで目元を手で覆い、父親が困ったような、引きつった笑いを浮かべる。
かたや、日本を飛び出して仕事を選び、そうして「ガイジン」どころか異邦人を人生の伴侶として、彼女の居場所を確保するために闘った男。
かたや、その娘を人生の伴侶とし、《大変容》後の世界での権利を守るべく法曹の道を歩む男。
彼らに、蘭のように戦う力はないが…それでも、知性と理念を武器として彼らなりに「闘って」きた者達だ。
血は、争えない。
■美澄 蘭 > 『………。
で、そうして得体の知れない力が自分にあることを再認識した後、お前は学園に相談して、研究所にあれこれ喋ったわけだな?
自分の出自とか、家族に異能者がいることとか』
「………本当に、ごめんなさい…」
改めて蘭の方に向き直った祖父が、改めて確認する。蘭は、俯いていたが…
「…でも、怖かったの。
力が制御出来ないまま…自分で自分のことが分からないままこっちに帰ってきても…社会の中に、私の居場所はないんじゃないかと思って…。
判断材料になることは、話した方がいいかと思って…」
と、顔を上げて弁解した。
『………にしても、家族のことまで話すのはちょっとやり過ぎかな。
今後は、誰でも良いから家族に一言相談するんだよ』
と、苦みが強い苦笑を浮かべて、父親が諭す。
「…ごめんなさい…心配、かけたくなくて…。
これからは、そうするから」
優しく諭す言葉にかえって罪悪感を抱いて、蘭はそう言って再び俯いた。
■美澄 蘭 > 『まあ、済んでしまったことはしょうがないな。
…で、お前は一応こっちに戻ってくる気はあるわけだな?』
蘭が反省している様子なのを見て取った祖父が、眉間の皺を幾分薄くして尋ねる。
「当たり前じゃない。あそこはあくまで「モデル都市」の「学園都市」だし…私が将来やりたいことは、あそこにはないと思うもの。
教師なんてガラじゃないし」
『そりゃ、違いないな』
蘭の返答に、祖父がカラカラと笑った。
不意に緩んだ緊張に、父親も表情を緩める。
「もう…茶化さないでよ。自分のそういう偏りは、一応気にしてるんだから」
恥ずかしそうに眉を寄せる蘭も、幾分いつもの生気を取り戻してきたようだった。
■美澄 蘭 > 『…で、こっちに戻ってくる気のあるお前は、これから自分の力とどう向き合っていきたいんだ?』
祖父が問う。蘭は、少し言葉を選ぶように考えた後…
「…あの研究所には、異能の訓練はサポートしてもらおうと思うの。
ただ、「体質」のことは自分一人のことじゃないと思うから…どうしようかな、って。
魔術の勉強は、最低でもきりのいいところまで続けるつもりではいるけど」
そう答えて、携帯端末の方に視線を投げた。
体質の件において、当事者の立場に一番近い家族が、その向こう側にいることを気にしているのだろう。
■美澄 蘭 > 『…蘭が構わないんなら、私は良いと思うけど』
蘭とよく似た声が、端末からではなく、リビングに繋がる廊下から聞こえてきた。
『!?』
「え」
『…雪音…?』
三者三様の驚き方で声のした方を向く三人。
そこには、蘭より明るい髪色をし、淡い空色の両目をした、蘭より背の高い女性がいた。
『雪音…異能はもう大丈夫みたいだね』
『ええ…ごめんなさい、心配かけちゃって』
夫である晃とそんな言葉を交わして、雪音は空いた椅子に座り直した。
■美澄 蘭 > 『…蘭はちゃんと前を向いて進もうとしてるんだな、って思ったら…私も、今のままで良いのかなって』
雪音が、そう言葉を零す。
それから、蘭の方を見て…
『…蘭が私のことを話した方が良いと思ったのは…多分、蘭の異能と私の異能に似たものを感じたからだと思うの。
話を聞いてても…その研究所の人が言ってた「反転」って、私から始まってると思ったし』
蘭の祖母、そして雪音の母に当たる人物が持っていた異能は、「感情を読み取る」もの、『受け取る』ものだった。
そして、雪音の異能は「感情を『押し付ける』」ものであり、蘭の異能は「感情に従って『排除する』」もの。
『今は、こうして生活していれば普段は普通に過ごせるけど…お父さんやお母さん、それに晃から色々もらったものを…私も、きちんと返したいのよ。
…蘭も、たくさんひどい目に遭わせてばっかりで…母親らしいこと、全然してあげられなくて…
お母さんから受け継いだものを、「厄介なもの」で終わらせるの、嫌だって、改めて思ったの』
《蘭…ごめん、ごめんなさい》
幼い日、動かない身体の傍で聞いた母の泣き声を、蘭は改めて思い起こしていた。
本人が苦しんでいるのを知っていたから…蘭は、覚えていることすら言わずに、ずっと抱えて来た。
「………そうね…罪悪感の鞘当てとか、蓋とか………もう、終わりにしたいと、私も思う」
蘭は、母親の方を見て、頷いた。
■美澄 蘭 > 「…それにね」
この場で、初めて蘭の顔に笑みが浮かんだ。
「私が、「女だからこうしろ」とか「こうあるべき」みたいな考えに距離を取れるの、お母さんがお母さんみたいにあってくれて…それでも、出来るだけ寄り添おうとしてくれたからってのも大きいと思ってるから。
だから、私、お母さんの娘で良かったって、思ってるのよ?」
「親子」という上下関係とは違うかもしれないけれど。
家族の中にあって、蘭が母親からもらったプラスのものもまた、大きいのだ。
『………蘭………』
感極まって、指で涙を拭う雪音。
異能が放つ気配は、とても温かで、心地の良いものだった。
「お母さん、漏れてる漏れてる」
プラスのやつだからいいけど、と笑う蘭。
■美澄 蘭 > 『………。』
すっかり空気の変わったリビングで、毒気の抜けた溜息を吐く祖父。
『………まあ、実際に検査を受ける二人がいいなら、俺は止めるつもりはないけどな。
でも、生物的な特徴やら何やらよりは、世界の話の方が先だろう。
まずは俺がそっちの聞き取りに協力して…蘭や雪音が検査とかで協力するなら、そうして付き合って信頼関係を築いてからな』
そう、留保をつけた。
常世財団の姿勢に全面的な信頼をおかない彼なりの、譲歩だろう。
家族が心配でたまらないだろうからこその留保に、家族は誰も反対しなかった。
■美澄 蘭 > ・蘭の異能制御への協力は、よほど妙なことを押し付けられない限りは協力してもらう
・康一が「イーリスの故郷」「イーリスの特殊体質」の聞き取りについて協力する
・蘭や雪音の検査は聞き取り協力の過程で信頼が置けると判断した場合。
便宜を図ってもらうのはこの段階になってからにする
ということで、家族会議はひとまず結論づけられた。
『それじゃあ、夕飯を済ませて、身ぎれいにしたら初詣に出ようか。
今年はお祈りすることが多くて大変そうだね』
そう言って、蘭の父親が笑った。
もうすぐ、暦が変わる。
蘭の家族の恒例行事が、改めて動き出した。
ご案内:「美澄 蘭の実家」から美澄 蘭さんが去りました。