2017/05/19 のログ
ご案内:「ヨキの美術準備室」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 夕刻。ヨキにとって第二の職員室であるその部屋で、ひとり端末の画面に向かう姿があった。
滑らかなタイピングで、メッセージを打ち込んでゆく。

“以上でディスカッションを終了する。
 各人ともこれまでの議論をもとにレポートを作成し、
 来週5/26(金)17:00までにいずれかの担当教師へ送信すること”

「映像作品から見る現代文化」と銘打った講義は、ヨキをはじめ、歴史や社会学など他分野の教師の協力もあって行われている。
《大変容》以降、加速度的に拡大した文化のありようを論じるには、単独の学問ではとてもカバーしきれるものではない。
こうしてオンライン上で行われる、多岐に渡る分野を包括してのディスカッションと講義は、ヨキの担当ならずとも珍しいものではないだろう。

画面上で繰り広げられる教師と学生らとの議論は充実していた。

議題から柔軟なリーダーシップを発揮する者。
他者の発言を受けて、目を瞠るようなひらめきを得る者。
言葉の前後を入れ替えるだけで、意見が非常に明快に生まれ変わることに気付く者……。

発言の自由な修正を認め、逐一残された履歴を追い掛けるのは、ヨキ自身も大いに刺激を受けるところがあった。

ヨキ > 今どき、端末がひとつあれば、いつでも誰とでもまるで面と向かっているように会話が出来る。
だがヨキはといえば、どうしたって生身の人間が恋しい性質だった。

まだ見ぬ顔触れ、久しく見ていない顔、普段からメールをやり取りしている相手。
学内の人気が少なくなってくると、決まって――会話したさに――口寂しくなってくる。

学園の創立当時からの積層たる美術室の空気に、淹れたてのコーヒーの匂いが交じる。
夕方の心地よく涼やかな風に乗って、廊下を柔らかく吹き抜けてゆく。

ヨキ > ひと作業終えて、端末を閉じる。
席を立つと、キャビネットに仕舞われていた大きなカルトン――厚紙製の画板――を取り出してきて、座り直す。
紐を解いて二枚の板を開くと、中には次作の構想らしい、大判の紙に鉛筆で描かれた女性の全身像が収まっていた。

下敷きにしたカルトンを机の縁に凭せ掛け、左手に取った鉛筆を動かし始める。

それは全身のばねを伸びやかに撓らせる女が、風のように諸手を広げた姿だった。

言うまでもなく、特定の女を象ったものではない。
永きに渡って数々の世代の見てきたヨキの中で融け合った、無数の女性性の集合体だ。

「……………………、」

沈黙。
風に揺れるカーテンと、紙と向かい合う背中が微かに動いている以外は、ほとんど静止画のようにしんとしている。

ご案内:「ヨキの美術準備室」に和元月香さんが現れました。
ヨキ > 机に貼り付けた無数のメモや、手元に置いた美術解剖学の本を参考にしながら、写実に過ぎず、抽象に過ぎず。
ある時代には健康的と、またある時代には不健康と評されたしなやかな肉付きが、紙の上で躍る。

片手に鉛筆を、もう片手に練り消しを。

室内を覗かなければ無人と紛うほど、鉛筆の音だけがさらさらと小さく響いている部屋だ。

和元月香 > 「...むう」
(確かここだよなっ、と)

美術の講義を取ってから約数週間。
課題を提出するために、月香は美術準備室前にやって来ていた。
腕に抱えているのは真新しいスケッチブック。
他の生徒の殆どは恐らく既に提出しているだろう。
提出期限は、ギリギリだが間に合った。

「...どうしよ」

中に気配は感じる。
だが集中しているのか、驚くほど静かなのだ。
流石に遠慮するわ、と月香は扉前でうだうだと足踏みする。

が、しかし。

「うだうだしてる場合かァー!」

小声で喝を入れ、ガラッと扉を開いた。
1度切り替えれば、後はなんとか普段の調子を取り戻せるのが月香だ。

「失礼します!」

だが少々、声の音量は小さかった。