2018/05/20 のログ
ご案内:「美術室」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > 日曜の午後。西日は強いが、風の心地よい日だった。
開け放した窓の向こう、スポーツに励む学生らの声が遠く聴こえている。
ヨキは作業台の上に並べられた、一式の錫の食器と睨めっこしていた。
それらは学生街に新しくオープンした、小さな飲食店の依頼で製作していたものだ。
鎚で叩いて金属を伸ばす鍛金で作られており、表面には細やかな鎚目を風合いとして残してある。
小品だが、つくりには自信があった。
島内の雑貨店に委託するとか、こんな風に卒業生から依頼を受けるだとか、ヨキは自分の名を上げる以上に「常世島のための作品」を大事にしていた。
ひと息ついて、傍らのペットボトルで喉を潤す。
■ヨキ > スマートフォンで写真を撮って、依頼主へメッセージを送る。
異邦人ながら、ネットワークを介したやり取りはヨキの大いに得意とするところだ。
打ち合わせの日時がスムーズに決まると、端末をつなぎのポケットに仕舞い込んだ。
緩衝用の薄い紙に、食器をひとつずつ丁寧に包む。
「さて……と。少し時間が空いたな」
作業続きで凝った首を解しながら、机上を手際よく片付けてゆく。
■ヨキ > 隣の美術準備室から持ち出してきたのは、スケッチブックと鉛筆、それから水彩絵具の一式だ。
人間になってからというもの、ヨキはこうして島内の風景や、人々をスケッチするのを趣味にしていた。
少々行儀は悪いが、窓際に腰を下ろして、間もなく初夏へ移りゆく空と青々とした緑を、鉛筆ですらすらと描き取ってゆく。
たまに馴染みの学生が通り掛かってこちらへ手を振ってくるのに、にこやかに笑い返したりする。
■ヨキ > 夕刻へ向かう青空と遠方まで広がる学園の敷地を切り取った淡彩は、その一瞬ごとの一枚きりだ。
まるでスナップ写真を撮るような気軽さで、ヨキは好んでスケッチを繰り返した。
変化に富む一日一日を、余さず残しておくかのように。
そうして日が落ちれば、この美術教師は今夜も宵闇に紛れて街を駆ける――正義の裁定者として。
ご案内:「美術室」からヨキさんが去りました。