2015/10/06 のログ
■蓋盛 椎月 > 古来から少女とは弱さのイコン、庇護対象である。
現代の常世学園でも、それは大きく違わない。
性別の曖昧なもの、リベラルな思想の敷衍、異能と魔術の蔓延、
そういった背景あってなお、ミクロな現場では男と女には歴然たる差が存在する。
虐げられ、傷を負った弱い女性の心の隙間に入り込んで、
肉体を重ねることで自らの空白を一時的に満たすことは、
蓋盛にとって造作も無いことだった。
煙草を咥え、煙の立ち上る先を何をするでもなく眺める。
色のない空には、雲もない。
ご案内:「落第街大通り」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > (スラムへ通じる細い路地の奥から、規則正しいヒールのか細い足音。
長身痩躯が人目を避けるように建物の間から抜け出てきて、早朝の光に目を眇めた。
首筋を小さく掻いて、溜め息)
「腹が減ったな……」
(こちらは運動をして腹ごしらえを済ませたばかりのくせ、早々と腹を鳴らしていた。
口を引き結んで通りを歩いていると、まったく仏頂面に見える。
蓋盛が立つ雑居ビルの傍を、気付かず通り過ぎそうになって――
すん、と鳴らした鼻が煙草の匂いに引かれるまま、不意に目を向ける)
「……蓋盛か。こんなところで珍しいな。
君の住まいは、この辺だったか?」
(何気なく立ち止まり、笑う。真新しい石鹸と香水の匂い)
■蓋盛 椎月 > 見知った顔と鉢合わせてしまった。
が、幸いにもそう面倒なことを言われるたぐいの人物ではないようだ。
ふう、と口の中の煙を追い出して、営業スマイルを作る。
「あら、こんにちは。
まさか。ここに来たのは……“家庭訪問”ってところですよ」
おざなりに取り繕った言葉を吐いて、
相対する男の全身を観察する。
煙に満ちた嗅覚も、全く使えないわけではない。
「どうせヨキ先生もそんなところでしょう?
まさか風紀委員の真似事というわけでもありますまい……」
■ヨキ > (自分を省みるように、ひとたび視線を逸らして、また戻す。
『家庭訪問』の語に、なるほどね、と小さく頷いて)
「まあな。君の言うとおりだ。
我々は真面目な教師、その二人ということだ」
(蓋盛と隣り合ってビルの壁に凭れ、ポケットから煙草の箱を取り出す。
女性が好みそうな、林檎のフレーバーが付いた銘柄だ。
紙箱を包装していたビニルの角に、乾いて久しい血の一滴。
見下ろして、まあいいか、とばかり目を戻す。
中身の一本を取り出して、火をくれないか、と横を向く)
「ただ少し、他の教師たちより向かう家が多い。それだけだ」
■蓋盛 椎月 > 「どうぞ。
代わりと言っちゃなんですけど、
なんか食べられそうなもの――やっぱいいです」
火のついた煙草の先端を相手のそれにつけて、火を寄越す。
言いかけた言葉を途中で飲み込んだのは、
この男の燃費の悪さを思い出したゆえにだった。
「いくら似たものどうしだからと言って
こんなところでまで鉢合わせになるとはなんとも――
おや、修羅場にでもなりました?」
未だ赤赤しいその一滴が、妙に鮮やかに目に止まった。
何の気なしに尋ねてみる。
■ヨキ > (途中で切られた言葉に、煙草を咥えてくっと笑う)
「……うむ。ないんだ。
君が吸ってるのを見て、ヨキもこれを代わりにしようと思った」
(もちろん、煙で膨れるような腹など持っていなかったが。
差し出された火を受け取って、煙を真上に吐き出す)
「どこまで似ているやら?
だが似ているからこそ、こんなところで鉢合わせても安心感がある」
(煙草の箱を、尻のポケットに捻じ込む。
血痕について問われると、目を伏せて)
「…………。咬まれるのが好き、と、言われた。
こちらは血を舐めるだけ舐めさせられて、生殺しだ。
犬を相手に、まったく残酷なことをする」
(相手が相手ということもあって、返答は素直だった。
煙草を指先に取り、手首で額を掻く)
「君が見ている『生徒ら』には、面倒な注文をつけるクチは居ないか?」
■蓋盛 椎月 > 「霞や煙を食べる仙人じゃあありませんし。
いくらここが常世だって、人はパンがないと生きるには不十分」
血についての返答に、そりゃ傑作だ、とばかりに肩を揺らして笑う。
「ご苦労様です。
けど注文には応えて差し上げたんでしょう?
お優しいセンセイですこと。
あたしは、幸いにもそんなことはありませんが――」
目を伏せるヨキとは対称的に天を仰ぐ。
「――なんだか、向こうは理解できてないみたいなんですよね。
だんだんと、目が、“本気”になってるんですよ。
最初に伝えておいたつもりだったんですけどね――
“そういう”つもりはないって。
顔と身体はいいんだけど、少し頭が回らないらしく」
ひどくなめらかに言葉が唇をすり抜ける。口元が歪む。
「“ごっこ遊び”の相手ぐらい、選ぶ権利はあるってものだ」
■ヨキ > 「パンに加えて酒と煙草と男と女……まるで餓鬼道だ」
(蓋盛に笑われると、中途半端に開いた唇からぷかりと煙を吐き出す。
やれやれとばかり、魂が抜け出たかのよう)
「生徒の望みには、最大限応えてやるのがヨキだからな。
満足してもらっただけ善しとするとも。……」
(続く蓋盛の言葉に、視線で隣を見る)
「ふは。……君の方が面倒そうだな。
君の“ごっこ遊び”が、よほど堂に入っていたか。
斯様な土地に住む手合いなら、捨てるものもないんだろう。
……ヨキもヨキで、あまり応えすぎるのも考え物だが。
咬むごと目に熱を篭められては、堪らない」
(ご愁傷、と気持ちの欠片も篭っていない一言を添える)
「それでも君は、『遊び』を止めることはせんのかね。
人と寝ねば気が済まぬ、というような色狂いでもなかろうに」
■蓋盛 椎月 > 「ま、こうなりかねないことは薄々わかってはいましたけどね。
あまりにも予定調和で、まったく面白くない。
そろそろ刃物の一つか二つは出てくるかもしれませんね」
剣呑な可能性を、まるでそれこそを楽しみとしているかのように語る。
「食中りを楽しむのも、食べ歩きのコツですよ。……
それに――そうやって遊んでいるうちに
魂のかたちがぴったり合う“運命の相手”が見つかるかもしれないじゃないですか。
そう、きっとそう、そのために遊んでいるんですよ、なーんて」
真剣味の宿らない言葉。
その思いつきがよほど愉快に思えたのか、背を丸めて小刻みに笑う。
「むしろあなたこそ、そういう重たい問題は生じないんですか?
ねんごろになれば、どうしたって情の湧く子はいるでしょう。
あたし以上に、学内じゃ善い教師で通っているわけですし」
他人事じゃあないでしょ、と、下から覗きこむようにして
ヨキの表情を伺った。
■ヨキ > 「刺しつ刺されつ、《イクイリブリウム》か?
拳銃で心中、次の瞬間にはもう他人同士……
ふ。君の望む用法か知らんが、『食べ歩き』には便利そうだな」
(蓋盛の横で、こちらもまた、くは、と軽々しく笑う)
「言うに事欠いて『運命の相手』か。
君に最も似合う響きだのに、君ほど縁のなさそうな語もないな。
……魂のかたちが沿うなどとは、どのような心地か想像もつかんよ」
(相手の顔を見下ろす。前髪の陰が落ちて、瞳は仄暗く光る)
「ヨキが寝るのは二級も二級、学生の頭数にも入らんような者ばかりだが……
……いつでも誰にでも、ヨキはこんな具合だからな。
『お前だけが特別でない』と悟らせるのも、教師の務めだろう?
本気になったらなったで、どこまでも付き合ってやるさ。
そのうち疲れる。醒める。別の男と懇ろになる。
そうでなくば……いつまでも夢を見せてやるだけだ」
■蓋盛 椎月 > 「あまり抜きたくはないものですけどね。
銃は軽々しく人に向けていいものではないから」
温度のない、彫像めいた笑みを向ける。
「なるほど、徹底している……
あたしよりかは随分とうまくやっているらしい。
何も言うことはありませんねぇ、失礼、失礼」
もたれかかっていたビルの壁から数歩離れる。
煙草を道端へ捨てて、靴で踏み消す。
「あなたにずっと夢を見せてもらえる人がいるなら――
それはほんとうに幸せなのでしょうね。
ふふっ、うらやましいな!」
胸元で手を合わせる。
そのときだけは皮肉と倦怠に淀んではおらず、
憧憬と羨望に澄み渡る、あどけない笑いかただった。
それじゃあ、と手を振って、ビルの向こうへと姿を消した。
ご案内:「落第街大通り」から蓋盛 椎月さんが去りました。
■ヨキ > 「君こそ、よく出来ているではないか。
銃ほど必要なときに抜く道具だと思っていたが」
(蓋盛の言葉と笑顔に、口許だけで笑う)
「……タフで打たれ強く、醒めた後まで心地よくしてやるのがヨキの売りさ。
所詮、夢は夢だ。誰しもヨキを捕まえられはしない」
(少女のような蓋盛の顔を、真っ直ぐに見る。
低く乾いた声で、優しげに囁く)
「現世に疲れたら、あるいは夢に餓えたときには来るがいい。
常世の地の底で、幸せばかりをくれてやるとも」
(去ってゆく蓋盛の背を見つめて、短くなった煙草を口から離す)
「…………、おのれ蓋盛。ポイ捨てはいかんぞ」
(蓋盛が踏んだ吸殻を拾い上げる。
二本の煙草を携帯灰皿に突っ込んで、街を後にする)
ご案内:「落第街大通り」からヨキさんが去りました。