2015/10/06 のログ
蓋盛 椎月 > 古来から少女とは弱さのイコン、庇護対象である。
現代の常世学園でも、それは大きく違わない。
性別の曖昧なもの、リベラルな思想の敷衍、異能と魔術の蔓延、
そういった背景あってなお、ミクロな現場では男と女には歴然たる差が存在する。

虐げられ、傷を負った弱い女性の心の隙間に入り込んで、
肉体を重ねることで自らの空白を一時的に満たすことは、
蓋盛にとって造作も無いことだった。

煙草を咥え、煙の立ち上る先を何をするでもなく眺める。
色のない空には、雲もない。

ご案内:「落第街大通り」にヨキさんが現れました。
ヨキ > (スラムへ通じる細い路地の奥から、規則正しいヒールのか細い足音。
 長身痩躯が人目を避けるように建物の間から抜け出てきて、早朝の光に目を眇めた。
 首筋を小さく掻いて、溜め息)

「腹が減ったな……」

(こちらは運動をして腹ごしらえを済ませたばかりのくせ、早々と腹を鳴らしていた。
 口を引き結んで通りを歩いていると、まったく仏頂面に見える。
 蓋盛が立つ雑居ビルの傍を、気付かず通り過ぎそうになって――
 すん、と鳴らした鼻が煙草の匂いに引かれるまま、不意に目を向ける)

「……蓋盛か。こんなところで珍しいな。
 君の住まいは、この辺だったか?」

(何気なく立ち止まり、笑う。真新しい石鹸と香水の匂い)

蓋盛 椎月 > 見知った顔と鉢合わせてしまった。
が、幸いにもそう面倒なことを言われるたぐいの人物ではないようだ。
ふう、と口の中の煙を追い出して、営業スマイルを作る。

「あら、こんにちは。
 まさか。ここに来たのは……“家庭訪問”ってところですよ」

おざなりに取り繕った言葉を吐いて、
相対する男の全身を観察する。
煙に満ちた嗅覚も、全く使えないわけではない。

「どうせヨキ先生もそんなところでしょう?
 まさか風紀委員の真似事というわけでもありますまい……」

ヨキ > (自分を省みるように、ひとたび視線を逸らして、また戻す。
 『家庭訪問』の語に、なるほどね、と小さく頷いて)

「まあな。君の言うとおりだ。
 我々は真面目な教師、その二人ということだ」

(蓋盛と隣り合ってビルの壁に凭れ、ポケットから煙草の箱を取り出す。
 女性が好みそうな、林檎のフレーバーが付いた銘柄だ。
 紙箱を包装していたビニルの角に、乾いて久しい血の一滴。
 見下ろして、まあいいか、とばかり目を戻す。

 中身の一本を取り出して、火をくれないか、と横を向く)

「ただ少し、他の教師たちより向かう家が多い。それだけだ」

蓋盛 椎月 > 「どうぞ。
 代わりと言っちゃなんですけど、
 なんか食べられそうなもの――やっぱいいです」

火のついた煙草の先端を相手のそれにつけて、火を寄越す。
言いかけた言葉を途中で飲み込んだのは、
この男の燃費の悪さを思い出したゆえにだった。

「いくら似たものどうしだからと言って
 こんなところでまで鉢合わせになるとはなんとも――
 おや、修羅場にでもなりました?」

未だ赤赤しいその一滴が、妙に鮮やかに目に止まった。
何の気なしに尋ねてみる。

ヨキ > (途中で切られた言葉に、煙草を咥えてくっと笑う)

「……うむ。ないんだ。
 君が吸ってるのを見て、ヨキもこれを代わりにしようと思った」

(もちろん、煙で膨れるような腹など持っていなかったが。
 差し出された火を受け取って、煙を真上に吐き出す)

「どこまで似ているやら?
 だが似ているからこそ、こんなところで鉢合わせても安心感がある」

(煙草の箱を、尻のポケットに捻じ込む。
 血痕について問われると、目を伏せて)

「…………。咬まれるのが好き、と、言われた。
 こちらは血を舐めるだけ舐めさせられて、生殺しだ。
 犬を相手に、まったく残酷なことをする」

(相手が相手ということもあって、返答は素直だった。
 煙草を指先に取り、手首で額を掻く)

「君が見ている『生徒ら』には、面倒な注文をつけるクチは居ないか?」

蓋盛 椎月 > 「霞や煙を食べる仙人じゃあありませんし。
 いくらここが常世だって、人はパンがないと生きるには不十分」

血についての返答に、そりゃ傑作だ、とばかりに肩を揺らして笑う。

「ご苦労様です。
 けど注文には応えて差し上げたんでしょう?
 お優しいセンセイですこと。
 あたしは、幸いにもそんなことはありませんが――」

目を伏せるヨキとは対称的に天を仰ぐ。

「――なんだか、向こうは理解できてないみたいなんですよね。
 だんだんと、目が、“本気”になってるんですよ。
 最初に伝えておいたつもりだったんですけどね――
 “そういう”つもりはないって。
 顔と身体はいいんだけど、少し頭が回らないらしく」

ひどくなめらかに言葉が唇をすり抜ける。口元が歪む。

「“ごっこ遊び”の相手ぐらい、選ぶ権利はあるってものだ」

ヨキ > 「パンに加えて酒と煙草と男と女……まるで餓鬼道だ」

(蓋盛に笑われると、中途半端に開いた唇からぷかりと煙を吐き出す。
 やれやれとばかり、魂が抜け出たかのよう)

「生徒の望みには、最大限応えてやるのがヨキだからな。
 満足してもらっただけ善しとするとも。……」

(続く蓋盛の言葉に、視線で隣を見る)

「ふは。……君の方が面倒そうだな。
 君の“ごっこ遊び”が、よほど堂に入っていたか。
 斯様な土地に住む手合いなら、捨てるものもないんだろう。

 ……ヨキもヨキで、あまり応えすぎるのも考え物だが。
 咬むごと目に熱を篭められては、堪らない」

(ご愁傷、と気持ちの欠片も篭っていない一言を添える)

「それでも君は、『遊び』を止めることはせんのかね。
 人と寝ねば気が済まぬ、というような色狂いでもなかろうに」

蓋盛 椎月 > 「ま、こうなりかねないことは薄々わかってはいましたけどね。
 あまりにも予定調和で、まったく面白くない。
 そろそろ刃物の一つか二つは出てくるかもしれませんね」

剣呑な可能性を、まるでそれこそを楽しみとしているかのように語る。

「食中りを楽しむのも、食べ歩きのコツですよ。……
 それに――そうやって遊んでいるうちに
 魂のかたちがぴったり合う“運命の相手”が見つかるかもしれないじゃないですか。
 そう、きっとそう、そのために遊んでいるんですよ、なーんて」

真剣味の宿らない言葉。
その思いつきがよほど愉快に思えたのか、背を丸めて小刻みに笑う。

「むしろあなたこそ、そういう重たい問題は生じないんですか?
 ねんごろになれば、どうしたって情の湧く子はいるでしょう。
 あたし以上に、学内じゃ善い教師で通っているわけですし」

他人事じゃあないでしょ、と、下から覗きこむようにして
ヨキの表情を伺った。

ヨキ > 「刺しつ刺されつ、《イクイリブリウム》か?
 拳銃で心中、次の瞬間にはもう他人同士……
 ふ。君の望む用法か知らんが、『食べ歩き』には便利そうだな」

(蓋盛の横で、こちらもまた、くは、と軽々しく笑う)

「言うに事欠いて『運命の相手』か。
 君に最も似合う響きだのに、君ほど縁のなさそうな語もないな。
 ……魂のかたちが沿うなどとは、どのような心地か想像もつかんよ」

(相手の顔を見下ろす。前髪の陰が落ちて、瞳は仄暗く光る)

「ヨキが寝るのは二級も二級、学生の頭数にも入らんような者ばかりだが……
 ……いつでも誰にでも、ヨキはこんな具合だからな。
 『お前だけが特別でない』と悟らせるのも、教師の務めだろう?

 本気になったらなったで、どこまでも付き合ってやるさ。
 そのうち疲れる。醒める。別の男と懇ろになる。
 そうでなくば……いつまでも夢を見せてやるだけだ」

蓋盛 椎月 > 「あまり抜きたくはないものですけどね。
 銃は軽々しく人に向けていいものではないから」

温度のない、彫像めいた笑みを向ける。

「なるほど、徹底している……
 あたしよりかは随分とうまくやっているらしい。
 何も言うことはありませんねぇ、失礼、失礼」

もたれかかっていたビルの壁から数歩離れる。
煙草を道端へ捨てて、靴で踏み消す。

「あなたにずっと夢を見せてもらえる人がいるなら――
 それはほんとうに幸せなのでしょうね。
 ふふっ、うらやましいな!」

胸元で手を合わせる。
そのときだけは皮肉と倦怠に淀んではおらず、
憧憬と羨望に澄み渡る、あどけない笑いかただった。

それじゃあ、と手を振って、ビルの向こうへと姿を消した。

ご案内:「落第街大通り」から蓋盛 椎月さんが去りました。
ヨキ > 「君こそ、よく出来ているではないか。
 銃ほど必要なときに抜く道具だと思っていたが」

(蓋盛の言葉と笑顔に、口許だけで笑う)

「……タフで打たれ強く、醒めた後まで心地よくしてやるのがヨキの売りさ。
 所詮、夢は夢だ。誰しもヨキを捕まえられはしない」

(少女のような蓋盛の顔を、真っ直ぐに見る。
 低く乾いた声で、優しげに囁く)

「現世に疲れたら、あるいは夢に餓えたときには来るがいい。
 常世の地の底で、幸せばかりをくれてやるとも」

(去ってゆく蓋盛の背を見つめて、短くなった煙草を口から離す)

「…………、おのれ蓋盛。ポイ捨てはいかんぞ」

(蓋盛が踏んだ吸殻を拾い上げる。
 二本の煙草を携帯灰皿に突っ込んで、街を後にする)

ご案内:「落第街大通り」からヨキさんが去りました。