2016/09/26 のログ
■マリア > クローデットの言葉は,マリアに確かな勇気を与えてくれた。
「………私も,学校へ行って,たくさんの人と関わったら…ルナン様のように強くなれますでしょうか。」
クローデットを信頼しきったマリアは,そんな言葉で不安を吐露する。
背中を押してくれることを,期待するように。
「……あ、はい!分かりました!」
その真意に僅かも至ることができないままに,マリアは閉じた目を,さらに強く瞑った。
いまだにその“綻び”の根源をつかみきれていないマリアは,
クローデットがこうして作り上げてくれた自分の姿を見ることを,嘘偽りなく楽しみにしていたし,
「……もう,目を開けてもいいですか?」
こうして,わざわざ自分のために時間を使ってくれたこと。
服まで貸してくれて,こんなに手の込んだ“補正”まで体験させてもらったこと。
その1つ1つに,幸せを感じていた。
「…これ……すごい,…可愛い…!」
マリアの最初の言葉は,まるで本当の少女のような,感激の声。
角度を変えてみたり,クローデットが用意してくれた鏡で後ろを映したり,
恐る恐る,自分の髪にちょっと触ってみたり……
「……なんだか,信じられません。
こんな綺麗な髪型,私の故郷でも見たことがありませんもの…。」
鏡に映るその姿は,ずっと,なりたかった自分だった。
そのはずなのに,どうしてこんなに……
……胸がざわつくんだろう。
■クローデット > 「…ええ…たくさんの方と関わりを持って、知識を、関係性を積み上げれば…きっと」
そう言って、柔らかく笑む。
…知識はともかく、クローデットの学園での人間関係など、希薄も良いところだ。
マリアは、まだそのことを知らないようだが。
そして、目を開けてもいいかと聞くマリアには、「ええ、もちろん」と優しく頷く。
「ああ…髪は固めておりませんので、触る際にはご注意下さいね。
…シュピリシルド様が、後で整髪料を落とすのに困ってしまうかと思ったものですから」
マリアの喜びように、こちらも嬉しそうににっこりと花の綻ぶような笑みを浮かべるが、ちょっとした注意だけは忘れなかった。
「あら、社交界があるような世界であれば、髪の結い方は発展するものかと思っておりましたけれど。
…しかし、シュピリシルド様に喜んで頂けたなら、それが一番ですわ」
にっこりと、華やいだ笑みをマリアに向けるその裏で。
クローデットは、マリアの「綻び」を、あまりにも自然に踏みつけていた。
「………折角着飾りましたし、そのままお茶に致しませんか?」
そう、マリアの表情を覗き込むようにして、問うた。
口元には、微笑を刻んだまま。
■マリア > マリアにとってみれば,クローデットは欠点らしい欠点の見えない,
強く,温かく……理想とすべき女性であった。
もちろん,これまでの関わりから,恐怖を感じることもあったし,
居場所を奪われたのも事実だ。
だが,こうして今,かつての薄暗い居場所よりもずっと温かく,幸福な居場所に,導いてくれた。
「…あ,すみません,あまり触らないほうがいいのですね……。」
慌てて手をはなし,形が崩れていないことを確認してほっと溜息をつく。
どこまでも幸福で,どこまでも悲惨なマリアは,
「編み込むような髪型はよくありましたけれど…
…こんな風に柔らかくて優しくて,可愛らしい髪型は初めてです。」
にっこりと笑って,クローデットに応えた。
自身の中に生じた“疑念”や“違和感”も,ここで表に出すわけにはいかなかったのだ。
……クローデットは今,“女性”の“先輩”として“女性”の自分に関わってくれているのだから。
「え,良いんですか?
何だか,本当にパーティに出席するみたいな気分です……。」
その提案に,マリアは心から嬉しそうに応えた。顔を覗かせた“綻び”もその瞬間はその身を潜める。
……クローデットと一緒に時間を過ごす時なら,この可愛らしい姿も,良いかもしれない。
もしかしたら,もっと違う髪型や,お化粧を覚えたら……褒めてくれたり,直してくれたりするかもしれない。
■クローデット > 「ええ…髪を洗うまで巻き髪を確実に維持するくらいのことは、今からでも出来ますけれど」
と、スプレー状の整髪料を手に取って、言外にどうするか?と尋ねる。
「ああ…編み込みが中心ですか。
…シュピリシルド様の故郷は、髪を巻くための器具が、発展していらっしゃらなかったのですね」
「得心いたしました」と、柔らかく笑みを返す。
「したいようにすればいい」を「選択の強要」と受け取ることの出来ないマリアは、自信のなさも相まって、「女性としての」マリアを褒めるクローデットの言葉に縛られる。
もはや、優しくマリアの「自我」の首を締め上げているに等しいだろう。
………そして、クローデットにはそうなっていてもおかしくないと思えるくらいの、確信に近い推量、そして、「寧ろそうなっていて欲しい」と思うほどの、悪意があった。
表には出さない。…なぜならば、マリアに向けるこの種の「優しさ」が、そのまま、悪意の望みへと導いてくれるからだ。
「ええ…ハウスキーパーがいなくて、凝ったお菓子は出せませんけれど…
しばし、楽しみましょう?」
心から嬉しそうに頷くマリアに、こちらも優しい微笑を向ける。
マリアが「女性として」の技量を磨くならば、クローデットは、きっとそれに応え続けるだろう。「優しく」、そして「甘く」。
…「彼女」の「破綻」を、心待ちにする悪意をひた隠しにして。
「…それでは…一段落致しましたし、せっかくですから居間でゆっくりお茶と致しましょう?」
そう言って、花の綻ぶような笑みを零すと、クローデットはマリアをクローゼットの外へ…階下の居間へと誘う。
■マリア > マリアは迷ったが,こうしてクローデットに作ってもらった髪型を,少しでも長く残しておきたかった。
「……お願いしてもいいですか?」
確かにクローデットの思惑通りに,マリアは傾きを強めていく。
かつてヴィルヘルム=フォンシュピリシルドという赤子は,生き残るための“マリア”の仮面を被せられた。
やがてマリアは父や兄弟に必要とされるため,“魔女”の仮面を被った。
必要なくなった“魔女”の仮面を脱ぎ捨てたマリアは,
クローデットと幸福な時間を過ごすための,新しい仮面を身に付けた。
見せかけの“優しさ”はその本質までをも変容させることはできず,
マリアにまた1つ,偽りの姿を与えただけだった。
「ルナン様とご一緒できますなら,それだけで十分ですわ。」
クローデットに誘われるままに,まるで貴族の令嬢であるかのような仕草を心掛けながら,後を歩く。
その動作の1つ1つを最初は記憶の中の女性たちから模倣していたが,
いつしかクローデットのそれを模倣するようになりながら……
クローデットと2人きりのお茶会。
マリアが持ってきたクッキーと,クローデットの用意する紅茶。
服や髪型,そして学校や……故郷についての,他愛のない話。
………生まれて初めて,マリアは心の底から,幸福だった。
■クローデット > 「ええ、それでは」
マリアが頷けば、巻いた毛先に整髪料が吹き付けられる。
…結果として髪はほんのり硬く強張ったが、見かけ状の柔らかさは、その比ではないくらいの持続性を得た。
「彼女」の「本質」を変容させる気など、クローデットにはなかった。
…いや、正確には、「本質」が変化しても別に構わないが、その過程でたっぷり苦しんで欲しいと考えていた。
今の「彼女」は、クローデットの意図から離れて、幸福そうに見えるが…
それでも、時折見える「綻び」の兆候を、クローデットの目はしっかりと捉えていた。
「ふふふ…そう言って頂けるなら、光栄ですわね」
そんな悪意を、華やいだ微笑で丁寧に覆い隠し…クローデットはマリアからもらったクッキーを、自然な所作で回収しながら、「彼女」を居間に導く。
居間の住人…水の入っていない巨大な水槽の中に入った、美しい鱗と胸びれを持つ奇妙な巨魚は、最初はマリアを驚かせたろうが…軽い、話のタネ程度で終わってしまっただろう。
クローデットが、「魔法で作った、美しい生き物」という紹介しかしなければ、マリアにはそれ以上の追求など出来ないだろうから。
そうして、2人きりのお茶会は、「女性らしい」甘美さを持って続く。
………「魔法」が解ける時、マリアは何を思っただろうか。
ご案内:「クローデットの私宅」からマリアさんが去りました。
ご案内:「クローデットの私宅」からクローデットさんが去りました。