2016/10/06 のログ
ご案内:「喫茶店」に五代 基一郎さんが現れました。
五代 基一郎 > 日中というのにその喫茶店は薄暗く。

柱時計の音だけが響く中でそのテーブル席には二人分の紅茶が置かれていた。
一体いつからそのような時間が流れていたのか。
そもそも時間が流れていた空間なのか……
久しぶりの男と女の対面は二人だけであった。

超能の男を守護する三つの護衛の姿はない。戦いをやめると決めたときから既に。
彼らは男の傍らにはいない。今はただ普通の男と……そして、漆黒の女が一人。

■黒い女>「そう。貴方は選んだのね。そうすることを。
      私は構わないわ。障害が一つ、減ったことであるし……
      もっともこんな終わりは想像していなかったけど。」

そうして黒いベールで顔を隠した、黒いドレスの女は
香りも湯気もあるのかもわからない紅茶に口をつけて言葉を続ける。

■黒い女>「この島の、いえ他の……外の世界でもそう。
      あなたは超能を持ちながら、大変容以前からある持たざる者達のために
      思想を違えたり悪徳に染まった超能を持つ者たちと戦ってきた。
      力を持たない、旧来の人々からすれば正義の味方のように。
      今もある程度はそうね。風紀委員というこの島の警察機関の人間としてある。
      あったというべきね。もう手を引くというのだから……
      そう、あなたは戦うのをやめる。」

それが一人の女性のために、やめるというのだからすごいものだと嗤いながら
何かを懐かしむように口にしていたティーカップを置く。

■黒い女>「私は違う。あなたのように何も知らないときから正義のためにとしていたのではなく。
      元が所謂普通の人たちの世界から外されたというのもあるのでしょうけど。
      外の世界でもそう。外の世界で求められるように……
      この島が、そういった力を持たない人が力を持つ者に首輪をつける体制に迎合することを良しとしないわ。
      この世界も、この島のシステムもそう。大変容後の混乱があったとしても
      もう起きてから既にずいぶん経つわ。それでも人は管理をしたがる。恐ろしい存在として。
      彼らが異能者と呼ぶ人間はいつまで人でないと虐げられればよいの?
      いつかは、今やっているで今苦しんでいる彼らは誰が救うのか。
      私は苦痛を受けて尚、この世界のかつてに作られた体制に従えとは言えないわ。
      そう諦めて凌いで生きていけなど……許すことなど、できない。」

だからこれからも戦い続ける、あなたはここで降りるからもう関係のない話だけれどと
空のカップを置いて、ゆっくりと立ち上がる。

男と繫がっていた陰は泥のように波打ち、音と女の境を切り離していく。
そこにいた、一つになっていた存在から個別の存在に再び別れて行った。
本来ならミルクと混ざり合ったコーヒーが分離しないようなものであろうに
時間を撒き戻すかのような可逆性で二人は分かれた。


■黒い女>「あなたは、あなたが望んだ普通の世界で生きていけばいいわ。
      まやかしで目と耳を塞いだ普通の世界の中で、日々を繰り返していけばいい。」

ヒールの音が店内に共鳴することなく、鳴り、続いていく。
出口へと一歩と続いていく。
男はただ見送ることもなくテーブルについたまま黙っていた。

五代 基一郎 > ところで、と出口にまであと少しという位置で女は止まった。

何か忘れていた事柄を置き土産のようにつぶやき始めて。

■黒い女>「異能と呼ばれる力がどこから来たか、というのはともかくとして。
      持つ者の本来的にあるその力はその者と一体。
      心と体を別けることなど出来ないように、その力もまた心と体と繫がっている。
      故に持つものの多くは程度はさておき自分の一部として行使できているはずよ。
      意のまま、自由自在に。手足を動かすように訓練が必要な場合もあるけど。」

そのとき、初めて男は席から立ち上がりかの女に向かい問いかけた。
何が言いたいんだと。

■黒い女>「なぜ”彼女”は力を行使する度に体が消耗するのかしら。
      対象の物と自身の数字の足し算程度の話ならそうといわれればそうでしょうけど。
      そういうものなのかしらね。その力は。本来”心”である部分を心が寄せて受けているのではなくて?」

それこそ、何がいいたいのかとは続かなかった。
それが何を意味しているのか、何を導こうとしているのかは察せられた。
それを目の当たりにしてしまってからは。

■黒い女>「あなたは見たはずよ。それが明確に提示されずとも。
      そうであったのだろうと理解するには十分なものを、彼女の故郷で見たはず。」

彼女の実家に挨拶に言った時。両親の反応、顔、言葉。
それらを見ればわかってしまう。人と対面する機会、人と戦う機会
そして人を疑う機会により生きてきた経験から容易く導いてしまった。
綾瀬音音は、あの家族という一つの協同体で疎外された存在であったことを。
理由など簡単に察せる。いや一つしかない。彼女が異能者であったからだ。
彼女はそういった環境にいたものだから、異能の行使に関して普通と呼べる程度以上のものには
ある種の無意識下の制御が働いているのではないのかと考えたこともあったが……
その浮かんだもの、いや異能そのものの存在やそういったものから
耳と目を塞いだが故に、忘れていたものが今、掘り起こされる。

■黒い女>「使ってはいけないものとされていたもの。
      ”心”がそれを許すような事となれば、どうなるか。
      それが許されるような状況が起きた時、その状況とは何か……
      本来的に最も身近な家族という協同体ですら歪み蝕まれているというのに
      この先、この世界で……どう生きていくのか。
      
      何事もなければいいわね。普通の日々が。」


そんなことはないのでしょうけれど、耳を塞ぐあなたには関係のない話ねと
唯一つ。ただ一人、境界線の向こうにただ一人いた敵との別れに
置き土産の影か、慈悲か。その言葉を残し音もなく喫茶店から去っていった。
ここにいる二人。おそらくもう二度と会うこともなく、世界も違えたまま生きていくだろう二人は別れ
柱時計の音だけ響く中、音は言葉もなく立ち尽くした後に
その囲われ閉ざされた空間を後にした……

もう二度と訪れない、関わらない世界として
普通の世界に足の行方を戻していった……

ご案内:「喫茶店」から五代 基一郎さんが去りました。