2016/12/04 のログ
■美澄 蘭 > 無論、だからといって展示室内に一気に駆け込まない程度の分別を蘭は備えている。
そうして入った後、目についた壁のキャプションには、「謝辞」としてヨキのメッセージが記されていた。
立ち止まって読み込む蘭。
(………《対比》シリーズ、終わっちゃうのね…
残念だけど、立ち位置が変わっちゃったから仕方ないか)
ヨキが完全な人間に変容を遂げたという話は、風の噂程度には聞いていた。
だから、蘭はそのことよりも、連作の終了の方を残念に思っていた。
「異能」と「技術」の違いを気にした過去から考えれば妙な話ではあるが…やはり、「かつてあったもの」が失われることには、寂しさが伴う。
(…でもきっと、ヨキ先生なら何か新しいものを見つけられるわよね、きっと)
そう思い直す。「芸術家」というのはそういう人種だ。
改めて、蘭は展示室内の作品に向かっていく。
■美澄 蘭 > 本当に、作品群は多様だった。
綺麗に磨かれたように鍛造された抽象的な金の立体、美しい絵画のような象嵌が施された大きな彫金作品。
奇妙に歪んだ形の鋳鉄の食器のセットは、その形の歪さから異能製を疑ったほどだった。
蘭は、いちいち足を止めながら、時間をかけて作品を見ていく。
そして…そうしながら、蘭はやっと展示室の奥、「参考作品」にまで辿り着いた。
■美澄 蘭 > それは、鍛造によって仕上げられた、実物大の狼の像だった。
作品名は《萌す(きざす)》。金を纏った下肢で強く地を踏みしめ…金を纏わぬ腹から上は鉄の色をしている。
その狼は岩に前肢を掛け、天に向かって伸びやかに首を伸ばしていた。
「………。」
蘭はまず、その作品の力強さに圧倒されることとなる。
■美澄 蘭 > 金属加工やその歴史に対して明るくない蘭には、鉄と金の対比の意味はよく分からない。
…ただ、先ほどの「謝辞」の文面から考えると、ヨキが完全な人間に変じたことに関する、何らかの意図が組み込まれているのだろうことは想像ができた。
天を向く狼。その姿勢が見せる前向きさは、今後の美術作家人生に対するヨキの姿勢そのものにも思われて、蘭には好ましく映った。
(また今度、作品についてのお話聞きに行ってみようかな…)
そんなことを考える蘭。技術的には門外漢もいいところだが、作品について思索したり、意見を交わしたりするのは好きなのだ。
■美澄 蘭 > そうして、作品群を楽しんで、蘭は金工ゼミの作品展を後にする。
次はどこへ行こうか…なんてことを考え、楽しみに胸を弾ませながら。
ご案内:「常世大ホール・金工ゼミ作品展」から美澄 蘭さんが去りました。