2017/03/21 のログ
ご案内:「セシルの幼年期」にセシルさんが現れました。
■セシル > 爛熟した階級社会は、その維持のために、社会に生まれて来た成員を初めから厳密に振り分けようとする。時に、残酷なほどに。
例えば、それぞれの階層の一族を維持するための、男と女。
例えば、「正しい」夫婦の間に生まれる者とそうでない者。
「正しい」夫婦の秩序を守るために、上流階級の女性は異性との交流関係を著しく制限された。
一方で、家長…それは男性である…の権限は、「特権」と言ってもいいほどだった。
制限が不均衡ならば、「過ち」はいくらでも起こりうる。
セシルも、そうした「過ち」によって生まれた子どもの1人だった。
■セシル > 家長の権限の強さゆえ、遺言の内容から大筋では変わることのない遺産相続。
嫡出子優先、男子優先で継がれる家督。
そういった事情が絡み合い…非嫡出子は、「母親が上流階級出身の男子」と、「母親が平民出身の女子」が、異性の格好で育てられることがたまにあった。
前者は、「家督争いに参加する意思がないことを示すため」、後者は、「祖父に気に入られて遺産相続で取り分を得るため」だ。
遺産相続が問題になるような上流階級の家庭であれば、女性の行動が制限される都合上「男の文化」と「女の文化」が別れる。
そこに、「特例」として入り込むことで、直に可愛がってもらい、情を移してもらおうというのがやり方であった。
直の父親であれば「逸脱」の後ろめたさがあるが、祖父母ともなれば、嫡出子だろうが非嫡出子だろうが、孫はそれなりに可愛いのだ。
だから、子どもを本来の性「らしい」あり方から外してでも、祖父に可愛がらせる。
しかし、どうしてそんなことをする母親達を責められるだろうか。
平民出身で、成せる財などたかが知れていて。
「どちらの階級にも属しきれない」「扱いにくい」子どもを抱えた女の、その後の人生は決して楽なものではないのだから。
それに…セシルの故郷では、「祖父」というものはそこまで長生きするものではないのだ。少なくとも、一般的には。
上流階級の女性の行動が制限される以上「女子の格好で幼い頃を過ごす非嫡出の男子」は非常に少ないが、その逆…「男子の格好で幼い頃を過ごす非嫡出子の女子」は、それなりにいた。
奉公に出ている娘に手を出すことなど、家長には容易いことなのだ。
■セシル > そんなわけで、セシルは物心ついた時から男子のような格好をさせられ、他の弟子に混ざって祖父に剣の稽古をつけてもらったり…たまに、父の馬に乗せてもらって一緒に狩りに出かけたりして、幼少期を過ごした。
文字を覚えるより先に、練習用の剣を振らされていたのだ。
そんなセシルだが…彼女の母親は、二人きりの時だけは、彼女を「メアリー」と呼んでいた。
女であることがはっきりと分かる、ミドルネーム。
「どうして、ははうえはわたしのことを「メアリー」とよぶのですか?」
そう、幼心に聞いたことも、セシルは覚えている。
『あんたが、自分が男じゃないことを忘れないようにだよ』
それに対する母親の回答が、その後の自分の人生をよく表していたのだと、少ししてから強く思うようになったからだ。
■セシル > セシルが7歳を過ぎる頃まで、ラフフェザー家には嫡出の男子がいなかった。
後に聞いたところによると、セシルが生まれることが発覚した後、セシルの父親とその正妻の間に、しばらくわだかまりが発生したことも原因の1つだという。
そんなわけで、セシルは「お前は男じゃない」と言い聞かせられながらも、「娘」としての喝采からは、母親の方針で徹底して遠ざけられたのである。
父親と正妻の間に生まれた、2つ上の姉を脅かすことがないように。
■セシル > ラフフェザー家の正妻は、上流階級に相応しい教養と、家庭を守るための魔術の素養を兼ね備えた聡明な女性だ。
セシルの腹違いの姉は、母親の素養をよく受け継ぎ、幼い頃から、年齢以上に明晰な受け答えをしては、社交の場で賞賛されていた。
家が惜しげもなく用意してくれる、愛らしいドレスを着こなして。
やっぱり、セシルは自分と姉の違いを確かめたくなった。
「わたしは、あそこにいかなくてよいのですか?」
母親にそう聞くと、母親は決まってこう言うのだった。
『あんたが行ったって、惨めな思いをするだけだよ。でしゃばったっていいことなんてないんだから』
そう、渋りきった口元と口調で。
母は、平民出身には珍しいほどの美貌の持ち主だと言われていたようだが、セシルにはそのような感覚がない。
肩身の狭い思いをしながら屋敷にいて、苦い顔ばかりをしていた印象が強いからかもしれないと、セシルは思っている。
■セシル > 母の表情が和らぐのは、正妻が無事嫡出の男子を産んでから。
正妻とセシルの母親の間で勝負がきっちりついて(もっとも、セシルの母には争う気など毛頭なかったのだが)、セシルの母も「妾」として、せめて家政面での権威となるような教育を受けることを要求されるようになった。
それと並行して、セシルは「祖父に可愛がられる」以外の時間で、「娘」としての教育を受け始めることになる。
ご案内:「セシルの幼年期」からセシルさんが去りました。