2015/11/20 のログ
ご案内:「ヨキの美術準備室」にヨキさんが現れました。
ご案内:「ヨキの美術準備室」に奥野晴明 銀貨さんが現れました。
■ヨキ > (奥野晴明銀貨のことが気になっていた。
様子はどうだ、と常と変わらない文面のメールで、空いた時間に呼び出した。
準備室の奥、窓際に置かれた教員用の事務机に座って、机上で手にしたシャンパンゴールドのスマートフォンを見ている。
出入口からの来訪者には、その大きな背中しか見えない)
■奥野晴明 銀貨 > とんとんと準備室の戸を軽くたたく音。
「失礼します」
いつもと変わらない静かな水面のような声のあと
引き戸を引いて現れたのは呼び出された銀貨だ。
あの日彼の自宅で見た様子とは打って変わって
きちんと制服を着つけ、だらしのなさなど夢幻であったかのような動作の冴えだった。
そっと準備室の入り口に立つとヨキの背に声をかける。
「先生、こんにちは。
まさかまた連絡いただけるとは思ってもいませんでしたけど」
薄い微笑。
■ヨキ > (密やかな気配に振り返る。
部屋の入口に立つ、制服姿の銀貨と目が合う。
――薄らと笑う)
「…………。こんにちは、奥野君」
(老翁のように、徐に立ち上がる。
入口の近く、応接用に用意されたローテーブルとソファへ銀貨を招く。
互いに向かい合う位置で腰掛けるように促した)
「いや……『あれ』からどうしたものかと、気になっていてな。
……蓋盛と、話はしたか?」
(過日に銀貨の自宅で垣間見せた恐慌は、今や陰もない。
普段通りに落ち着いたヨキの声が、低く響く)
■奥野晴明 銀貨 > 促されるままにヨキの向かい側へ、ソファにきちんと足を揃えて座る。
「先生こそ『あれ』からどうなさっていたのかなって
気になっていて。でも僕が聞くのはいささかデリカシーがないかなって。
勇気が出なかったんです、お話しする勇気が」
そういう割にしおらしいところ一つ見せず相変わらず平坦な微笑のままだ。
「ええ、蓋盛先生とお話ししましたよ。……怒られました。
自分をもっと大事にしろって。
それにヨキ先生にちゃんと謝罪するって約束もしました、だから
ヨキ先生、ごめんなさい。
謝って済む話じゃないでしょうけど。」
視線を落とす。軽く頭を下げる。
今どんな表情をしているのかは相手からも見えない。
「もしこのことで先生が処罰を与えたいというのでしたら
義父に伝えても構いませんし、なんなら生徒会に掛け合って
僕の資質に問題ありと訴えて役員の任を解いても構いません」
■ヨキ > (ソファに深く腰掛ける。長い足を余らせた姿勢で、緩く首を振る)
「……ヨキが呼ばねば、君はもう姿を現さないと思った。
だが、呼びさえすれば来ると。
何せこのヨキだ、……何も変わらんよ。手足には痺れひとつ残らずに済んだ」
(その表情は、快不快のどちらにも偏ることなく淡々としている)
「……そうか。蓋盛が……。
怒ったか、君を」
(小さな笑みが一瞬、ふっと浮かんで消える。
謝罪と処罰についての言葉には、少し黙って)
「――いや。
蓋盛が君を叱ったのならば、ヨキからこれ以上何も言うことはない。
当て馬に使われることには慣れている」
(冷淡なほどはっきりと告げたのち、静かに目を伏せる)
「……君が自分を粗末にすることを望まぬ者が、ここにもう一人居るのだと。
それだけは、忘れずに居てほしいんだ」
(顔を伏せたままの銀貨を、構わず真っ直ぐに見据える)
■奥野晴明 銀貨 > 「粗末……粗末ですか」
伏せた顔を上げて、そっと細い指先を唇に当てて首を傾げる。
「僕は別に自分を粗末にしたからああいうことをしたんじゃあないんです。
先生たちが好きだから、傷つけられてもいいし、傷つけたかったとも言えます。
加害者の僕が被害者の先生にこういうことは、きっと最悪なのでしょうけど」
こてんと首を傾げたまま薄紫の茫々とした瞳で告げる。
「本当に自分を粗末にしたかったら僕は迷うことなくもっとひどい手段で
自分を滅ぼすと思うのです。
というか、きっとこの世に僕を粗末にできる人なんてそうそういないんじゃないでしょうか。
今はたった一人、できそうな人がいますけど」
ふっと微笑が戻る。
「先生が僕を想ってくださる気持ちは理解しました。
忘れないことも約束します。でもね、ヨキ先生」
悪戯を告白するような無邪気な微笑でヨキの顔を見つめて静かに言う。
「僕が自分を粗末にしているというのなら
先生だって自身を粗末にしているんじゃあないですか?
僕がまだ生徒だから、未熟だからと許してくださるけれども
本当なら先生は怒りの正しい行使と権利があります。
教師という役割に徹するあなたは人間であらねばならない、こうするべきだということに縛られ
自身をないがしろにしているようにも見えますよ」
もちろんヨキが自分でそう己を定義して律しているのはわかっている。
だがそう定義しようと思ったきっかけはなんだったのか。
律することと縛ることの違いはなんなのか。
■ヨキ > (最悪と称する銀貨の言葉に、再び首を振って否定する)
「構わん。……ヨキは人を察することに疎い。
そうして口にしてくれた方が、ヨキも助かるのだ。
教師を名乗っていながらにして、情けないことではあるが」
(くっと小さく笑う。
銀貨にとっての『たった一人』。笑みを深める)
「…………、『許し合った』か。
それこそがヨキとて望むところだ。
……ヨキの方こそ、済まなかった。
惑う君の前で、ヨキこそ強く在らねばならなかったのに。
手痛い姿を見せてしまった」
(一礼し、頭を上げたきり黙して動かず、銀貨の言葉を聞く。
その身体と沈黙の重みは、元どおりのヨキそのものだ。
自分を粗末にしているのではないかという指摘に、静かに口を開く)
「……ヨキの仕事は、ここで子らを育て、送り出すことだ。
奥野君も、そしてあの蓋盛もまた。
ものみなすべて道を見つけ出し、そこを自分の足で進んでゆくことが、ヨキにとって最良の喜びだ。
他にやり方を知らない。……他の居心地を知らん。
…………。だから蔑ろにする、ということが、ヨキにはよく判らない。
自分を蔑ろにしなければ、どのようになれるのかさえも」
(銀貨を見る、その目はひどく真っ直ぐだった)
「……例えヨキのこの姿勢が、何よりヨキを人間から遠ざけているとしても」
■奥野晴明 銀貨 > ヨキが謝る姿に緩く首を横に振って否定する。
「先生が詫びることはありませんよ。
誰だって弱い姿があるし、僕の前で強くあろうとできる人がいるならば
それこそ僕が求めていたものだったのかもしれません」
あのヨキの姿は確かに落胆したが、かえって世の中のすべての物事に
完璧な姿や強さはなく、不完全なものしかないことが理解できたことで
それらが一層愛おしくなったのは本当だ。
「ヨキ先生にも弱いところがあるというのがわかってよかったです。
でも、もうああいうことはしないって誓ったので
先生の弱点は誰にも知られることはないですよ」
そう、自分の記憶の中に深くとどめておくだけにする。
真っ直ぐに見つめ返してくるヨキに少しだけ表情を曇らせ
心配そうに言葉を紡いだ。
「人間は、ただ規律に縛られそうと決めたことだけをしていればなれるわけではありません。
時に逸脱し、愚かな感情に走り、規則を破り、過ち、あやふやな物事や直観で裁量するのが人間です。
先生が教師として生徒と、ひいてはこの学園をいとし子と思って大事になさっているのはわかっています。
ただ、あなた個人が学園のシステムや世界の規律の一つとなることは絶対的に不可能ですよ。
そうすることでしかヨキという教師を形作ることが出来ないというのなら
僕はあなたがご自身を蔑にしているな、と思うだけです。
いつかそういった姿勢が、あなたを殺す気がしてなりません。
単刀直入に言うと、
『先生、それを改めないといつか勘違いした生徒に刺されちゃいますよ』ということです」
苦笑いを含んだように口元を歪めて、そう思いませんか?と肩をすくめた。
■ヨキ > 「残念だ」
(笑う。)
「ヨキは君に求められるほどのもので在りたかった」
(穏やかな様子で目を細める。
誰にも知られることはないという言葉に、短く礼を告げる。
銀貨が他言しないことを、もちろん疑いなどしない――
だが『秘密は漏れるもの』であることもまた、よく判っている)
「……好きなことや、楽しいと思うことや。
言葉の選びのひとつひとつまで、ヨキにとってはすべてが『学園のため』だ。
ヨキという教師を好きになってもらうこと――
ひいては、ヨキを通して『常世学園』を好きになってもらうこと。
……それだけで十分なのだ、このヨキには。
それ以上のものを誰かに注ぐ気はないし、また受け取るつもりもない。
……………………、」
(『いつか刺される』。
トイレットペーパーを切らしていたことを思い出すくらいの軽さで、
不意に自分の腹へ目を落とす)
「……そういうことだったのか、『あれ』は」
(頭を掻く、)
「ヨキは……つくづく教師に向いていないらしい」
(既に前科があるらしかった)
■奥野晴明 銀貨 > 「ヨキ先生は僕が求めても本当に欲しいものを与えてくれるほど
甘やかしてくれませんし、求められてもきっと困っちゃいますよ」
銀貨が蓋盛を選んで、ヨキを選ばなかった理由の一つだった。
今だってヨキ自身の口からそう言っている。
一つのものに、それ以上のものを注ぐことも受け取ることも無い。
だからこそこの人を好きになる誰かがいたらそのこと自体が空しいのだ。
「すでに先生の身はこの学園に捧げられたに等しいのですね。
ならばあなたは人の形をした学園のシステムの一つだ。
ほとんどの人間はシステムを愛することはできない。
そして、先生もまた特定個人の人間を愛することも愛を受け取ることもしない。
空しいですね、いっそ可哀想でもある」
心当たりがある様子の相手に呆れたように笑った。
「受け取ってもらえない愛を注ぎ続けるのは酷ですよ。
先生、だからそういうのは改めたほうがいい。
本当に生徒のことを思っているのなら、ヨキや学園を好きになってもらうだけではなく
その好意の感情の落ち着く先や受け流し方も覚えなければ」
まぁ、刺されたところでぴんぴんしているこの教師にいう言葉でもないかもしれないが。
「あまり僕のような若輩者に心配されて言葉を重ねられても仕方ないでしょう。
失礼しました、先生のことが好きだから勝手に忠告してしまいました。
今度、お詫びも兼ねて何か食事でもしましょう。
良い料亭があるのでごちそうします」
そうして、そっとソファから立ち上がった。
話は終わったというような態度だった。
■ヨキ > 「君は聡い。
ヨキの愛情が――『常世学園』の前のまやかしに過ぎないことをちゃんと知っている。
……そして君以外にも、恐らくは少なくない者たちが」
(思う。
ヨキを好く人間と同じほどに、またはそれ以上に――ヨキを嫌う人間が存在することを。
『可哀想』とはっきり明言されることにさえ、眉ひとつ動かなかった)
「システムは……従うか、あるいは破壊されるかのいずれかしかない」
(テーブルの、何もない天板の上に目を落とす)
「……君に垣間見せた醜態のように、ヨキの中に綻びはきっとある。
ヨキがその綻びに気付いていよいよ心を鎧うか、
……その綻びを風穴とまで広げて、その解放に身を委ねるかは判らないが」
(小さく、眉間に皺を寄せて笑う)
「獣が毛皮ひとつのみ纏って生きるのと同じように――
この『鎖』を解くことが出来たら、どんなにか、」
(最後までは言わなかった。
鎖はおろか、継ぎ目さえない首輪に指先で触れる。
食事でも、という誘いは首を振って辞した)
「……いや。畏まった食事よりも、ヨキには君との会話があればいい。
ときに『教師』と『生徒』であることが霞むような……
折に触れて過ぎるその心持が、恐らくは君の言う『改めること』の切っ掛けなのだろうから」
(立ち上がる銀貨の顔を見る)
「…………。
これではヨキは……『獣』のままだ」
(『システム』としてあるうちは、)
「ヨキがなりたかったものは――『人間』なのに」
(ソファの肘掛けに、肘を突く)
「……奥野君。
君がヨキに求めたように、ヨキにもまた教えてくれるか。
教師と生徒が、ともに学び合うものなのだという証左のために。
ヨキもまた――君のように、揺るがぬものが欲しい」
■奥野晴明 銀貨 > 「そうでしょうか?本当にシステムは従うか、壊すかしかない?
僕はそうは思いません。
本来システムが何のためにあるかといえば、
人が円滑に物事を進めるためにあるいは世の物事を整理して
ある程度マシに運用するためのものです。
システムやルールは時と場合によって常に改良されていきます。
改悪される場合もままありますけれど……
またシステムのために新しく別のルールが構築されることもあります。
この常世の島も、あなたも変わってゆく可能性、別のルールが芽生える可能性が
ないとは言えないと思いますよ。
0か1かしかない世界ではありません。
人間はあいまいで揺らぎに満ちてひどく適当にできていますから」
ヨキの首元を見る。その継ぎ目のない首輪を『鎖』と称する姿。
それ自身がヨキを縛り付けているわけではなく
ヨキが『鎖』を見ることがヨキを縛っているのではないかという思い。
食事の提案が断られれば、さして嫌な顔もせず頷いた。
「わかりました、では以降も気が向いたらお話にお誘いください。
僕が教えられることはほとんどありませんが……
では最初のアドバイス。揺るがぬものが欲しいのなら
揺らぎのある曖昧なものに恋をしてください。
システムではなく、適当でいい加減で矛盾だらけの存在を、好いてください」
謎かけのような含みのある言葉と、感情の読めぬ微笑を向けて。
ではまた、と軽く会釈すればそっと準備室を去って行った。
ご案内:「ヨキの美術準備室」から奥野晴明 銀貨さんが去りました。
■ヨキ > (暗く茫洋と光る瞳が、じっと銀貨を見る。
壊れかけたシステム――そうでなくば、疲弊した獣)
「……そうだな。
ヨキはいつでも……生徒らに、そう教えてきた。
新しいルールを作るように、新しい常世島を作ってゆくようにと。
他ならぬヨキこそが、最も固着したものであるというに。
そう教えながらにして――ヨキは恐れているに他ならない。
ヨキが新たなルールの下に、『生き直す』日が来ることを」
(銀貨の言葉。『最初の』アドバイス。
喉で小さく笑って、頷く)
「……揺らぎのある曖昧なもの、か。
ありがとう。
…………。
さて、恋はするものではなく落ちるものというが――
『芸術』の他に、果たしてヨキは恋をすることが出来るだろうかな」
(銀貨を見送る。
不可解な微笑みには、既にして慣れたものだった。
独り室内に残されて、正面に顔を引き戻す)
■ヨキ > 「…………、」
(再び首輪の表面に指先をやる。
自ら異能で造り出した、継ぎ目のない枷)
「ヨキは……」
(目を伏せる。
今やその首輪は熱も電撃をも発することはなく――しかして枷で在り続けている。
かつてヨキを縛った『旧いシステム』の模倣……)
「……今更、何を恐れているのだろう?」
(呟く。
首輪から手を放す――あとはいつもの、日常が過ぎるばかり)
ご案内:「ヨキの美術準備室」からヨキさんが去りました。