2015/12/15 のログ
ご案内:「球速Free」にヨキさんが現れました。
ヨキ > (何かひとつの分野を究めんとする者は得てして無頼に傾きがちである。
 この常世学園という異界において、『芸術』というピーキーな分野に魂を売った美術系履修生たちは半ば愚連隊と化し、
 作品の完成が済むや否や他のゼミへ乗り込んではパズルゲームやボウリングやカラオケ大会に勤しむのであった。

 そういう訳で、今日は野球である)

「……………………、」

(ベンチに座ったヨキが、そわそわと試合の流れを見守っている。
 もちろん、野球はおろか球技に疎いヨキがチームを率いている訳ではない。
 ヨキの隣に悠然と座った、陶芸履修生の四年女子が便宜上カントクと呼ばれていた。
 彼女が愛する本土の『推し球団』の話に、ヨキはついて行けたことがなかった)

ヨキ > 「……!カントク、今のは反則ではないか」

『今のは盗塁っす、先生』

(しょぼん。肩を落とす。
 金属バットの高らかな音がグラウンドに響いては、老若男女の歓声が沸き立つ。
 今回は美術学科VS生活委員会という、よくわからないカードである)

「!カントク!あれはずるいぞ!」

『今のはダブルプレーっす、先生』

(尻を浮かせ掛けたヨキに、カントクの冷静な声が飛ぶ。
 そのたびヨキはしょんぼりとした顔をして、ベンチを温め直すのだった)

「カントク。いつになったら乱闘がは始まるのだ……」

『野球はそういうスポーツじゃねえっす、先生』

(まるでこの世の残酷な真実を突き付けられたような顔をして、ヨキが肩を落とした。
 どうやら、テレビの珍プレー特集に影響されたらしい)

ヨキ > (普段から石膏や粘土や石や角材や巨大電動工具と向き合う美術系ゼミの学生らは、案外と逞しい。
 各々異なる素材で汚れた色とりどりのつなぎが、彼らのユニフォームであった。
 だがやり手の異能や魔術師も交じっているとはいえ、相手は常世島のインフラ整備を一手に担うかの生活委員会である。
 じわじわと開いてゆく点数差に、ヨキは『こうなったら乱闘しかない』と言い出してはチームメイトに止められていた。

 『先生の打順っす』というカントクの声に、はっと我に返る。
 当たれば、否、当たりさえすればでかいという理由で四番打者にねじ込まれたヨキが、染織を専攻する女子からバットを受け取り、
 バッターボックスへのそのそと出てゆく。
 二メートル近い身長で打席に立ってピッチャーを睨み付けると、それだけで迫力は十分に備わっていた)

『先生!バットの持ち手!逆っす!』

(カントクの声が飛ぶ。
 あ、と気付いたヨキが慌てて両手を入れ替えると、グラウンドがどっと笑いに包まれた。
 最早、スラッガーという名がついただけのマスコットである)

ヨキ > (今度こそ正しくバットを構える。
 迎え討つピッチャーは、生活委員会が誇る強肩の男子である。
 日々の土木作業で培われたと思しき体格が眩しい。
 しかしてこちらは我らがヨキである。獣の動体視力に捉えられぬボールなどないのである)

『ストラァーーイッッ!』

(ずばん、と音がして、ボールがキャッチャーミットに突き刺さった。
 審判の朗々とした声。ベンチでカントクが顔を覆っているのが見える)

「……ふははは!次は打つ!斯様な球速、ヌルい!手緩いわ!」

(『先生は金属弄れてもバットに釘とか生やしちゃだめっすからね』とは、試合前のカントクの言である。
 言われたこと素直に守るのがこのヨキだ。
 空高くバットを突き付け、猛々しい予告を披露する。振るったバットで風を切り、構え直した)

ヨキ > (きん、と澄んだ打球の音)

(ボールが高く高く常世島の空を飛び――)



(後方のフェンスを軽々と超える、大ファールであった。)



(地面を叩く音がして、グラウンド傍の通りに硬球が突き刺さる)