2016/02/02 のログ
ご案内:「蘆迅鯨の自室」に蘆 迅鯨さんが現れました。
■蘆 迅鯨 > 商店街のとあるショッピングモールで、かつての友人――剣埼麻耶と偶然にも望まぬ再会を果たしてからというもの、蘆迅鯨は塞ぎこみ、意気消沈していた。
サイバネ義足のリハビリを行うための必要最低限の外出を除いては授業に出ることすらなく、
ただひたすら部屋に篭り、昼間から酒を飲んでは酔って涙を零す日々。
そんなある日の夕刻であった。
――ピンポーン。何者かにより、部屋の呼び鈴が鳴らされる。
この頃はろくに食事もとっていない迅鯨が宅配便や出前の類を頼んだ記憶はなく、
自分のような人間の部屋を訪れる物好きの心当たりもない――いくつかの選択肢を除いては。
いずれにせよ、わざわざ出向いてやるなど時間の無駄だ。
迅鯨はそう判断し、呼び鈴の音に無視を決め込んでいたが――。
■蘆 迅鯨 > ――ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
そんな迅鯨の感情など意に介さぬかのように、呼び鈴がさらに複数回鳴らされる。
そして扉を叩く音と共に、聞き覚えのある声が漏れ聞こえてきた。
「迅鯨さン?いナイのかしラ?」
それこそは、今の迅鯨にとって最も大きな悩みの種となっている人物。
――剣埼麻耶の声である。
■蘆 迅鯨 > その声に気付いた時、ただでさえ浮かない迅鯨の表情はそれに輪をかけて曇りだす。
未だ呼び鈴に応じることもせずベッドの上に座り込み、肩を落として俯いていた。
「(……なんで、お前は)」
こんな所まで。何のために。その心の声が、
自らの異能によって剣埼に届くことに気を配る余裕さえないほど、迅鯨の精神は衰弱しきっていた。
掛け布団と毛布を深く被り、どうにかこれをやり過ごさんとする。
――ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
なおも鳴らされ続ける呼び鈴の音。
「ずっと授業に出てないって、先生方から聞いてるわヨ?いルのよネ?いルならおヘンジしテ?
私、迅鯨さんとおハナシしたいノ。それに渡したいものだってあるのヨ」
扉の向こうから大声で自身を呼ぶ、剣埼。
■蘆 迅鯨 > さすがの迅鯨にも、我慢の限界が訪れていた。
ベッドを出て足を大きく踏み鳴らしながら玄関まで向かうと、
勢いよくドアを開け、大声で怒鳴りつける。
「いい加減にしろ!大体なんでお前が……ここ……に……」
しかし、迅鯨の眼前に立つ剣埼の姿を間近に見た時、それ以上言葉は続かなかった。
ショッピングモールで会った時と同じ、制服姿にサイドポニー。
そして、その両の瞳から溢れ出している――血のように赤いインク。
かつては異能を持たなかったはずの彼女に目覚めた、何らかの力。
それは迅鯨自身が目覚めさせたといってもいい――何か。
そんな彼女の姿を直視することができず、迅鯨は顔を背けながら、剣埼の顔を横目に見つめる。
■蘆 迅鯨 > 迅鯨の怒声、そしてその後のばつの悪そうな姿にも動じることなく、
剣埼はただ、静かに微笑みをたたえていた。
先日と同じ、大きなキャンバスバッグを後ろ手に抱えて。
「……ネ、迅鯨さン。あガッテもいイかしラ?ゆっくり、おハナシしたいノ」
小首を傾げ問いかける剣埼の姿を横目に見たまま、
迅鯨はしばしの沈黙の後。
「……しょーがねェな。入れよ。けど用が済んだらとっとと帰れ。いいな」
ぶっきらぼうに答えつつ、彼女を招き入れる。
玄関先で迅鯨は乱雑に、剣埼は丁寧に靴を脱ぎ、二人は部屋の中へ。
■蘆 迅鯨 > その室内は、あまりに殺風景であった。
真っ白な壁と床に、これまた真っ白なテーブルと椅子のセットと、寮で備え付けの家電一式。
さらに、もっぱらプライベートな用途に用いるインターネット接続されたPC一台の他は、特に何もない。
布団やカーテンのデザインも一般的に女子が好むような柄物ではなく、真っ白な無地のものだ。
「ここが、迅鯨さんのおヘヤ……私、初めて来たワ」
周囲を見渡す剣埼に、迅鯨は。
「……つまんねェ部屋だろ。だからよ……」
と、何かしら言葉を続けようとした矢先に、
「素晴らしいワ。一面真っ白なおヘヤ……迅鯨さんにぴったリ」
剣埼の言葉によって遮られる。
■蘆 迅鯨 > 「(……嫌味か、そりゃあ)」
椅子に座っていた迅鯨は、そんな心の声を発する。
常に黒いフードで顔を隠しながら人目を憚るように歩き、
未成年でありながら酒や煙草に浸り、身を守るため必要とあらば武器をとる事さえ厭わない迅鯨には、
この部屋の白さが自身にぴったりだと言われてもぴんと来ない。
自分が傷つけた相手の言うことだ。何か裏があるはず。
否――裏が無い方がおかしい。そう、感じていた。
「あッハハハハハハ。もう、迅鯨さんったラ。私が迅鯨さんにいヤミなんていウとおもウ?」
そのテレパシーにさえ、剣埼は笑って答える。
そして、抱えていたキャンバスバッグをそっとテーブルに置きつつ。
「それでね、迅鯨さン。今日も、持ってきたのヨ。私、あれからまた毎日描いてたノ。迅鯨さんのためニ」
にこりと、歪な微笑みを浮かべる。
■蘆 迅鯨 > 「……絵なら見ねェぞ」
その微笑みさえまっすぐに見つめることのないまま、迅鯨は呟く。
「いイノ。見てもらえなくたっテ、私は迅鯨さんの為に描き続けるかラ」
「(なんで……だよ)」
剣埼の口から躊躇いなく放たれたその言葉を聞き、
迅鯨は両の拳を強く握りしめ、口を開かぬまま心の声を漏らす。
「言ったでしョ。友達だから、大好きだかラ……迅鯨さんがそう思ってなかったとしてモ、私は、そう思ってるかラ」
「(友達?大好き?ふざけんな。もう遅いんだよ)」
二人の言葉は堂々巡りを繰り返し、
白い部屋の中はわずかな間、静寂が支配する。
■蘆 迅鯨 > 「…………なあ」
先にその口を開いたのは、迅鯨であった。
俯き加減を保ちながらも、顔は剣埼の方向へまっすぐに向けて。
「なんで、あの時……お前は……俺を恨んでないなんて言ったんだ。そんなの嘘だって……嘘って、言ってくれよ。本当は俺の事が恨めしいって。一生かかっても許さないって……」
あの時、剣埼から返ってくるだろうと想像していた言葉。
だが実際には、そのどれもが剣埼の口から放たれることはなかった。
剣埼が告げたのは、感謝と友愛の情を示す言葉だった。
そして――蘆迅鯨という少女には、それが何より怖かった。
その瞳に涙を浮かべながら、剣埼に問いかける。
「うソなんかじゃないワ。友達にそんなうソ、つくワケないじゃなイ。……あレは事故ヨ。不幸な事故だったノ。だかラ……迅鯨さんは、悪くないワ」
剣埼はそう告げ、涙ぐむ迅鯨を両の腕で、
優しく、どこまでも優しく――さながら聖母のように――抱きしめた。
彼女の瞳からも、大粒の赤いインクが流れ出ていた。
■蘆 迅鯨 > 剣埼の頬を伝う赤いインクが、やがて迅鯨の緑がかった銀髪や白い肌をも赤く染めようとしている。
それに気付いても、迅鯨が剣埼を振り払うことはしなかった。
「(剣埼……俺は……俺は……)」
声を発することはできずとも、心の声は放たれる。
「……いイノ。辛かったでしョ?迅鯨さん、私なんかよりよっぽど辛かったと思うノ。だから、いマは……思いっきり、泣いていイノ」
我が子をなだめるかのように、剣埼は迅鯨の頭をそっと撫でる。
言葉を発する事こそなかったものの、その時、迅鯨の心中では何かが弾けたような感覚があった。
やがて剣埼が帰路につくまで、迅鯨は彼女の胸の中で泣き続けた――。
ご案内:「蘆迅鯨の自室」から蘆 迅鯨さんが去りました。