2016/02/20 のログ
ご案内:「常世医科学研究センター」にヨキさんが現れました。
ご案内:「常世医科学研究センター」にクローデットさんが現れました。
ヨキ > 「どうしたんだね?何だか緊張しているようだが」

病院の待合室に似た作りをしたロビーで、長椅子に腰掛けていたヨキが傍らの男を見上げた。
ヨキと同じか、少し年上ほどに見える青年だ。さっぱりと刈り上げた黒髪の、都会でよく見かけるタイプの細身。
胸元の名札には、“事務員 メイトマ”と書かれている。

メイトマが、ウェリントン型の黒縁眼鏡のフレームを押し上げた。

『はあ。実は今日、来客があるんです。それで……』

「ふうん?」

守秘義務ゆえに、互いに深く問うことも、答えることもしない。
やがて、ヨキさんどうぞ、と若い女性の声がして、腰を上げる。
ヒールの音を鳴らして向かった先の部屋には、『処置室』とだけ書かれていた。

ヨキが小部屋の向こうに消えた後、メイトマが小さく頭を掻く。

『公安委員だなんてなぁ……変なことにならないといいけど』

研究区の静かな界隈に建つ、小さな病院ほどの建物。
その清潔感ある佇まいの待合室で、メイトマは独り“来客”を待っていた。

ガラスの自動ドアの向こうを見遣る。

クローデット > 常世医科学研究センターのガラスの自動ドアの前に現れたのは、すらりとした、華奢な女性の人影。
クラシカルな衣服に身を包んではいるが、左の二の腕にある腕章が、その立場を物語っている。

女性は、右手の小指につけていた指輪を外してポシェットの中に仕舞ってから、自動ドアをくぐった。
それから、自動ドアの方を見つめていた青年に、柔らかな微笑を口元に湛えながら声をかける。

「…失礼致します、本日訪問のお約束をしておりましたクローデット・ルナンと申しますが」

ヨキ > やってきたクローデットの姿に、メイトマが歩み寄る。
グレーのスーツ姿に革靴。

『――どうも、こんにちは。ルナンさんですね。
 私、常世医科学研究センターで事務員をしておりますメイトマです。
 今日はどうぞよろしくお願い致します』

笑い掛けてルナンへ差し出した名刺には、彼のフルネームが書かれている。
“命苫(めいとま)”――変わった姓もあるものだ。

『今日は、獣人に関する研究資料をご覧になりたいと伺っております。
 ……未解決事件ということですと、いずれか特定の種族の資料をご希望ですか?』

資料室へご案内します、と告げると、クローデットを先導して歩き出す。
艶やかなリノリウムの廊下で、数名の白衣を着た研究員と擦れ違う。

扉が閉ざされ、何ら音を漏らさない処置室の前を、何事もなく通り過ぎる。

クローデット > 「メイトマ様、ですわね。こちらこそ、よろしくお願い致します」

柔らかい所作で頭を下げる。振る舞いだけならば、間違いなく淑やかな女性のそれだ。
それから、差し出された名刺を受け取る。
字面の珍しさに少し目を大きくするが…特に追求はせず。
それよりも、本題だ。

特定の種族の資料の希望があるかと聞かれると、困ったように笑んで

「…そういった特性が分かれば、未解決事件についての捜査も進展するのでしょうけれど…なかなか、そうも参りませんので。
特にあたくしは、メールに記した通りそうした方々に詳しくありませんので…本当は、一通り、見られると有難いのですが」

と言ってから、考えるように顎に指を当て。
この間も、笑みは崩さない。

「…と言われても、案内される方は困ってしまいますわね。
強いていうならば…この世界の獣には無いような特性を持つ種族の資料の優先度が高いですわ。

…まずは、そちらへの案内をお願い出来ますか?」

青年の表情を伺うように、人形めいたしぐさで首を傾げてみせた。

ヨキ > クローデットより10センチに満たないほどには目線の高いメイトマが、
いかにも日本人らしい仕草で両手を脇に揃えて話に聞き入る。

『承知しました。異世界の種族ということでしたら……こちらです』

メイトマが案内した部屋の入口には、“資料室B”と書かれている。

『地球の内外で、部屋を分けているんです。
 ご参考になるといいんですが……』

ぱちん、と電気のスイッチを入れる。
部屋中に並ぶスチールラックに、無数の分厚いファイルや段ボール箱が整然と保管されていた。

『……メールでもお話しした通り、異邦人の資料はこれでもかなり減ってしまった方なんです。
 昔は地球人よりも、異邦人や……獣人に関する資料の方が、ずっと多かったんですが』

人一人が通れるほどの通路にクローデットを招く。
ファイルの背には、資料の日付や大まかな種族が記されている。

『大半は、公安委員会に提出してしまったんですよ』

クローデット > 「ありがとうございます」

メイトマに案内されて、"資料室B"に入る。
無機質なスチールラックに、分厚いファイルや段ボール箱が大量に…それでも、整理されて補完されていた。

「あら…随分丁寧に整理されておりますのね。
これだけ整理されていれば、参照の際の余計な面倒が随分減るでしょうね。

あたくし、魔術を探究する者でもありますので…こういった姿勢は見習いたいですわ」

その整頓状況に、素直に感嘆の声を漏らす。
一応、自分自身は気をつけているのだが。
そして…「公安委員会に提出した」と聞けば、目を見開き。

「あら…公安委員会(あたくし達)に?
それでは、そちらで見た資料では、既に随分「お助け」頂いていたことになりますわね」

感謝致しますわ、と花の綻ぶような微笑を浮かべた。
「提出」の意味するところなど、まるで知らぬ存ぜぬといった風情で。

「そうですわね…この世界の獣が炎を扱うことはまずありませんでしたから…
まずは、こちらから見させて頂いても?」

そう言いながら、まずは入り口の近くの…「焔」という特徴でラベリングされたファイルを取る。
時期としては、ヨキがこの研究所の研究対象だった頃とは若干のずれがあるものだ。

ヨキ > 『いやあ、恐縮です。
 ここを設立した……前所長なんですが、整理整頓に厳しい方で。
 ですが、お陰で仕事は随分とスムーズに運びますよ』

メイトマは気さくに笑いながら、クローデットの傍らに控えてその様子を見ている。
彼女の驚いた様子には、あ、と小さく声を漏らした。

『はい……実はそうなんです。
 前の施設のときに、少し一悶着あったもので』

今はクリーンですからご安心ください、と、言い添えて釈明する。
ファイルを手に取ったクローデットに、にっこりと頷いた。

『勿論です、どうぞご自由にご覧ください』

彼女が取ったファイルの中には、炎に纏わる亜人や人外といった種族の詳細なデータが綴られている。
名前や出身世界など、個人を特定する情報がきっちりと削除されているのは、それこそプライバシーのためだろう。
それを差し引いても、炎の発現や耐性、炎を生成する器官などについて、極めて詳細に記録されている。

クローデット > 「研究のための研究資料を探すのに手間取っては、時間と体力の無駄ですものね。
日頃の整理整頓を徹底されたことは正しかったかと思いますわ」

口元に楽しげな笑みを浮かべて。
…そして、「事情」を説明されれば、こちらも「あ」という風な口の形を作ってから、少し申し分けなさそうに目を伏せ

「こちらこそ…つまらぬことを突いてしまったようで申し訳ありません。

勿論、信頼してこちらに参った次第ですから、そこはご安心下さい」

と、優しげな微笑を顔全体に湛え…それから、ファイルを開いた。

なるほど、個人を特定する情報はきっちり削除されている。
閲覧希望者を入れるからには当然の配慮だが…探査魔術を切ったのは過剰反応だっただろうか、と頭の隅に浮かぶ。

…いや、相手の現在進行形の研究などを考えれば当然の礼儀だろう、と否定して、内容を細かく読んでいく。
しばらくして…

「…ありがとうございました。非常に興味深い資料でしたわ」

そう言ってファイルを閉じると、元あった位置に戻す。
「目当て」の資料を見るためのカモフラージュとはいえ、当然知識は頭の中に入れておく。

「…同じような特徴を持っていて…器官の仕組みなどが違う種族の資料などはここにございますか?
決めつけは良くないと思いますので…他に代表的なパターンがあれば、いくつか見ておきたいのですが」

戻してから、そうメイトマに尋ねた。
人形めいた愛らしさで微笑み、首を傾げるが…その瞳には、理性の光が強い。

ヨキ > クローデットが目を伏せる様子に、メイトマがいえ、と頭を掻く。

『このセンターも、今の体勢に立て直すまで色々あったもので。
 信頼してくださること、有難いですよ』

彼女が開いたファイルを見ながら、説明を続ける。

『名前の代わりに、長い桁の記号が書いてありますでしょう。
 それを専用の端末に打ち込まなければ、個人情報が閲覧出来ないようになっているんです。
 昔はこの資料に、名前から住所まで全部書かれていたんですけどね。

 ですが勿論このような体裁でも、見る人が見れば“このデータは○○さんのものだ”と判ってしまいますから……
 この資料をご覧頂けるのも、ルナンさんが公安委員でいらっしゃるからこそです』

クローデットからの問いに、それじゃあ、と資料室の奥を見遣る。

『あちらなど如何でしょう?
 奥の棚は……街で暮らしている獣人などより、怪異や魔物に近いものもありますが。
 特殊な形状の器官を持った個体であれば、記録写真や解剖図なども残っています』

メイトマが資料室の奥へ向かうごと、ファイルの背に記された日付が古くなってゆく。
そうして見てゆくうち――

ファイルの日付には、一年ほどぽっかりと空きがあることに気付くはずだ。
それがメイトマの言う、『組織体制を変更した』時期なのだろう。

『体制変更前の研究所は、やり方が随分と過激だったみたいで……。
 参考になる分は、まだここに残してあるんですけどね』

並ぶファイルを見遣る。
人型。四足獣。不定形。神性……