2016/07/12 のログ
ご案内:「ハイアットホテル常世 6階 日本料亭「四季庵」」に奥野晴明 銀貨さんが現れました。
奥野晴明 銀貨 > 大抵の学生が仮にしろ終の棲家にしろ、なんらかの居住スペースを何処かに持っていることが多い常世島にて果たしてホテル業というのは儲かるのだろうか?

何度かここに来たことがある銀貨は、この豪勢な作りのホテルを眺めて度々そう思うのだ。
本土都心の一等地ならまだしも、辺境の島であるここ常世にて部屋を借りてまで何かしたいという輩はいるのだろうかと。

一度養父である、奥野晴明 愁路(しゅうじ)氏にそう聞いてみたことがある。
特に憚ることもなく養父である彼の説明によれば

「一応まだ手付かずの未開拓地区があるということや
 世界的に見て超常と日常を交わらせともに教育していくという試行錯誤はとても珍しいことだ。
 世界中の学者や教育関係者、研究者、あるいは私のような資産家がこの土地を注目している。
 あまり公にはされないが教育サミットや、研究発表の場も時々この島で行われることもあるから
 その時にここを利用する人がまぁいるのだよ。

 他には、本土に住む学生の親御さんや親族関係者なんかもよいお客様になってくださるね。
 子供の普段の生活なんかを見に来たいというのは別段不思議な話ではない。

 もちろん、うちのホテルだけではなく他にもライバル関係の建物はあるにせよ
 それでもまぁ赤字になるほどに困っているわけではないよ」

ということを至極普通に説明してくれた。


そして今そのホテルの料亭、特別に予約された個室に二人。
一人は銀貨、もう一人対面に座るのは件の養父であった。

奥野晴明 銀貨 > ガラス越しの中庭にライトアップされた青笹、玉砂利、電動ポンプで流される水のせせらぎ。

目の前に出される食事よりそっちの風景ばかりに目をやる銀貨をたしなめるように養父が微笑した。

奥野晴明 愁路は正しく齢50を超えているはずだ。
だが銀貨の前にいるその男は、随分若く見える。
異能や魔術の類で若く見せているわけではない、奥野晴明という家柄を正しく継いで発展させてきた男の気構えと才覚。
それらが彼を張り詰めさせ、充実させているのだという見た目。

30代と言っても決して見劣りしない端麗な容姿に油断のない鋭さ。
オールバックに近い髪に、彫りの深い顔立ち。
どこぞの外国製ブランドスーツもこの男が着てこそ、と思わせるような気もする。

はっきり言って、この男の存在こそ超常の一つに数えてしまっても良いのではないだろうかと
銀貨は時たま緊張とともに思うことがあった。


奥野晴明は不動産業で名を馳せた家だ。もともとどこかの華族だったとか
そんな由来もあるようだが銀貨はあまり気にしたことがない。

本土にある都心の美術館も併設されたあの大きなビルの所有グループといえばたいていの人間には通じるかもしれない。
その範囲は日本だけにとどまらず、世界の主要都市には似たようなビルが立ち並びその経営と運営を一手にしている、らしい。

それでも一代で財を成した異能プログラマや通信会社などには劣るけれども、などと養父自ら言うわけで嫌味か謙遜か時々わからなくなる。

奥野晴明 銀貨 > 「それでなんの御用ですか、お義父さん」

せっかく職人が丹精込めて作った刺し身の皿も吸い物の椀も少しも手を付けない銀貨に、
困ったように奥野晴明氏が嘆息した。

「なにって、親が子供に会いに来てはいけないかい」

聞き手に日本酒の猪口を持ち、軽く口をつけて湿らせる。
油断のない相手に、普段の銀貨なら見せないであろう戸惑いをにじませながら
それでも淡々と表をつくろって会話を続ける。

「誘拐されたことについてなら、風紀委員会を通して事件の仔細と説明はしたはずですけれど」
「ああ、うん。それについてはきちんと目を通した。大変だったね、銀貨」

ちょうど試験期間が終わってお疲れ様、みたいな言い草。
親にあり得べからざる態度ではあるが、これが普通といえば普通なのだ。
奥野晴明氏には銀貨の他に本妻や妾の子どもたちが何人かいる。
もちろん表沙汰にはされないが、それだけ何人もの子供がいれば一々養子である銀貨になど構ってはいられないのだろう。

「最近の素行や成績についても一応聞いているよ。
 試験結果も健康管理も能力も特に問題ないと。

 教師と生徒が付き合う、というのはどうかと思ったけれど”うまく”やっているならそれでいい」

家名を貶めるような行為でさえ特に眉を潜めることもない。
それもこれも多分、銀貨はこの先奥野晴明の家の一つの歯車や部品にはなっても
表に出ることは決してないであろうことを示唆している。
そしてその程度の火遊びなら容易にもみ消してしまえるだろうことも。

奥野晴明 銀貨 > 「はい、”うまく”やれていますのでお義父さんがご心配なさることはなにも」

常日頃の薄い笑みを浮かべて言葉以外の手段で、関わらないでほしいなぁというアピール。
それに応じる形で義父のほうもまた、口元を歪める渋い笑みを見せる。
妙齢の女性ならたぶん卒倒しそうな表情。

「何、立ち入られた困るようなことをしているのか。
 でも一度くらいはご挨拶したいと思うのだけれどどうかな。
 
 仮にも異能者同士のつがいなのだし、きちんと管理させて欲しいと親なら思うよ」

互いに一分の隙間もないぐらいの笑みの応酬と無言のやりとり。
異能者差別とも言えるような単語の並びにも特に銀貨は何も思わなかった。

奥野晴明 銀貨 > そう思うなら保護者面談でもなんでも口実を作ってとりつければいいのに、と内心で思うが
それに腹立たしいだとか苛々するという感情がついて回ったりもしなかった。
ただ養父には珍しく歯切れが悪いというか、回りくどいなとは感じてしまう。

「生徒会のことに関してはまぁ残念だが、財団の都合なら別に銀貨の経歴に傷がつくわけではない。
 何よりまだ発展途上の学園都市での役職ひとつぐらい大した問題ではないさ。

 財団は一線引きたかったのだろうね。こうしていくつかの企業や権力に出資させているものの
 あくまで提供者側であって、この島をどうこうすることができるとは勘違いされたくなかったのだろう」

ほぼ銀貨と同じ推論に行き当たっているらしい。
養父もまた、銀貨のあずかり知らぬところでこの島の上層や背後を取り仕切る何かと話をつけたのかもしれない。
あくまでゲストとしての立ち位置で手を打たされたのか、あるいは。

空になった猪口に気づくと、静かに徳利に手を伸ばして酌をする。
拒むこともなく、若干嬉しそうな気配さえ漂わせて

「少しは食べなさい。せっかく作ってもらったものを粗末にしてはいけないよ」

実の父のような言い方で勧めるものだから、仕方なくという思い反面
あくまでこれを調理してくれた板前や職人たちへの感謝を込めてという体でようやく箸をすすめられた。

奥野晴明 銀貨 > 結局この日、養父が何を目的として銀貨に会いに来たのかははっきりと分からずじまいであった。

しばしの食事会のあと、ホテルの屋上、関係者以外は立ち入ることができないヘリポートの方へ見送りで上がる。
秘書たる男性が何名かついて、歩きながらでもやりとりをし続ける様子にやはり忙しかったのだろうなと思う。
それなのにわざわざ時間を割いて会いに来たのは、ひょっとして自分を心配して、ということだろうか。

不意に自分に都合が良い妄想が湧いてきたことに自嘲して首を振った。
屋外へと続く分厚いドアをともにくぐり抜けると、夜の常世島が一望できる。
夏の夜の蒸した気温と、高所の吹き付ける風がない混ぜになって二人をあおった。

遠くの繁華街の街明かりや、今はしんと静まり返る学園校舎を眺めながらしばらく黙っていた義父が語りかけた。

「財界にもかつて『大変容』と言える時期はあった。
 技術の進歩によって情報化社会となったとき、
 それまでタカをくくっていた金持ちどもが一転技術を武器にした若者に立場を揺らがされたのさ。

 若者たちに才能と呼べるものがあったのは確実だ。突出した才覚はすべてを巻き込んで世界を変えてしまう。
 それは言い換えれば『大変容』後の異能や魔術となんら変わりがないと思わないか」

養父は銀貨に視線を向けず、ただ眼下に広がる町並みを見つめながらそういった。
横に立てば年若い親子ほど身長差がある銀貨と養父。
彼の顔を見上げるのも億劫で、同じように町並みを見下ろして黙ってその言葉の続きを待った。

「新しいものが、ことごとく世界を変えてしまうのは最早必然だ。
 だから、ロートル勢が意固地になって保守に回るのは悪手なのさ。
 そうやって変わってしまったものを受け入れられずに潰えてきたものを何人も見た。
 

 奥野晴明はそうなってはならない。
 これから世界が持たざるものの世界ではなく、持てるものによって変わっていくのなら
 それをうちに取り込み自己を変革しつつ世界も変えなくては」

本人にとっては大したことを言っているわけではないのだろう、
気負ったふうもなく奥野晴明氏は最初と変わらぬ油断のない笑みで静かに呟いた。
風に煽られて聞こえなくなりそうな言葉を、銀貨はただ一人しっかりと耳にしていた。


奥野晴明氏が自身のうちへと引き入れた異能者の扱いについて異を唱えるつもりはない。
何もない自分などよりよほど大きなものを持って立っているこの男が、それを守ろうとしているのも理解しているし
有用か無用かを振り分けることでさえ家を率いていくものの態度としては適切だろうと思う。

二人の間に親子としての当然の情がなくとも、多分理想とするべきところが理解はできていてそれで十分だった。
だから、銀貨と養父の仲は悪くもなく良くもなかった。

奥野晴明 銀貨 > 時間ですと、後ろに控えていた秘書の声にようやく奥野晴明氏はヘリへと乗り込むために動いた。
ヘリのローター音でたちまち風が巻き上げられ、小声では会話もできなくなってしまう。

「それじゃあ、銀貨。息災で」

シートに座った義父がやや強めに声を出した。

「お義父さんも、お元気で」

小さな子供が仕方なしにするような、片手を振っての挨拶。
細い声はどうしてか、ヘリの音にも負けずに相手へと伝わったらしい。
不敵な笑みを浮かべつつ、スライドドアが閉められると銀貨はすぐに後ろへ下がった。

けたたましい音を立てながらヘリは上昇し、そのうち安定を得ると本土の方向へと飛び去っていった。
一人ヘリポートに残された銀貨は、その姿が小さくなるまで黙って見送った。

「本当に忙しいなら無理して来なくてもいいのに」

まるで授業参観に無理やり来た親を恨みがましそうにするように、
あるいは恥じらいと嬉しさを隠すような口調で言い残し
やがて自分も家路につこうと屋上を後にした。

ご案内:「ハイアットホテル常世 6階 日本料亭「四季庵」」から奥野晴明 銀貨さんが去りました。