2016/08/28 のログ
ご案内:「国立常世新美術館」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > デーダインの魔術で得た女性の姿、その最終日のこと。
昼過ぎの展示室、ヨキは受付の机で芳名帳を捲っていた。
知った名前、知らない名前。
各々の筆跡で並ぶ名前に、幸せそうな顔ではにかむ。
平日とあって、人の入りは緩やかだ。
芳名帳を机上に戻して、波打つ髪を指先で整える。
所作は元の男のときとほとんど変わらないのだが、
心なしか女装が様になっているようにも見える。
■ヨキ > 机の上には、贈られた花が飾られている。
そのうちの一つを、ふと手に取った。
「……そういえば……萎れないな、これ?」
今さら気が付いた。
獅南蒼二から贈られたフラワーアレンジメントだ。
魔力を持たないヨキは、施された治癒と再生の術式に到底気付けるはずもない。
確か生花と書いてあったはずだが、と首を傾げる。
「…………。魔術かあ……」
今頃になって、気が付いた。
まるで自分が触っていると魔術が解けてしまうとでもばかり、花をそっと机に戻す。
■ヨキ > 次いで眺めるのは、奥野晴明銀貨から贈られた上品な花だ。
贈り主の人柄を表しているかのよう、悪目立ちせずとも楚々とした存在感がある。
さらには日本酒までついてきたものだから、ヨキは何とも上機嫌だった。
「奥野君は本当に……気を使わなくともよいというのに」
大人びた――あるいは些か早熟な銀貨の心遣いに、にこにことはにかむ。
そうこうしているうちに新たな来館者がやってきて、さっと立ち上がる。
「やあ、どうも初めまして――え?あ、自分がヨキです。本人です。
これには少々事情がありまして……」
この一週間、女の姿にぎょっとされるたび丁重に説明していた。
決して怪しいことはないのだと納得してもらってから、会場を回る。
語りすぎず、隠しすぎず。
ともに考えてもらうための一石を、そっと投じながらに。
■ヨキ > しばらくして、会場には再びヨキ独り。
幸いにも得られた好感触に、ほっと(でかい)胸を撫で下ろす。
聞けば学園関係者の伝でやってきた来島者というから、
自信はありつつもやはり気は張ってしまうものだった。
自分の展示だけがもちろん常世島の全容ではないにせよ、
この短時間で島の印象が決まってしまうといっても過言ではないのだから。
島外の人間とのやり取りは、ヨキにとって何より神経を使うことだった。
安堵して、深呼吸。
■ヨキ > 芳名帳に増えた名前をにこやかに眺めて、服や髪を整える。
開けた出入口を潜って廊下に出ると、通路沿いの長椅子に腰を下ろした。
腹は膨れず、舌に乗せる食物には味がなく、身体はどこか錆付いたように重い。
それでも個展には訪れてくれる人が居て、
教え子たちが女の姿に大笑いしてくれて、
やるべきことも、心待ちにしていることもある。
そして己の舌は、渇望していた血の味を覚えてしまった。
形のよい女の唇の奥で、舌が小さく動く。
心が晴れやかならば、どうとでもなる。
ご案内:「国立常世新美術館」からヨキさんが去りました。