2018/06/16 のログ
ご案内:「常世文化ホール」にアリスさんが現れました。
■アリス >
私、アリス・アンダーソンは今日。
TRPGのコンベンションに参加するために常世文化ホールに来ている。
コンベンションとはざっくり言って集会の意味で。
TRPG好きが集まるための会場がここというわけ。
私はコンベンション初参加で、昨日は楽しみで眠れなかった。
「ルルブよし! 飲み物よし! ダイスよし! 全部よし!」
ルルブはルールブックのこと。
世界観や基本的なルールが載っている。
ダイスとはサイコロのことで。
TRPGの時にはそう呼ぶ。
準備万端、意気揚々と文化ホールに乗り込んだ。
■アリス >
受付で参加費(割と小額)を支払い、希望するシステム……
今回はファンタジーRPGを言って指定された席に向かう。
その場にいたのは、スクリーントーン
(ゲームマスター、以下GMが使う自分の手元を隠すプラスチックの下敷きみたいな壁)
の向こうにいる女性。よかった、GMは女性だ。
「こんにちはー!」
『こんにちは、学生さんかしら』
「はい、常世学園の一年生で…」
そこにいたのは3人のプレイヤー。
全員が男性。女性プレイヤーは私だけみたい。
「まだ全員じゃない感じですか?」
私の言葉にGMの女性が笑って言った。
『私たちが最後の組だから、多分後から来る人がいない限り五人組よ』
■アリス >
今日、私がプレイするのはブレイドユニヴァース。
剣と魔法の世界で冒険者になるTRPG。
「使用するサプリはどんな感じになりますか?」
サプリというのはサプリメント、追加ルールや追加データが載っている本。
結構お高い。
『竜魔吟唱まででお願いしますね』
竜魔吟唱。そこまでなら持ってる!
浮かれた気分で私は鞄の中から本を取り出した。
その時、参加者の一人が。
『魔神共鳴まで使いたいでーす』
と言った。
魔神共鳴は最新サプリメント。
しかしプレイヤー側が強すぎる、つまり有利なデータが多く、色んな卓で導入を渋っていたという、あの。
『ごめんなさいね、魔神共鳴を使うとバランスが取れないから』
GMの優しそうな女の人が、眼鏡の向こうの瞳に僅かな戸惑いを浮かべて言う。
すると、
『あ、それじゃこのキャラシートを使いますねー』
と言って男性がやや新しいキャラシートを取り出した。
キャラシートというのは、キャラクターの武器防具に特技が載った、RPするキャラそのもの。
しかし、そこに載っているキャラシートはあまりにも強かった。
レベル50!? 今回のコンベンションのルールは初期レベル限定じゃないの!?
■アリス >
その男性以外のプレイヤーとゲームマスターは、みんな顔色が変わる。
ちょっと困ったプレイヤーかもしれない。
いや、まだ確定じゃないけど。
『しょ、初期作成…レベル1に混じるにはちょっと強すぎますね』
GMの女性がもう困惑の色を隠しもしない、困った表情で言う。
『えー、でもこれ以外キャラシート持ってなくてさー』
ええ……
どういうこと……?
私はGMに助け舟を出すつもりで彼に言った。
「あ、私もこれからキャラシート作るから! 一緒にキャラメイクしませんか!」
その言葉に、“彼”は、舌打ちで返した。
「えっ………」
ちょっと傷つく。
でもその言葉に従って、“彼”はキャラメイクし、
みんなと同じレベル1のキャラクターを作り上げた。
ちょっと不安。
■アリス >
TRPGとは、テーブルトーク・ロールプレイングゲームで。
テーブル、つまり卓を囲む仲間に悪意が混じると途端に成り立たなくなる。
“彼”のRPはまともなことを望みながら、私は着席した。
『それじゃキャラクター名と、そのキャラの紹介をお願いします』
ゲームマスターが気を取り直して進行する。
「私のキャラの名前はルイス、性別女! エルフの魔法使いで敵の魔法詠唱を打ち消すアンチ・マジックが得意です!」
そう言った直後に“彼”は、
『アンチ・マジックは魔法使い以外に刺さらないじゃん』
と、言いながらキャラシートの空欄に自分のキャラのイラストを手早く描いていた。
『俺のキャラ、バレットな。ヒューマンの戦士、前衛で』
うぐ。アンチ・マジック好きだから使ってるのに…
それにしてもさっきのキャラシートと名前と顔が一緒だ。
よっぽど思い入れがあるキャラクターに違いない。
それにしても一言多い、いやなやつ……
■アリス >
『それじゃブレイドユニヴァースセッション、業魔の巣を始めたいと思います、よろしくお願いしまーす』
「よろしくお願いしまーす!」
GMの掛け声に、“彼”以外のみんなが声を揃えて、セッションは始まる。
『それじゃあなたたちは酒場で依頼を受けます』
「あ、ルイスは日の当たる席で足をぶらぶらさせてますね」
『俺のキャラはドワーフで相当酒が強いからな、カウンター席で昼酒』
ちょっとした笑いが起こる。
ファンタジー世界でも昼酒って許されるんだろうか?
『酒場のマスターがあなたたちに依頼を切り出しますね、ゴブリンが塒にしている洞窟での討伐で…』
GMがシナリオを読み上げると、“彼”はすぐに反応した。
『依頼料は前払い? 後払い? それと依頼料を上げるよう交渉します、交渉スキルレベル3で』
“彼”はテーブルにダイスを振ってすぐに隠した。
あれ、今の出目なんだったのかしら?
『出目は5、6の11で達成値は21になるから大体成功だろ』
ゲームマスターが頭痛を抑えるように額に手を当て、溜息をついた。
■アリス >
『まず、ゲームマスターの許可なくダイスを振らないでください』
こ、これは…長時間コースのお説教!?
どうなるかわからず、“彼”とゲームマスターのやり取りを
私含む他プレイヤーは固唾を呑んで見守る。
『それと出目を隠さずちゃんとダイスを見せてくださいね』
……GMも大変だなぁ。
さっきのやり方だと自己申告で色んな出目を言えちゃうもんね。
その後も続くお説教に“彼”は首を左右に振り。
『はいはいわかりましたよ』
と適当に受け答えをした。
うわー、いかにもなリアクション。
「そ、それじゃゴブリンを退治しに行こっか!」
場の空気を補修するように、努めて明るい声を出した。
■アリス >
道中色々あったけど、とりあえずゴブリンの巣である洞窟の前についた。
いわゆるダンジョンというわけで。テンションが上がる。
「ここからはシーフが慎重に罠を見ながら進まないと…魔法でトラップを検知できるならするんだけど」
私がルールブックと自分のキャラシートを前に唸っていると、“彼”が声をかけてきた。
『ルイスの魔法で焼き討ちにしろよ』
「え?」
素っ頓狂な声を出す私。
今、なんて?
『ゴブリンの巣を焼くなり煙で燻すなりして全滅させちまえよ』
あ……悪魔の発想だ………
既に冒険者というイメージではない。
ゲームマスターが眉を八の字にして深く溜息をついた。
『まず洞窟なので燃えません』
『なら煙で燻す』
『いいでしょう、中に人質がいたら全滅ですし、出てきた半狂乱のゴブリン全員と連続で戦闘になることを予告します』
“彼”とゲームマスターのやり取りに、私が割って入る。
「あ、えっと……普通にダンジョンに入ろうか!」
“彼”はまた舌打ちで返した。
■アリス >
『トラップ感知、あ……ファンブルした』
小人のシーフをやっている人がダイスで1ゾロを出し、ファンブル……つまり大失敗してしまう。
ゲームマスターは苦笑いをしながら次の沙汰を宣言する。
『あなたたちは落とし穴の罠にかかります、敏捷判定で2個ダイスを振り、失敗したら10点の防御力を無視したダメージが入ります』
みんなで笑いながら敏捷判定、ダイスを振って悲喜交々。
「あー! 私のキャラが落とし穴に落ちた!!」
『ごめん、シーフだから判定余裕だったわ』
「シーフがファンブルしたのに!? ひどいよー!」
笑いながらダイスを振って楽しんでいると、“彼”はダイスを一個だけ振った。
出目は2、戦士は素早くないのでこれは厳しい。
すると“彼”はあらぬ方向にダイスを投げた。
テーブルの上を転がって文化ホールの床の上に落下するダイス。
『ルールブックにある通り、ダイスがテーブルから落ちたら振り直しだな』
半笑いで“彼”はダイスを拾い、
そう言って彼は最初に振った出目の低いダイスまで振り直した!!
ずるい!!
■アリス >
これはGMの女性も見逃せない。
立ち上がって“彼”を強い口調で注意する。
『最初の出目は2でしたね? テーブルから落ちたダイスだけ振りなおしてください』
『チッ、うるせえなぁ……』
う、うるせえって……
さすがに場の雰囲気が悪くなる。
そんなに自分のキャラに活躍させたいものだろうか?
TRPGという趣味は悪意に弱い。
そんな常識を、初コンベンションで身を持って体験している。
“彼”みたいな存在を、確かマンチキンと呼ぶ。
『じゃあ振りなおしてやるよ』
そう言って“彼”はテーブルの上にちょびっとだけダイスを転がした。
出目は4、6。
しかし、何かがおかしい。出目が不自然に高い気がする。
『……バレットのプレイヤーさん、そのダイスは月刊TRPGプレイヤーの付録についていたやつですよね?』
「えっ?」
『それは4、5、6の出目がダイスに並んでいて、縦に回転させると出目が偏る欠陥ダイスだと発表されてますね』
「あっ……」
TRPGに使われるダイスが全部、プレシジョン・ダイス(precision dice、精密ダイス)ではない。
でも、こんなダイスがあったなんて……!
■アリス >
何時の間にかダイスをすり替えて使っていたんだ!
不正なプレイはコンベンション出禁もありえる。
それなのに、この人は!!
『手持ちのダイスに混ざってたみたいだ、悪い悪い』
悪びれもせず“彼”はそういう。
もう私からの印象は最悪。
ロールプレイもそこそこに全員でゴブリンの巣の奥までたどり着いた。
なんだかケチがついたみたいで、あんまり楽しくない。
『ゴブリンの呪術師が統率を取って、あなたたちに攻撃を仕掛けてきます』
ゲームマスターもやや疲れた表情。
これも仕方ない。
“彼”を全員で見張りながら戦闘開始。
『先手を取ってボスがファイアーボールを詠唱します』
ファイアーボールは強力は炎魔術。
ここで攻撃を受けたら大被害だ!
「ルイスがアンチ・マジックを宣言! ゲシュタルト・グレイブ、歪めー!」
私が掌をGMに向けて念じるようにRPをすると、プレイヤー達も笑って親指を立てた。
その時。
『俺のキャラの攻撃な、スキル・フェイタルブロウを宣言。ダイスを2個振って11以上だったら必殺攻撃』
そう言って“彼”はダイスを振った。
その出目は。
「ク、クリティカル!!」
なんと6、6の出目合計12。いわゆる大成功というダイスだ。
次の瞬間、ゲームマスターのお姉さんが素早く振られたダイスを手に取った。
“彼”の顔色が変わる。
『ダイスを調べます』
『やめろ、触るな!!』
なんだろう、もしかして、また……?
■アリス >
他のプレイヤーが“彼”を手で制する。
ゲームマスターがダイスを振ると、そのダイスは何度振っても両方6が出た。
『グラサイ(イカサマ用のダイス)ですね……運営に通報します』
「え? え?」
私が困惑していると、ダイスをテーブル上に転がしたゲームマスターのお姉さんが解説してくれた。
『プラスチックのダイスを、6の面を上にしてレンジで温めると、中身が偏ってこういうダイスができるの』
次の瞬間。
“彼”は飲み物として持っていたペットボトルのお茶をゲームマスターに向けてぶちまけた。
怯んだ私とゲームマスターを前に、
自分の荷物をひったくるように持って“彼”は逃げ出す。
「卑怯者!!」
咄嗟にそう叫んで“彼”を追う。
■アリス >
先に逃げた“彼”の足は速い。
追いつけるかどうかは、微妙なライン。
ただし、それは私が異能を使わなければの話。
大きなバネのような踏み台を咄嗟に異能で錬成する。
それは跳躍を補助し、常世文化ホールの中を大きく跳んで“彼”に追いすがる。
着地地点に生卵を落としても割れないという緩衝材を錬成、着地と同時に入り口に壁を錬成して“彼”の逃亡を阻んだ。
「謝れ!!」
絶句する“彼”を前に私は強い口調で言った。
「ゲームマスターさんと……あなたのキャラに!」
そう言ってポケットの中に入れてきた、彼のキャラシートを見せる。
彼がかけたお茶がかかって、イラストの目元が滲んでいた。
「あなたが活躍させたいと思っていたキャラは、泣いているのよ!?」
そう言って睨みつけると、“彼”は観念した様子で俯いた。
結局、“彼”は運営に連絡が入り、コンベンションを出禁になった。
ゲームマスターさんは服にお茶がかかってしまったけど、私の異能でお茶の成分だけを分解して何とかなった。
私は初めて私の意志で事件を解決した。
けど、後味は苦く、気分は重たいままだった。
ご案内:「常世文化ホール」からアリスさんが去りました。