2015/08/06 のログ
ご案内:「森の奥」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > (その男は、遠雷だ、と思ったらしい。
正しく雷のごとき音を立てて、樹木の太い幹がへし折れ、生い茂る葉を巻き込みながら倒れてゆく。
男の震える手が、懐中電灯をがたがたと心許なく震わせながら、漆黒の木立の奥を照らす。
間もなくのこと。
枯れ枝や土埃を巻き上げて、鉄塊めいた質量の黒い影が山の斜面を揺らして着地する。
散々追い立てられた男はもう、悲鳴を上げる体力も残っていなかった)
(咆哮。)
(黒い影は、犬だった。
成人たる男よりもいくらか上背のある、犬と呼ぶには異様な巨躯が、男と対峙する)
(犬が吼える。
まるで人語を発さんとしているかのように。
吼えるたび、そのぎらぎらと照る瞳から、鋭い牙に縁取られた口の奥から、金色の焔がごうと渦を巻く。
(犬の巨大な脇腹からは、絶えずばたばたと音がする。
その犬は小便のように血を垂れ流し、時にははらわたを零しさえしていた)
(犬は、つまり幽鬼であった)
(男はただ怯え、縮こまり、命を乞うた)
(もう止めてくれ、
止めてくれ、
助けてく――
■ヨキ > (ばん、と音がした。
男が悲鳴を上げる間もなく、犬は男の左の首元に、深々と噛みついていた。
飛び込んだ勢いで、左に薙ぐ。
返す勢いで、右へ薙ぐ。
その時点で男の身体は胸元から千切れ飛び、飛ばされた下半身が木の幹に絡みつくように叩き付けられた。
犬はだらりと折れ曲がった男の上半身を加えたまま、がふる、と鋭く息を吐く)
(悠然と、踵を返す)
(べた、べた、べた、と、リズムを刻むように均等な歩調。
見た目どおりに重たげな、踏むものすべてを磨り潰すような足音)
(木々を抜けた先に――)
(草むらの上に力なく横たわる、ひとりの女の姿があった。
彼女ももう、何も反応を返す体力を残していなかった)
(見れば女の両手両足、四つの甲は、銀色に光る――鋼の杭に穿たれて、地面にしかと縫い止められていた)
■ヨキ > (彼らは常世島の、特に落第街においてはよくある類の、違反部活のメンバーだった。
名を馳せず、委員会に目をつけられることもなく、けちで卑小な犯罪を繰り返すごろつきの集まりだった。
それがこうして命を落とすところまで来たのは――彼らが、『獲物』の人選を誤ったからだ)
「( 貴 様 、)」
(犬の喉奥から、獣の唸り声とも人の怒声ともつかない低い音が吐き出される。
女が、ひっ、と短く悲鳴を上げる)
(理解したのだ。犬が持つ声を。
先ほど絶命した男は異能に疎く、この女には異能があった。ただそれだけの違いで)
(地獄の底から這い登るような、粘りつく声)
「(――貴様 が、 最期のひ とり ぞ
殺し てやる、
殺して や る、
殺 し てや る、
貴 様ら が あの 女 を 甚振っ たよ う に
同じ 苦 しみ を、
そ れと 遥 か に超 え る痛 み で
)」
■ヨキ > (――いやあ、と、女の弱々しく、甲高い悲鳴が上がる。
滝のような木々のざわめきに掻き消されながらにして、)
(その声が歪むのに、そう時間は掛からなかった)
(女のものだった声が、濁り、掠れ、呻きに変わる。
岩を、大樹を、金属を削り、引っ掻くような、
もはや人間の声ともつかない音)