2015/11/16 のログ
奥野晴明 銀貨 > あまり知られていないことだが、奥野晴明 銀貨は食事をほとんど自主的に摂らない。
過ごそうと思えば水だけで生きられてしまうからだ。
昔一度本気で死のうと思ったときにあらゆる食事を拒絶してみたのだが、それでもなかなか死ねなくて
気づいたら水だけで生きられるらしいということを思い知ってしまったのだ。

キャップを捻って開けると一口水をあおって飲む。
他人と付き合う時は相手が不快にならない様にともに食事を摂ったりもするのだが
それも付き合いの内、交流のひとつの手段としての行いだ。

食べなかった冷蔵庫の食事は一口だけ手を付けてあとは
流しの排水溝に取り付けられたディスポーザーに捨ててしまうことが多い。
作ってくれた家政婦に申し訳ないとは思うものの、それでも彼女はここに来ることで金銭を得ているのだから
しばらくは無意味な食事を作るという仕事をしてもらったほうがいいだろう。
銀貨のためではなく、彼女のための仕事だ。

本当なら家政婦だってこの家には呼びたくないのだが
生きることに非積極的な銀貨ではきっと人間らしい暮らしが送れないので仕方なく入れている。

まるで動物園にいる猛獣の檻がこの家で
家政婦はしぶしぶ世話をする飼育員のようなものだと
時々銀貨は思うのだ。

奥野晴明 銀貨 > 再びリビングへ戻ってペットボトルをテーブルに置くと、ソファに身を投げ出した。
最近蓋盛に男の快楽を教えられて以降、自分の体はどうもおかしい。
性欲がないと思っていたものを、目覚めさせられたのか
あるいは今まで子供だった部分が大人になるために変化しているのか
それとも、ただ単に面白おかしいから快感をむさぼりたくなっているのか。

自分のことなんて何一つ自由にはならないしよくわからないのに
すぐにまたわからないことが出てくるのだ。

そっと聞き手を下半身の股の間に下ろす。
男の象徴の、そのまた奥の間に指先を潜り込ませ、撫でてみる。
……ただくすぐったいだけでそこは”まだ”何も感じない。

はぁと溜息の後、そのまま瞼を閉じた。

ご案内:「学生街にある高級マンション最上階」にヨキさんが現れました。
ヨキ > (普段はあまり通ることのない界隈へ、たまたまの用事を済ませた帰り道。
 教え子の居宅が近所であったことを思い出して、足を向けた。
 マンションの入り口で銀貨の部屋番号を呼び出す。
 応えれば学内とは異なる、普段着のヨキがモニタに映ることだろう)

「――こんにちは、奥野君。ヨキだ。突然済まんな。
 近くに来たから、寄ってみたんだが」

奥野晴明 銀貨 > インターフォンの呼び出しでぱちりと目を開けると
足早に端末にむかって出ると、そこには見知った顔が
普段見ない格好で映っていた。
ふ、とほほ笑む。ヨキの装いはらしいというか……鮮やかなものだったからだ。

「こんにちは、ヨキ先生。
 わざわざ来てくださって嬉しいです。
 何もない家ですし、僕今だらしない格好していますけど
 それでもよければ上がってください」

そういって入口の施錠をスイッチで開ける。
奥に進めば通路の先に重厚そうなエレベーターが見えるだろう。
最上階まではすぐに昇れるはずだ。

ヨキが向かってくる間、クローゼットからグレーの綿のパンツを取り出してはいておく。
だがシャツの前はボタンも留めず開いたままだ。

わざわざ虫の巣穴に訪れるなんて、奇特な人だなぁとそっと思った。

ヨキ > (銀貨の応答に、カメラ越しに笑い掛ける。
 指先でひらりと手を振って、扉が開いた先のエレベータに乗り込む。
 独りフロア表示を見上げる顔からは、銀貨に対するいかなる感情も読み取れはしない。

 ――間もなくして辿り着く銀貨の自宅。
 ヨキの服装は、モッズコートにボディバッグを提げた晩秋の装いだ。
 いかにも高級感漂う建物の設えを、物珍しげに見渡しながら銀貨の姿を探した)

奥野晴明 銀貨 > 最上階のフロアには銀貨の部屋の扉しかない。
重そうな鉄製のドアがガチャリと開くと玄関口から銀貨が顔をのぞかせる。

「いらっしゃい。どうぞ上がってください」

いつもの無機質な微笑みでヨキを招き入れる。
グレーのスリッパを毛足の長い絨毯の上に置いておく。
そういう銀貨は素足のままぺたぺたと奥へ引っ込んだ。

ついてゆけば20畳ほどの広さのリビングに
デザインされた家具がそれぞれきちんと鎮座している。

「適当に座ってください。
 普段人なんて来ないから、何をお出しすればいいのかわからなくて」

キッチンでいろんな棚をひっくり返しながらそう銀貨が話す。
紅茶やコーヒーのある場所がおおよそでしかわからないようだ。

ヨキ > 「やあ、休みの日に悪いな。
 どうしているかと思って、顔を見に来た」

(いつもの人好きのする笑みが応える。
 邪魔するよ、と言い添えて、ブーツを脱ぎ、スリッパに履き替える。
 踵のない足がスリッパを引っ掛けるような歩き方。
 それが既にして慣れたものらしく、銀貨の後ろをついて歩く。

 広々としたリビング。
 ふうむ、と息を漏らしながら上着を脱ぎ、先ほどまで銀貨が座っていたソファに腰を落ち着ける)

「ああ、別に構わんよ。
 邪魔にならぬように、すぐに帰るつもりであるから」

(キッチンの棚を探る銀貨の背を遠目で見ながら、くすくすと笑った)

奥野晴明 銀貨 > キッチンにいれば相手に顔を見られないと知っていてひっそりと考える。
あんな不快な思いをさせた相手の顔をわざわざ見に来るなんて変な人。
でもヨキという教師はそういう人だ。正規の生徒でありさえすれば
なにくれとなく面倒を見てしまう、そういう奇特な人。

やがて、何とか見つけ出したインスタントコーヒーに電気ポットで沸かした湯を入れて
同じところに合ったコーヒーフレッシュとシュガーポット、スプーンを添えて持ってくる。
コーヒーをテーブルに乗せてすすめ自分はヨキの隣の一人がけに腰を下ろした。

「どうぞ。インスタントですが。

 毎年祭りの後の休みはだらだら過ごすことに決めているんです。
 あの規模を数日続けるのって結構疲れますから。
 そういう先生はちゃんとお休みとっていらっしゃいますか?
 当日もお忙しそうでしたし……疲れていらっしゃるんじゃないかと思って」

ヨキ > (やがて運ばれてくるコーヒーに礼を告げる。
 ブラックのままカップを手に取り、そっと冷まして口を付ける。
 銀貨の気遣いに、ふっと笑って)

「そうだな、常世祭はみな体力を使うものだから……
 存分に気を抜くのがいちばんだ。
 祭りの気分はやたらと後を引くが、日常に戻らねばならんからな。

 ヨキは……動き通しであったからな。
 疲れはしたが、学園と生徒のためを思えば安いものだ。
 君や教え子の顔を見ることが、安らぎになる」

(言って、コーヒーをもう一口。
 カップをソーサーの上へそっと戻す。
 自身の膝に肘を乗せて浅く座った姿勢で、明るい窓の外を一瞥し、銀貨の顔を見る)

「…………。先日は済まなかったな。
 君には心無いことを」

奥野晴明 銀貨 > 「教育熱心なんですね、先生。
 そういってもらえてこの学園も生徒も幸せだと思いますよ。
 誰かのまなざしがあることが救いになるひともいますから」

そういって膝の上で手を組み、じっとヨキの顔を見つめる。
土気色の肌は普段から体調が悪そうに見えて仕方ないが
それでも疲れの出方ぐらいは見て取れるだろう。

ヨキから視線を向けられれば怖じることなく見つめ返す。

「いえ、僕こそヨキ先生に失礼なことをしました。
 申し訳ありません。きっと祭りの空気にやられて判断力が鈍っていたのだと思います」

どんな気持ちも表には出さない鉄壁の微笑でそう応じる。

(でもヨキ先生の心無いこととはどういうことだろう。
 ヨキ先生に心があったからこそあんなに嫌悪を示し、
 逆に僕に心が本当にないからこそこんなそっけない態度でしか応じることができないのだろうか。)

ヨキ > 「ヨキのことが救いになってくれたら、どんなに良いか。
 『教師』としてあろうとすることは……時に反発も招くからな。
 ……だがヨキには、そうすることしか出来ないから」

(薄らと笑う顔は、肌色こそ悪いが疲れの色は浮かんでいない。
 銀貨の瞳を見返し、初めからそうと形づくられたかのような笑顔をしばし見つめる。
 眉を下げて笑み、)

「まさか。君が判断力を鈍らせることなど、そうそうなさそうに見えるがな。
 君は……ヨキよりずっと冷静であるから」

(少し黙る)

「ヨキは……学園の教師として、君を預かっている身だ。
 君を生徒として、男子として見ることを――揺るがす訳には行かんよ」

奥野晴明 銀貨 > 「ヨキ先生が教師であろうとすることは、まず一番にヨキ先生を救っているんですね。
 そうすることしか出来ないとしてもそれで救われる何かがあるのなら
 たとえ一部に反発されようとも僕はいいと思いますけれど」

当たり障りのないような物言いをして、少し偉そうだなと自分で思う。
そっと腰を上げてヨキの傍へと近寄る。
片手をヨキの座るソファに沈めて

「いいえ、僕だって生き物ですから間違いは犯します。
 ただ人より冷静の幅がずっと広いだけで……
 冷静であっても判断を間違うべき時は、間違うのでしょう」

黙ったヨキの顔を見上げる様に見つめる。

「先生、僕は……
 男を装っているのはそのほうが都合がいいからにすぎないんです。
 本当の銀貨という生き物はきっと、男でも女でもなくあいまいな形をもったどっちつかずの奇妙な生き物なんです。

 どちらかといえば僕は……性別とか立場で見られるより、ありのままの僕を見てくださるほうが嬉しいですよ。
 ヨキ先生には、わかってもらえないかもしれないけれど……。

 蓋盛先生は、わかってくれたような気がして、
 だから好きなのかもしれないです」

そっとソファに置いた手に体重をかけ、ヨキのほうへと体を傾けた。
その時ヨキは見ただろうか、
銀貨の腕を、手を伝って、黒い何かが動き、それがぴょんとヨキに飛びついてその体を這ったところを。

ヨキ > (ひとたび目を伏せて、開く)

「…………、そうだ。
 そうすることでしか、ヨキは生きる術を持たない」

(近くなった銀貨の顔を見る。
 ヨキの身体は、腰掛けていてもその長身が察せられる。
 睫毛の陰が落ちた金色の眼差しは、微動だにせずてらてらと鈍く輝く)

「『どっちつかずで在ること』の意味を、ヨキは知っている。
 このヨキ自身が、そもそもにして人と獣のあわいに在るからな。

 ……『どちらでもある』ではなく、『どちらでもない』。
 かつてのヨキはそうだった。
 それでいて今は、人間で居たいと強く思うようになり――
 成りきることなど、出来はせんというのに」

(己へ寄る銀貨の身体に、身じろぎひとつ見せない)

「このヨキが、『人間の教師であること』へ強く指向するのと同じように、
 きっと君に対しても『斯く在るべし』という、固着された像を見ているんだろう。
 …………。だが君自身がそうと望むならば、ヨキはそれを否定することは出来んよ。
 君が望むままに生きることに、ヨキは応えてやらねばならん。
 だから――反省せねばならぬのは、他ならぬヨキなのだと思っている。……」

(――視界の端を掠める黒い影。目を盗られて、不意に自分の体を見下ろす)

奥野晴明 銀貨 > 「成りきることはできないのに、それでも先生は一つの像に焦がれて憧れるんですね。
 でもいくら憧れても、それは無い物ねだりと一緒。
 あるものをそぎ落とすことは出来ないし、ないものを付け加えることも不格好。

 その点では、先生と僕、一緒ですね」

どこかほっとしたようなそんな声音だった。
ヨキの金色のまなざしに対して銀貨の薄紫の目は茫々として
夢見るようなまなざしだ。

「そう、先生が……反省してくださるのですか。

 先生、せんせい……でしたら僕に教えてください。
 教師として、生徒を、教えて導いてください……。
 僕が望むのなら、応えてくださるというのなら……

 おねがい、おしえて」

銀貨の手がヨキの膝の上を滑る。
ただその言葉に含まれるものはどこまでも平坦で
どこか親にすがるような子供の幼さのあるものだった。

ヨキが見下ろしたとき、体に這っていたのは
手のひらほどの大きさの、毛むくじゃらの八足の、蜘蛛だった。
一目見て分かる、威嚇的な、毒を持つと思われるそのフォルム。
それが器用にヨキの体を這いまわって衣服の下にとりつくとちくりと針を立てた。

「先生、ヨキ先生……知っていますか?
 自然界の生き物の中にはね 自分より大きな生き物を殺す毒を持つものもいるんですよ。

 例えば、象を一瞬で麻痺させる毒を持つ蜘蛛とか」

薄い微笑をたたえた銀貨がヨキを覗き込む。
その手と足元にうぞうぞと同じような蜘蛛が湧いていた。

ヨキ > 「……そうだ。何とでも言うがいい。
 どれほど不格好でも、……無様でも。
 強い衝動こそが人間を突き動かすのだと、ヨキは信じているのだ。
 だから君が自分を『蓋盛の彼氏』だと告げた時点で……
 ヨキは君を男なのだと、……男として在ろうとするものなのだと、思った」

(首を小さく、横に振る)

「…………。
 君が何を、どのような形で望むのか――ヨキも知りたい。
 ヨキが伝えられることなど、高が知れている。
 ただ教えてくれとせがまれて、こうと示せるほどの力量はない」

(膝を這う手を制さなかったのは、言葉のうちに稚気が滲んでいたからだった。
 たとえ過日に行き違いがあったとしても、生徒に対して警戒など見せることはしないのがヨキという教師だ。

 蜘蛛が服の中に潜り込み――肌に刺さる針の感触を痛みと知覚した瞬間、
 はじめて動揺らしい動揺を見せた)

「…………ッあ!」

(肩が跳ねる。
 銀貨の言葉を半ば受け止め切れぬままに、顔を顰めて蜘蛛を払おうとする。
 動揺したのは――

 蜘蛛そのものではない。

 理を説くような穏やかな話し口と――針だ)

「う……ッふ、……!」

(口元を強く抑え、漏れそうになる声を殺さんとする。
 それでいて、過ぎた動揺は明らかだった。
 平静を取り戻そうと、肩で大きく呼吸を繰り返す)

「……――《軍勢》……!
 奥野君、……いったい何を」

奥野晴明 銀貨 > 「『先生の彼氏』でありたいと思うのは本当。
 だけどあの人はきっと相手が男だからとか女だからとかじゃなくて、
 傍にいてほしいと乞われたらいるだろうし彼女になってほしいと願ったらそうしてくれるというだけで……。
 あの人はどんな役割も器用に演じてしまえるから、
 時々自分が男の役割なのか女の役割なのか、わからなくなる」

ヨキを刺した蜘蛛がかさかさとソファを滑り降りて銀貨の元へと戻ってゆく。
愛おしそうに拾い上げた蜘蛛を手指に絡ませて遊ばせる銀貨は
うめくヨキに構いもしない。

「大丈夫、死にはしないように加減したつもりです。
 筋弛緩系の毒ですけど……呼吸器系や内臓を麻痺させるような分量ではないですし
 先生にどの程度効果があるのかわからなかったから少し控えめに」

ざわざわと蠢いて銀貨の体を取り巻いていた蜘蛛がその輪郭に溶ける様に
身体に吸い込まれて影と一つになって消えた。
後には普段通りの銀貨がそっと立ち上がり、ヨキの頬に手の甲を這わせる。

「先生、先日僕は『女』を知りました。
 そうしたら今度は『男』を知りたくなったんです。
 自分の体で、確かに感じたくなった。

 それに何より……『あの人』を貫いたヨキ先生の『牡』はどういうものなのか
 知りたくなってだからそれを、教えてくれるだけでいいんです」

『あの人』、つまり蓋盛を。暗に二人が寝たことをほのめかす。
銀貨とて、二人が関係したことの事実を握っているわけではない。
だが直観が告げるのだ。ただそれを口にして、カマをかけてみる。
簡単でしょう?とでもいうようにするすると自らのパンツを下ろして足を静かに抜いた。
シャツ一枚だけの頼りない体でそっとヨキをソファに押し倒す。

ヨキ > 「……そうだな。蓋盛は、そういう女だ。
 ヨキには到底計り知れない――おそろしい女だ。……」

(蜘蛛が齎した毒は、恐らくは銀貨が想定したよりも覿面に効力を発揮する。
 それは身体に作用する異物を流し込まれることに対する恐怖だ。
 顔を伏せる。頬に沿う銀貨の手に身を捩る)

「やめ――止せ。やめろ……」

(毒か、あるいは緊張か。声がいやに掠れた。
 むやみに振るった手の甲が、銀貨の手首をぱちんと叩く――

 常人の腕がぶつかったほどの弱さだった)

「やめろ。生徒には出来ん。
 言ったろう、ヨキにも……教えられないことがあると。
 だめだ。生徒はだめだ。

 ……だめだ。

 だめだ。

 学園に背きたくない」

(惑う手先がテーブルに手を突こうとして、空を切る。
 ヨキの重たげな身体が、銀貨の手で容易くバランスを失ってソファの上へ傾ぐ。
 肌を晒した銀貨から目を背け、座面の上を這う――亀よりもよほど緩慢だ)

「なぜ今なんだ。
 なぜ異能を使ってまで。
 ……ヨキはいやだ。

 もういやだ。

 じッ…… こんな、――実験動物みたいに扱われるのは、もう、」

(ソファの端から降りる前に力尽きて、肩で息をしながら銀貨を見上げる。
 胡乱な眼差し。視線がふらふらと揺れ動く)

奥野晴明 銀貨 > 数年前まであれほど偉大な存在であった教師の一人が
たった今銀貨の前で容易く崩れ落ちている。
大いなる父性を感じていた相手が弱弱しくやめろとかだめだとかうめいている。

ほんの少しの優越感も感じなかったかといえば嘘になる。
だけどそれ以上に銀貨の胸中にあったのは落胆だ。
ヨキならば、あるいはその鋼のような身体で毒などものともせず
銀貨を跳ね除けて罰してくれるのではとおもったのだが、見込み違いだったのだろうかという落胆。

叩かれた手首に痛さはほとんど感じず、むしろその弱さに哀れみさえ覚えた。

倒れたヨキの体をまたぐように上に乗る。
確かに質量として触れているのに不思議と重さを感じない、そんな存在の希薄さ。

ふと、ヨキが『実験動物みたいに』と口にして
銀貨の茫々とした瞳が一瞬動揺に揺らぐ。
ああなるほど、と納得した。本当に、そういうところまで一緒だとやるせなくなる。

そっとヨキの頭を抱き寄せ、自分の薄い胸に押し付ける。
相手に心音を聞かせる様に、落ち着かせるようにそっと抱きしめるだけ。

「先生、落ち着いて。

 先生は実験動物じゃないから」

それだけ言うとヨキの頭を髪を撫で、ただじっと待つ。

異能を使ったのは、”異能とは叶えきれなかったものを現実にする力だから。”
あまりに容易く、自分の思い通りになってしまうから
だからこそ銀貨は忌避してそれを使うことを制限していたのだけれど
一度使うと覚悟してしまえば、本当にあっけなく実現してしまった。

世界は銀貨が思うよりずっと簡単で脆くて、そしてそれがなお彼を落胆させたのだ。

ヨキ > (人に見せまいとしていた姿を晒したことの、羞恥と屈辱に歯を食い縛る。
 誰より生徒に――それも『たちばな学級』の教え子に見られたという事実。
 銀貨の怜悧な顔立ちは、明言せずとも落胆していることを察するに余りある。
 相手の細腕の中で、ヨキの頭が小さく左右に振られる。
 獣めいた唸り声が、喉奥からか細く漏れていた)

「こんな――こんなはずでは。
 ヨキの身体は、心は、こんなものではない。
 斯様な毒に……負けるヨキではないのだ、」

(無様なまでに強い不本意さが、言葉に滲む。
 生徒に慰められることがより一層に恥の感情を強め、
 身じろいで銀貨から離れようとする。
 たとえ効力が弱められているとしたって――『毒はいやに効きすぎていた』)

「判っている。
 済まない――ヨキとてわかっている。

 判っているのに、言うことを利かないんだ」

奥野晴明 銀貨 > ヨキの言葉と毒の効力の覿面さに銀貨は察してしまった。
察してしまったからこそそれ以上は何も言わなかった。

「いいよ、先生。もういいです、十分だから」

そうしてそれ以降はヨキが何を言おうと取り合わず
無言でことを進めた。
そっとヨキの衣服を取り払い、蓋盛にされたことを真似て
ヨキ自身を奮い立たせてみる。

そうしてヨキを己の中に受け入れるまで決してやめることなく
それこそ先ほどの毒蜘蛛のようにすっかりとヨキを絡め取ってしまうだろう。

ヨキ > (慰めの言葉に胸を丸ごと抉られたような顔をして、ソファの上にぐったりと横たわる。
 人間の身体に犬の性器の生えたような裸身を晒して、自分から生徒に、銀貨の肌に触れることは決してない。
 それだけが残された矜持であるかのように。

 引き結んだ唇の奥に、声にならない呻きが籠もる。
 毒に抗うことが出来ないのと同じように――本能にもまた。
 肌の裏側を走る刺激に、足を強張らせ、背筋を緩く反らした。

 見るな、とだけ短く制止する声を零して、せめて顔だけをきつく背ける。
 発声のために開いた唇の隙間から漏れる息には、常ならぬ熱を孕んでいた)

「――あ、」

(淡々とした、無為の時間。
 やがて、大きく一息を吸い込んで――
 銀貨の中に、もはや子を成すことさえない、枯れたきりの種を迸らせる。

 満足に銀貨を罰することさえ出来ないまま、最後にただ一言呟く。

 ――『これで満足したか』、と)

奥野晴明 銀貨 > ヨキを受け入れた銀貨の秘所は静かにヨキの種と自らの血を一筋こぼしていた。
荒い息をついて、動くことのないヨキの体の上にぐったりと身を預けた銀貨は
これで満足したか、と問われればかすかにうなずいた。

終わってしまえば何ともあっけないものだった。
苦痛と快感をないまぜにしたこの行為に
人がなぜ夢中になるのかと考えればおそらく
お互いの弱い姿を見せあうからだろう。

ただ、本当ならヨキには強くあってほしかったと
そう自分で仕向けて置いて無茶な願いがあったことを
銀貨はこの時初めて知った。
落胆したままの気持ちをどうしようもないまま、ヨキの胸元に顔をうずめた。

ご案内:「学生街にある高級マンション最上階」から奥野晴明 銀貨さんが去りました。
ヨキ > (あの蜘蛛が肌を刺す瞬間までは――否、今でさえ揺らぐことはない。
 生徒の前で正しく、強い教師で在ることが、ヨキにとっては絶対の信条であった。
 悔恨と、無念と、歯痒さと。
 色濃く込み上げる情けなさに、目元を覆って深く深く息を吐く。
 腕の陰の下で、淀んで光る瞳はひたすらに渇いていた)

「……………………、」

(胸に乗った頭の重みに、銀貨の沈んだ胸中を思う。

 培ってきたのに。
 培ってきたのに。
 培ってきたものが。

 だから崩れたものは取り返さねばならないと思っている。
 真実、ヨキという教師の心は――限られた刃物で傷を抉られることのほかに、決して揺らぐことはなかった。

 取り返さねばならない。

 ヨキによって生徒の心が離れることは、決してあってはならないのだ。
 何よりもひどく重い失敗――

 ――目を閉じる)

ご案内:「学生街にある高級マンション最上階」からヨキさんが去りました。