2016/06/18 のログ
ヨキ > 「う」

呻き声。



煮え湯どころか廃油を飲まされたような顰め面で、女が口端から溢れる大量の精液をぼたぼたと滴らせた。
錆びた鉄の匂いがする。

「おい、飲むでないぞ。飲んだら腹を壊す」

よろよろと口を押さえながら立ち上がった女が、奥のゴミ捨て場に向かって口の中身を吐き捨てる音が聞こえる。
不味い、本当にクソ不味い、と繰り返し罵倒されて、ヨキは下肢を晒したまま頭を掻いた。

「そんなにか」

うるさい、先生のばか。味音痴。
女は最悪の味と匂いがねっとりと残る口から飽かず唾を吐き捨てて、ヨキを睨み付けた。

「怒るなって。ヨキが悪かった。
 今日は君のところへ寄っていく時間がないんだ。今度埋め合わせするから」

な、と笑って宥めながら野太刀もとい一物を収め、女の顎を引っ掴んで唇を奪う。
何しろヨキは普段から殺した女を犯したあとに丸ごと食べるのだから、平然としているのは当たり前だ。

味音痴、と改めて言い捨てた女が、むすりとした顔で去ってゆく。

ご案内:「歓楽街の奥」にエルナールさんが現れました。
ヨキ > 元教え子の彼女もまた、島を出ることなく情報屋として落第街に沈む身となった一人だ。
二十も半ばとなった今でもヨキを先生と呼んで慕っているが、ヨキが長居するたび何かと機嫌を損ねるのが玉に瑕だった。
“寄っていく時間がない”というのは本当だ。翌朝は早くから予定があったし、どれほどのアリバイを用意していもヨキは嘘の吐ける男ではなかった。

人ひとりでいっぱいになるほどの、狭い路地で踵を返す。
恐らく野良猫かカラスが散らかしたであろうゴミやがらくたを跨ぎながら、表のぎらぎらと眩しい通りに向かって歩き出す。
通りのディスカウントショップへ閉店に間に合うように立ち寄って、買い出しをして帰るつもりだった。

エルナール > 去っていく女とすれ違うようにして,貴方の前に姿を現したのは別の女。
順番待ちの娼婦…にしては,風貌も雰囲気も異様である。
同様にして,彼女の風貌や雰囲気は“学生”と呼べるようなものでもない。
……かと言って,教員の中にこんな女性は居なかっただろう。

踵を返して歩き去ろうとする貴方の背後で,貴方が跨いだ空き缶を踏み潰す音が響いた。

「こんな薄暗い場所で…随分と愉しそうなコトしてたじゃない?
 ……良い趣味してるわねぇ…“センセイ”?」

咎めるようでもなく,非難するでもなく,ただ感じたままに。
女は貴方の背中に向かって,そうとだけ呟いた。

ヨキ > 足を止めて、振り返る。
暗闇で蝋燭のように光る金色の双眸が、にやりと笑った。

「何だ。……見てたのか?
 黙っているだなんて、趣味が悪いな」

早く言ってくれたらよかったのに、と。
平然としたエルナールの声に応えるよう、ヨキの言葉もまた淡々としていた。

言葉を切ったヨキの目が、素早くエルナールの容貌を見定める。
単なる“センセイ”がするような、生温い眼差しではない。
眼前の相手が、何かしら日常と隔てられた人間であることを察した目だ。

「残念ながら、今夜はもう間に合っているのでな。
 それとも――何か用事でも?」

エルナール > 女を見る貴方の視線を,女もまた,同様に見定めた。
元より単なる“センセイ”だとは思っても居なかったが…
…本能的にか経験からか,何かを察した女は僅かに目を細める。

「…あら、それじゃ今度からはコトの最中に顔をだしてあげようかしら?
 それも…一番イイトコロで、ね。」

…怪しげに笑って,女は貴方に一歩近づいた。
その笑みは,娼婦が客に向けるが如き,感情の籠らぬ笑み。

「別に……ただ,随分と見せつけてくれるから。
 “センセイ”にちょっと,興味が湧いただけよ。」

一方で,女は僅かに頬を紅潮させ,瞳を潤ませていた。

ヨキ > 「勿論。そのときには、まとめて相手させてもらうとも。
 『一番イイトコロ』からなら、そうだな……二、三発は行けるだろうさ」

それは少なくとも冗談だが、嘘ではないんだろう。肩を竦める。
女が一歩を踏み出しても、ヨキは前へも後ろへも動かない。
ただその場で、エルナールの潤む瞳をじっと見つめる。
口では笑っているが、目の奥の光は弛んでいなかった。

「くふッ、」

答えるエルナールの言葉に、可笑しげな笑みを作って零してみせる。

「『ちょっとだけ』?心外だな。
 根っから丸ごと興味を抱いてくれなくては、“センセイ”は満足してやらんよ」

エルナール > 「あはは,それなら安心ね?
 それなら,今度からは遠慮なく声をかけさせてもらうわ。」

冗談には冗談で返し,さらに一歩近寄る。もう手を伸ばせば触れられる距離だ。
こんな場所に居るのに,この女からは上品な香水の香り。
それに混ざって…人の鼻では嗅ぎ分けられないだろうが,血と硝煙の臭い。

「“センセイ”を満足させる子は,さっきみたいなのが沢山居るんでしょう?
 いくら“センセイ”だからって欲張りはいけないわ。」

さらに一歩寄る。より濃厚になる香水の香り。
貴方の顔を見上げて,僅かに背伸び……耳元で囁くように

「……アタシはあの子みたいにイイコじゃないのよ,“センセイ”?
 ただ,……アタシが満足したいだけ。」

そしてごく自然に,貴方が抵抗しなければ唇を軽く重ねようとするだろう。

ヨキ > エルナールの歩みが、滞留した空気を揺らす。
香水の匂いが鼻に届く。その奥に秘された臭いを、さて、嗅ぎ取ったか否か。
ヨキの表情は、何も変わらない。

「“センセイ”とは紛れもない聖職者だが、無欲ではないよ。
 特に、このヨキの場合はな」

ヨキはいつでも、名乗るときには躊躇がなかった。
“センセイ”ではない、自分自身を語るための一人称。

流れるように近付く顔を見下ろす。見つめ合った目を細める。
聖職者とは程遠い、酷薄さの色濃く表れた眼光。
目尻を彩る艶紅は、くっきりと鮮やかだ。

「満足するために……男ならば、手当たり次第か?
 余計に心外だな」

怒るでもなく、く、と喉奥で笑う。白い牙。
伸びてきた唇を、こちらもまた手慣れた自然さで首を傾ぎ、受け取る。
両手はボトムのポケットに引っ掛けられたまま、相手に触れさえしなかった。

唇の表面から伝わるのは、並みの男よりもよほど生臭い移り香だ。
臓腑を食い破られた死骸の股座さえ、斯くやというほどの。
まるで――錆びた鉄。古い油。灼かれた毛皮……死んだ雄か、元から生きてすらいないものの臭い。

エルナール > 相手の首や胴に手を回すことも,舌を入れることもしない。
ごく自然な挨拶代わりの口づけ……女は,不快な臭気を感じたはずだ。
けれどそれを表情に出すことはない。
静かにその唇が離されれば,貴方の目に映るのは相変わらずの紅潮した頬と潤んだ瞳。
そして口元には変わらぬ笑みが浮かぶ。

「ヨキ?…ふふふ、随分と可愛らしい名前ね。
 アタシはエルナール……クソ真面目な男より,アンタくらいの方が好みよ。」

囁くようにそうとだけ告げれば,貴方からすっと離れて…
…空き缶から零れる甘い飲料に誘われた哀れな小虫を,気付くこともなく,ブーツの踵で踏み潰した。

「そう見えるかしら? なら,そう思ってくれて構わないわ。
 また会いましょう,ヨキセンセイ?」

まだ触れ合った感触の残る唇を人差し指で弄りながら,女はそう告げて,また笑う。
そして,目的は果たしたとばかり,貴方に背を向けた。
散らばったゴミを踏み付け,けれど靴の汚れそうなものは避けながら,路地の闇に消えていく。

ヨキ > 見ていたのだから、当然だろう、とでも言いたげに。
臭気を包み隠しもしないほどには、底意地の悪い男であるらしい。

長い睫毛の瞼を開いて、再びエルナールを見る。
相手の熱っぽさを孕んだ顔とは裏腹に、ひどく冷静で居る。

「可愛い?それはどうも。
 ヨキはヨキで、クソ真面目なつもりで居るのだがな」

エルナール。そう呼び捨てたのは、ヨキが相手を学生とは見なしていない証拠だ。

「願わくば、そうではないというところを見せてもらいたいね、エルナール。
 結局は他の誰でもない、ヨキでなくてはいけなかったのだ、ということを?」

背を向ける相手を、その場で見送る。

「『また』。そうだな。約束せずとも、ヨキはこの島のどこにでも現れる」

それきり去ってゆくエルナールの足取りを、後ろ腰を、身のこなしをただ注視していた。
今にも狙い撃たんとする獲物を見定めるかのように。

ご案内:「歓楽街の奥」からエルナールさんが去りました。
ヨキ > 目を伏せて、改めて通りの表へと踵を返す。
振り返りもせず、硬いヒールで路面を規則正しく叩きながら。

人波に紛れようもない長身が、煌びやかなネオンの向こうへ歩み去る。
その心も、明日の予定も、波風一つ立たぬままに。
ただ落第街の不穏な噂と、エルナールという名前だけを新たに刻み込んでいた。

ご案内:「歓楽街の奥」からヨキさんが去りました。