2016/07/19 のログ
■奥野晴明 銀貨 > うんうんと頷きながらヨキの苦々しい表情とは対照的に、
面白がるように話に聞き入るがたった一言きりの手がかりである『そいつ』
という言葉が口に登れば、一変して信じられないものを見るような顔でヨキを穴があくほど見つめた。
それなりの付き合いがある中でなんとなくわかるが、ヨキがその呼び方をするのは女性ではあるまい。
そしてその対象は人物である。つまり、同性に近い何かしらの、気安い人物。
「おとこ……」
思わず薄く開いた唇から小さなつぶやきが無意識に溢れる。
が、すぐに我に返ればそれ以上は秘めて語らないヨキにいじわるーと膨れて少しだけ強めに腕を振って引いた。
まぁ、冗談は置いてと前置きをしてからまたいつもの平静さに戻り
「ヨキ先生は口も堅くていらっしゃるからどうやっても聞き出せそうにありませんし諦めます。
それにちょっと無粋過ぎたかなって思うところもありますから、興味はあっても我慢しま~す」
拗ねているのか面白がっているのかわからないような態度で口の端を吊り上げ、
「でも、先生。恋は苦しいものでもありますよね。
きっと、それは愛ではないからまだ満たされる段階ではない。
先生、あまり『恋』に振り回されて飢え渇いてはいけませんよ。
明かりに惹かれる羽虫のようにたぶん、それを味わったものは
そうしなければ気が狂うほどの衝動に陥りますけれど、でもね。
それはあくまで次のステップに移るための取っ掛かりであって
身を焦がして失墜するべきものではないんですよ」
幼い外見が教師のヨキに対して知ったふうな口を利く。
傍目から見れば生意気な態度と取られかねないような言葉でも、
銀貨の表情は憂いに満ちた相手を慮るようなものであった。
「でも、先生がどうしてもそれを欲してやまない時に、
結局のところ他人である僕や他の誰かはやっぱり無力で
その落ちた先が先生の本当に望んだものであったなら――
そうしてほしいなぁというところもあるんです」
そういうことを淡々と言いながらもどこか寂しそうな、苦渋に満ちた言い方でもあった。
「それで、あなたを恨まないわけじゃないし、心配だし嫌ではあるし
何より蓋盛先生が泣いちゃうから腹が立つんですけどね」
■ヨキ > おとこ、という呟きに、銀貨に掴まれた腕がびくりと硬直する。
「!!」
ヨキは隠し事が巧い。だが図らずも明るみに出たことを再び隠すのは下手だ。
顔を逸らし、明後日の方向を向いて口元を拭う。
「…………、だからむやみに恋とか言いたくなかったんだ……」
腕が自由になると、深く息をついて呼吸を整え、気を取り直す。
「……うん。有難う、奥野君。
やっぱり君の話を聞いていると、どちらが教師で教え子なのだか判らなくなってしまうな。
ヨキは大丈夫。
どれだけ振り回されそうになっても、ヨキはヨキで在り続けるよ。
そうでなくてはいけない。
ヨキが焦がれるように、ヨキ自身もまた焦がれられるほどの人間でなくては」
正面を見据えて、低く確かな声で話す。
「……だから大丈夫。失墜など、して堪るものか。
それだけは、ヨキだっていちばん嫌なことだから」
言って、一度立ち止まる。
間もなく通りが広く開けようという頃、変わらず人の通りはない。
日も高い時刻というのに、死んだように眠る街。
「ヨキはどこへも行かないよ。
誰ひとりとして傷付かず、苦しまないのが何より良い。
蓋盛につらい目を味わわせる訳にはいかんし……、
そうでなくとも、奥野君に嫌な思いをさせたくないから」
銀貨の肩を抱いたときよりもずっと柔い両腕が、相手の背中を包み込む。
大事なものの実在と感触とを、今ここで確かめようとするように。
「底へ落ちるより、高みを目指して登ってゆく方が好きなんだ」
■奥野晴明 銀貨 > 「別にいいじゃないですか。男の人相手に恋したって」
まぁそれをするのがあの堅物なヨキというところが未だ信じられはしないのだが、
それも『大胆』になったからこその成し得た業ということにしておく、つもりである。
どこか面白がるような口調ではあったものの、ヨキがまっすぐに失墜を拒んでいると分かればふっと肩の力が抜けたように微笑した。
「信じてますよ、先生。これで二度目ですけど」
自分の背に回った両腕の存在に、同じようにヨキを抱擁してぱふぱふとその大きな背を擦る。
父親代わりの教師と子供代わりの生徒。
ヨキの言葉の細部に至るまでどれも真摯でたぶん本当にそうおもっているのだろうとは感情ではわかる。
だが理性は隠し事の多いこの教師がいうことを素直に受け取れずにいて
それでも今はまだこの抱擁に免じて信じておきたかった。
今この時そう願っていても
この場で誓っていても恋の病というやつが起こす被害のほどは銀貨にだって計り知れないのだ。
やがてヨキの胸から顔をあげるといつもの淡々とした微笑で
「先生、お腹減っていません?暑いから僕も何か冷たいものを口にしたい気分です。
どこかおいしいお店知りませんか」
珍しくそう自分から食事したがってみせた。
落第街を知っているヨキならこのあたりの店にも詳しいだろう。
行先を任せながら、ヨキの手を引いて広い通りへと急かすように歩みを進めた。
■ヨキ > 「勿論……ヨキも悪し様には言いたくないが」
平等をこそ旗印に掲げるヨキではあるが、しかし女にこそ心を奪われたいというのは、
変わらぬ矜持のようなものであるらしい。眉を下げ、複雑そうな顔で小さく笑う。
「ヨキは信じてくれる相手を裏切りはせんよ。
嘘を吐いて、言葉も心も穢すようなことはしない」
背に回された銀貨の手に、愛しげに目を伏せる。
相手の薄い背中を優しく叩いて撫ぜ、そっと腕を解いた。
冷たいものを、という銀貨の希望に、ヨキもまた普段どおりの顔で笑う。
「ならばかき氷はどうだ?
この先の通りを南に抜けて……異邦人街に出ると、小さいがいい店があるんだ。
氷のふわふわ感も、たっぷりの果肉も、ヨキのお墨付き」
小腹を充たすほどの甘味処なら、銀貨も口に出来るだろうという心算だ。
にやりと笑い、繋いだ手を揺らして表の路地へと足を向ける。
ご案内:「落第街の奥」からヨキさんが去りました。
■奥野晴明 銀貨 > 困ったように複雑な表情を見せるヨキも、銀貨の前で裏切りはしないと約束をするヨキも
どれも銀貨にとっては偉大な父であり尊敬するべき教師の面だった。
「かき氷、いいですね。早く行きましょ、食べるの久しぶりかも」
ヨキの言葉に頷いてすこしばかり茫洋とした瞳に子供らしい輝きがきらめいた。
いつの間にか作った笑みが屈託のない子供のものに変わりながら
然りと繋いだ互いの手を楽しそうに揺らし、案内されるまま路地へと去っていった。
ご案内:「落第街の奥」から奥野晴明 銀貨さんが去りました。