2016/10/26 のログ
ご案内:「落第街/廃屋」にハーリッツさんが現れました。
■ハーリッツ > 「あっ」
その時、ハーリッツは自分の目の前に小学生に相当する年齢の男児が喉から血を流して事切れているのを発見した。
温かい液体が、かがみ込んだ自分の顎から滴り落ちている。
ガラスの嵌っていない窓から外にぼんやりと目を向けると、曇り空が見えた。
秋の肌寒い空気が、外から流れ込んでくる。
歓楽街と落第街の境目で迷子になって、保護してあげて――
そうして気がついたらこうして彼は死んでいた。
(というのはウソで)
すべては彼の意思でやったことだった。
ハーリッツは常世の学生であり、男児を見れば喉を食い破らねばという欲求を高ぶらせてしまう怪物であった。
■ハーリッツ > 前回、こうして欲求を満たしたのはどこでだったかしらん。
それはきっと常世ではなかったが、どうでもよかった。
ナイフを取り出す。手でやるよりもこちらのほうが効率が良い。
髪の毛、目玉、皮膚、内臓、骨。
人間には金になる部位が多いのだ。
それが異能持ちや異邦人であれば付加価値は尋常ではない。
そういうルートというのは存在するのだ。
常世に限った話ではない。ありふれたつまらない現実である。
そうして作業を始めた。
こんなことはしたくはなかった。
したくはなかった、というのは、もう少し遅らせたかった、という意味だ。
悲壮感も焦燥も興奮もない。
おそらくは海と時間の彼方、ハノーヴァーに置き忘れてきてしまったのだろう。
ご案内:「落第街/廃屋」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > 息子を探してほしいの、と知った商売女に乞われたのが数刻前。
土地勘を頼りに、子どもが迷い込みそうな路地をどこまでも探し歩いた。
昼と夜、いずれの時刻に眠りに就くとも限らない街だ。
控えめな声で男児の声を呼びながら、古い建物が並ぶ通りを進む。
「………………?」
不意に吹いた肌寒い風に、小さく鼻を鳴らす。
人間の嗅覚であってさえ、それは自分にとっても色濃く馴染み深かった。
血の臭いだ。
まさか、とは思わないようにしている。
爪先の方向をくるりと変えて、探るようにハーリッツが潜む廃屋へと距離を詰めてゆく。
足音を殺したところで殺しきれないブーツの靴音が、こつりこつりと小さく響いた。
■ハーリッツ > その時、ちょうどハーリッツは小分けにした各部位を
いよいよ袋に詰めようかというところだった。
(早い。つけられていたか? いや)
袋詰の作業を中断する。
逃走を検討したが、却下。足音は一人分だ。
持ち運びやすいように“加工”された胴体、四肢、頭部を――
あえてかつての姿がわかるようにハーリッツの潜む部屋の中央に並べ直す。
柱の陰の薄暗闇へと隠れ、足音の主が踏み込むのを息を殺して待つ。
余った切れ端を口に放り込んで、顔にべったりと血をすりこむ。
作戦はこうだ。
人間性を持ち合わせている存在ならば、
踏み込んだ瞬間に視界に入るその無残な有様に驚くはず。
――その間隙をナイフで突いて始末する。
■ヨキ > 血腥さに空気が淀む廃屋へ歩み寄る。
扉の残骸を潜り、敷居を跨ぐと、踏み付けたガラスの破片が床に擦れて鳴った。
「……誰か居るのか?」
男の低い声。
「おい?そこに居るのは……」
声と足音が止まる。
立ち尽くし、今や分断された子どもの全身を真っ直ぐに見下ろした。
絶句し、青い目を見開く。
「……――!!」
驚きや恐怖、嫌悪といった感情など、この男のうちには産まれようもなく――真っ先に噴出したのは、憤怒だ。
ばちん、と漏電でもしたかのような音と共に、鮮やかな紫電がヨキの髪をひとたび跳ねさせた。
素早く踏み込み、男児の傍らで中腰の姿勢を取る。
いつでも動作に移れるだけの身のこなしではあったが、柱の陰のハーリッツの存在には気付く由もなかった。
■ハーリッツ > 思惑は半分成功。
見るだにわかる怒る侠気は持ち合わせていれど期待したほどのスキは生じない。
死線を幾度も踏み越えてきた敵とわかる。
だが初志貫徹だ。気を引けたなら充分。
唇を歪ませ、笑いに似た音を漏らしてフードの人影が陰より躍り出る。
大柄な者には対応しづらい低い姿勢。
ヨキの両の腕の下をかいくぐるようにして、脇腹を抉り抜くハンティングナイフの一撃を放たんとする。
■ヨキ > 横たわる男児の傍らで、真っ直ぐに見下ろすヨキの横顔。
自分の真横の方角から飛び込んでくるハーリッツへと、流れるように視線が映る。
まるで電灯でも翳したかのよう、視線の軌跡が青白い光の残像を残した。
一切の表情を失ったヨキの瞳が、煌々と光っていた。
足元から強い魔力の気配が迸り、周囲を取り巻く大気が聖性を帯びる。
「……――ッえかアア!!」
お前か、という言葉にならない激昂と共に、床を踏み締めて立ち上がる。
身を翻してハーリッツと相対するのと、彼の一撃が脇腹へ放たれたのは同時だった。
歯を食い縛り、男児から離れた方角へ受け身を取って転がる。
ハーリッツの一閃を横へ躱す形だが、刃先には布と肉の質感とを浅く破る感触が伝わるだろう。
床に手を突いて身を引き起こし、次にハーリッツの姿を見据えたとき、ヨキは獣の顔をしていた。
上着の脇腹の辺りに真一文字の傷が残り、布地に赤黒い染みがじわりと広がった。
犬に似て荒々しい呼吸を怒りに震わせながら、声を振り絞る。
「その子をやったのは――お前か!」
■ハーリッツ > 「…………」
避けられ、互いに距離が取られる。
避けた体捌きは大したものだが、吐いた言葉は月並みなものだ。
別に、面白い反応を見たくてこのようなことをしているわけではないが――
「あら。ワタシでない、と言ったら信じてくださるのかしら?」
くぐもった無機質な声。フードが翻る。
ヨキへと向けられた面は、眼も鼻もない血の赤ののっぺらぼうだ。
異能を用いた変装であった。
仮に平時のハーリッツとかつて顔を合わせたことがあったとしても
見破ることは少し難しいだろう。
右手にかざしたナイフをわざとらしく指先で弄ぶ。
笑う気配。二人の足元に広がる血の池がこぽりと息づく。
「――結構、美味しかったわよ。
それでどうする。ワタシとお喋りでもしたいのかしら?」
怒りに震えるヨキとは対称的な、嘲弄するような声。