2017/06/09 のログ
ご案内:「廃屋の一室」にヴィルヘルムさんが現れました。
ヴィルヘルム > 噂には尾ひれがついて広がるものとはいえ,彼はあまりにも静かすぎた。
徘徊することも無く,唸り声をあげることも無く,
夜な夜な,孤独と空腹と渇きに襲われながら,苦しい時間と戦っていた。

「………………。」

この場所を訪れる者は殆ど居ない。
だが,そのほうが良いのかもしれない……訪れる者など,殆どが招かれざる客だろうから。

ご案内:「廃屋の一室」に銀髪の少女さんが現れました。
銀髪の少女 > 今日「も」というべきか、招かれざる客が彼の塒に入り込む。
しかし、彼女は様子が尋常ではなかった。

どこか不規則な足音。微かに纏う甘ったるい…覚えのある香り。
そして…

「ゆるさない…ぜったいに、ゆるさない…」

地を這うようにじりじり聞こえてくる、涸れきった、うわごとめいた声。
その声は、彼にも聞き覚えのあるものだろう。

ヴィルヘルム > 「………。」

声ははっきりと耳に届いた。
そしてその声は,確かに聞き覚えのある声だった。
怒りが心の中を埋め尽くすまで,そう時間はかからないだろう。

だが,怪物はあえて息を殺した。
貴女が現れるのを,待つつもりなのだろうか。

銀髪の少女 > 「怪物」の居場所を丁寧に絞り込んでいないのか、彼女はふらふらと廃屋の中を彷徨っている。

「…どこなの…クローデットを奪おうとする、バケモノは…どこなの…」

涸れた声が、怒りに、憎悪に震えているようだった。

ヴィルヘルム > 怒りを必死に抑え,息を殺していた怪物の耳に,思いもよらぬ言葉が飛び込んできた。
クローデットを奪おうとするバケモノ。
そんなものはここには居ない,クローデットと会ってから,もうずいぶんと時間が過ぎている。

「いないよ,そんなバケモノは…!」

冷静さを取り戻したというわけではないが,怪物から,返事が返ってきた。

銀髪の少女 > 声を聞きつけて、ゆらりと、「少女」の首が返事の発せられた方向に向く。

「………そこに、いたの………」

ふらふらとした足取りが、それでも着実に、真っすぐ、「怪物」のいる方向に向かい始めた。
「彼」にはまるで心当たりのないことながら、彼女が探し求めていた「バケモノ」は「彼」のことであるらしい。

「…地の怒りよ…我が敵に、牙を剥け…」

あろう事か、彼女は歩きながら呪文の詠唱を始めた。魔術に集中するせいか、彼女の歩みが不規則さを増し、いかにもたどたどしいものとなる。
「怪物」が息を潜める周辺で、禍々しい魔力が展開し始める…そして、彼女が近づいてくるのに伴って、彼女が身につけた甘ったるい香りも、近づいてくるように感じられるだろう。

ヴィルヘルム > 魔力を嗅覚で感じられるようになったのは大きかった。
展開する魔力にいち早く気づき,そして反射的に動くことができる。

「話の分からない,奴だな……!!」

牙を剥いたのは地の怒りよりも先に,青年の怒りだった。
床を思い切り蹴った巨体は驚くほど俊敏に,貴女に迫るだろう。

「ゴァアァァァアアアァッ!!!」

振り上げた前脚には鋭い爪が,そして広げた口には並んだ牙が。
貴女をめがけて振り下ろされ,そして貴女を捉えようと閉じられる。

銀髪の少女 > 「『大地の牙(クロ・ドゥ・テール)』…!」

呪文が完成し、先ほどまで「獣」がいた辺りに、鋭く尖った岩がいくつも、不規則に隆起する。
しかもそれらは表面に不気味な光沢を宿らせていて…ただ攻撃力「だけ」を備えているのではない、と思わせた。
…もっとも、術式の完成より、「彼」が動く方が早かったのだが。

「………あの子の前でも、「バケモノ」であってくれたら良かったのに………」

涸れた声が、震える声で呟く。
人形めいた、不自然な動きは先日の邂逅と何ら変わりなく、素早い襲撃など避けようがなかった。実際のところ、彼女は避けようとすらしていないだろう。
そして…無表情な、紙のように白い顔の中で異様なまでの憎悪を湛えて輝く赤い瞳は、禍々しい活気を失わないまま、自らの身体に噛み付く「獣」を見据えていた。

確かに彼女めがけて振り下ろしたはずの爪に肉を裂いた感触は訪れず、鋭い牙が並んだ口に血の味が満ちることはなかった。
そこにあったのは、どこか薬品めいた香味と…柔らかい、何とも形の掴みづらい「何か」の感触。おおよそ、ヒトの身体にあるべきものではなかった。

「………風よ、我の守護となり、触れるものを切り刻まん………」

自らの身体から「バケモノ」を振り払うこともせず、彼女は次の呪文の詠唱を始める。
彼女と「バケモノ」の周辺に、禍々しい魔力が広がり始める…。

ヴィルヘルム > あの子の前。そんな場所へは行っていない。
この姿で出会った人間は数名で,その誰もが初対面…そして,それっきりだった。

「………どういうこと?」

貴女の言葉が思考を停滞させただけではない。
彼には,生き物をかみ砕いた経験も,切り裂いた経験もありはしなかった。
だからこそその感触への違和感は限定的なものとなり,それが対応を遅らせる。

「……………!!」

咄嗟に咥えた貴女の身体を放り投げる。
だが,すでに発動された風の刃はその勢いを失う事もなく,怪物を包み込んだ。
身を守るものを何一つ持たぬその巨体は,体中を切り刻まれ,彼の鮮やかな瞳と同じ色の血を流すだろう。

銀髪の少女 > 「『風の鎧(キュイラス・ドゥ・ヴァン)』…!」

「少女」の術式が発動する。自分の周囲に風の刃を舞わせる、攻防一体の術式。どういうわけか、その風は何か焦げ臭い匂いを纏っていた。…「呪詛」の影響だ。
放り投げることである程度距離を取ることに成功はしたものの、判断の遅れにより、発動後の数瞬、巨体は風の刃に多数の切り傷を付けられた。
逃げる術がなかったら、下手な人間の身体は切断まで至ってしまうだろう。恐らく、呪いを受ける前に「彼」が遭遇した血溜まりも、こうして作られたのだ。

そして、「彼」が受けた呪いに紛れ込む「呪詛」と、風の術式に織り込まれた「呪詛」が奇妙な共鳴をし…「怪物」に、覚えのない対話を聞かせる。

《あなたは、元素魔術で十分優秀じゃない…どうして、白魔術も勉強したいなんて言い出したの?》
《だって、壊すのは魔術じゃなくても簡単だけど、治したり癒したりをあっという間にやっちゃうのって、まさに奇跡でしょう?》

《私、お母さんを尊敬してるのよ。少しでも良いから、お母さんのそういうところ、真似出来るようになりたいの》

母と娘の…中年女性と、若い女性と思しき会話。
どちらの声も、「彼」にとっては聞き覚えのあるものだっただろう。そして…若い女性の声は、「彼女」のそれによく似ているようだった。

「………?」

「少女」は受身を取ることもなく無様に床に落ちたが、彼女はまるでその痛みを感じていないようだ。かくかくと、不自然な所作で立ち上がろうとする。その周辺には、まだ風の刃が舞う。
ただ、奇妙な共鳴を感じてか、首を傾げて「獣」の様子を見ている。

ヴィルヘルム > その刃は巨体にも深い傷を負わせるに十分な威力を有していた。
苦痛が怒りを呼び,怒りは理性を破壊してより一層の破壊を呼び覚ます。
…そのはずだったのだが,彼の思考は流れ込む言葉によって遮断される。

それは,己の身体に刻み込まれたような,待ち散らされるが如き無制限の呪詛ではなく,
それどころか,温かみさえ感じさせる,母と子の会話。
…その意味するところを瞬時に理解するのは難しいだろう。
だが少なくとも,聞き覚えのある声同士の会話は,青年に,無制限な破壊を思い留まらせるに十分なものだった。

「…………君は…。」

脇腹から血を流し,わずかにふらつきながらも,彼は巨体を起こした。
紅色の瞳が,怒りに我を失うことなく,貴女をまっすぐに見つめる。
その正体に思い至ったわけではないだろう。
だが少なくとも,貴女をただの“憎むべき相手”だとは思えなくなっていた。