2015/11/16 のログ
ご案内:「ヨキのアトリエ」にヨキさんが現れました。
ヨキ > (独りで眠るには随分と大きなベッドに、斜めに横たわっている。
 床の上へ足を無造作に投げ出して、ぼんやりと天井を見ていた。

 きょう一日、ヨキはいつもと何一つ変わらない日を過ごした。
 朝に出勤し、雑用を済ませ、授業を淀みなくこなし、午後には美術館へ赴いて打ち合わせをし、夜になって帰宅した。
 朝昼と食事を腹に入れたが、今は何も口にする気分にならなかった。
 薄い筋肉に覆われた腹が弱々しい鳴き声を上げる。
 空腹は絶えずヨキを苛むが、どうせ食わずとも死にはしない)

「……………………、」

ご案内:「ヨキのアトリエ」に蓋盛 椎月さんが現れました。
ヨキ > (奥野晴明銀貨の声と手触りが、焼き付いて離れなかった。
 幼い粘膜のうちへ押し入る感触が、どれだけ洗おうとも流れはしない。

 ヨキという人格が普段と変わらない日常を恙なく過ごすのを、
 どこか茫洋として遠い、薄衣一枚を隔てた向こう側から見ているような――
 そんな錯覚ばかりがある。

 今日の夜は長い、と思った)

蓋盛 椎月 > 「ヨキせんせ~失礼しま~す。
 どうもこの間の酒盛りのどさくさでバイクのキー落としちゃったみたいで~。
 探させてくれませんか~?」

アトリエ入り口から、ヨキとは対照的なのんきな養護教諭の声が響く。
落し物をしたとしたら先日の乱痴気騒ぎでわけがわからなくなったときに
ここで落としてしまった可能性が高い、そう考えたのだ。
ヨキが許可するならズンズン上がってくるだろう。

ヨキ > (聞き知った声に、ぱちりと目を大きく開く。
 起き上がってベッドの端に腰掛けるのと、蓋盛が私室へ上がり込んでくるのは同時だった)

「蓋盛……君か。
 なに、バイクの鍵?そんなに大事なものを……
 大変ではないか」

(横になっていたことが一目で知れる、髪の乱れを直す。
 頭を掻き、マットレスから立ち上がる。
 ベッド周りやソファを見渡して、掛け布団やクッションの類を持ち上げてみる)

「何か目印とかないのか?キーホルダーとか」

蓋盛 椎月 > 「最近は健康とガソリン代に気を使っててあんまり乗ってないもんで、
 なかなか気づけなかったんですよ。
 目印? ああ、ありますよ……この髪飾りと似た蜥蜴のキーホルダーが」

すみませんねえ、などと口にしつつへらへらと笑いながら
ヨキと一緒になって家探しを始める。
その途中、はたと気づいたようにヨキを見る。

「……なんだか冴えないご様子ですね。
 ひょっとして風邪でも引かれてました?
 調子悪いなら寝ていてくださっても……」

少し申し訳無さそうに眉を下げた。

ヨキ > 「支障がなくばよいが……ううむ、掃除をしたときには気付かなかったな。
 もう少し隅も探してみるか。トカゲ……蜥蜴のキーホルダー、と」

(常と変わらぬ語調。学内でも挨拶を交わしさえした。
 なのにどうしてだか、今は蓋盛の顔を真っ直ぐに見ることが出来なかった。

 床へ視線を落としたヨキの眼差しは、蓋盛の言う通りに冴えてはいない。
 指摘されて、ぴく、と動きを止める。気遣いの言葉に、慌てて首を振った)

「ああ、いや。風邪ではないぞ、済まんな。
 なんでも、何でも……ないんだ。……」

(ヨキという男は嘘が吐けない。
 『何でもない』そう言い切ってしまうと、余計に気まずくなった。
 蓋盛から顔を背けるように、再びベッドサイドをごそごそと探し始める)

「…………。蓋盛、君。その……
 奥野晴明銀貨と付き合っているという話、本当か」

(気が散って仕方がなかった。
 手を止め、丸めていた背を引き起こして立ち上がり、蓋盛に背を向けたまま口を開く)

蓋盛 椎月 > 「お、ありましたありました。
 器用な隠れ方してたな~……
 すいませんねぇ、手間取らせちゃって」

うんしょとソファを持ち上げて傾けてみると、クッションの隙間から
ポロッと鍵が落ちてきた。
やれやれ……と財布にしまう。

「そう? なんなら看病さしあげても、…………」

口ごもるヨキを半目で見る。……明らかに何か隠していた。

「あれ、ヨキ先生にお話しましたっけ。
 確かに彼とは付き合ってますけど……
 ……彼に何かあったんですか?」

ソファの傍に立ったまま何でもない風に言って、尋ね返す。
……まさか不純交遊について責めるつもりだろうか?
それにしては口調が重すぎる。

ヨキ > (鍵が見つかったらしい様子に、ほっと小さく笑う。
 その笑い方も、普段よりかいくらか力ない。
 銀貨について尋ね返す蓋盛の声に、俯いて額を掻く)

「……そうか、本当か。いや、……本人から聞いたんだ。
 自分が『蓋盛先生の彼氏ということになっている』と。
 それで……」

(沈黙)

「……それで……」

(沈黙。)

「『知りたくなった』と」」

(生徒を愛せよ。二級学生は人に非ず。生徒を食い物にする勿れ。
 一言言葉を重ねるごと、胸のうちに新たな傷が増えてゆくのを感じる)

「……『男を知りたくなった』と、言われて、」

(事実を口にしているだけなのに、生徒を悪者へ追い込んでいくような気がした。
 喉が渇く。額に宛がったままの指先が離れない)

「それで……君と、……『君と寝たヨキがどういうものなのか知りたい』と言われて……
 異能を、……《軍勢》を使われた」

(喉をぐびりと鳴らす)

「動けなかった。最後まで。
 ヨキが悪いんだ。彼の毒に抗えなかった。……止められなかった」

(縫い止められたかのように、いよいよ振り返れなかった。
 最後にか細い声で一言、済まない、と呟いた)

蓋盛 椎月 > ヨキが語りはじめると、心配そうな表情を作りながらも、蓋盛はソファに座る。
その体勢で、なかなか言葉を継ごうとしない彼の口が開くのを、じっと待つ。


……


ヨキが最後に口にした謝罪の言葉が、自分に向けられていることに、
はじめ気が付かなかった。

「はあ」

最初に口から出てきたのは、そんな間抜けな声だった。

「それ……」

“本当なんですか?”そう尋ねようとしてやめた。
ヨキに向ける問いとしてはあまりにも無意味だったことに気づいたからだ。
いつも無意味に羽織っている白衣のポケットをまさぐる。
箱から煙草を一本抜く。落とす。拾う。指に挟む。
吸っていいですかね、と家主を伺う。

「なぜ?」

誰へともない、中空に向けられた言葉。

「あたしのせいでしょうか」

ソファの背もたれに身体を預けて、コンクリートの天井を仰ぐ。
あんまり住みたくない部屋だな、と思った。

ヨキ > (煙草を吸ってもいいかと問われて、どうぞ、と頷いて応える。

 教師と寝ること、二級学生を抱くこと、犯罪者を犯すこと、
 そして『正規の』学生と交わること。
 それらはいずれも同じ性交でありながらにして、
 ヨキの中では厳然たる自制によって区別されていた。

 それが――望まずとして破られた。

 蓋盛に背を向けたまま、徐にマットレスへ腰掛ける。
 空調の整った室内は、肌や喉に不快を齎すことはない。
 だが無機質なコンクリートの壁や天井は、否応なしに冷たく映る)

「…………。君の所為ではない」

(なぜ、という呟きに、ゆっくりと振り返る。
 別に泣いてもいない。眉が下がっている訳でもない。
 それでもその顔は、ひどく落ち込んでいるように見えた)

「……奥野君にも、悪いことをした」