2016/01/17 のログ
■クローデット > しかし、少年が生み出した金属の杭がクローデットの身体に穴を穿つことは無かった。
シャリン…という何か硬いものが砕けるような美しい音とともに、クローデットの目の先10㎝メートルほどのところで金属の杭が全て弾かれたのだ。
弾かれて力を失った金属の杭が、大量に地面に転がる。
「…何故おかしいか、ですか?
あなたが「ぶちょー」と慕うその人物の浅慮により、公安(あたくしたち)に警戒される要因を作っただけでなく…恐らく、内部の人物の離反を招いたからですわ。
………あなた、公安(あたくしたち)が匿名の密告を受け取っていたことはご存知かしら?」
もはや、クローデットはその笑みを隠すことをしなかった。
それでもその表情が品位を落とさないのは、育ちの賜物か、それとも取り繕う技術の卓越か。
少年は、自らの力が通用しない危機的状況よりも、クローデットの語る言葉に動揺したようだった。
『…とくめい?みっこく?
意味分かんねーよ…林ぶちょーのことをそれ以上悪く言うなら、もう許さねーぞ!』
自信なさげな表情を浮かべながら、少年は精一杯吠えた。
■クローデット > ところどころの言葉のたどたどしさから推測は容易だったが…世界から疎外されてきたこの少年は、やはり学に乏しいようだった。
場違いに柔らかく笑んで、クローデットはその哀れな少年に、言葉を噛み砕いて説明してやる。
「…つまり、名前を隠して、こっそり告げ口することです。
あなたの「お仲間」の誰かが、事の大きさに不安になって、公安(あたくしたち)に「ぶちょー」さんの野望を砕いて欲しいと思ったのでしょうね。
…実際、あなた方の「お仲間」の経理…お金の計算をする方が、一斉検挙の際にお姿が見えなくて、今も捜査中ですの。
何か、ご存知ありませんか?」
にっこりと、場違いなほどに華のある笑みで、甘やかな口調で。
少年の首を、見えない真綿で優しく締めるように、問うた。
ご案内:「落第街の路地裏」に東郷月新さんが現れました。
■東郷月新 > いつもの光景。
落第街の路地裏で。屑のような落第生たちが、己の命をかけて下らない生を燃やし尽くす。
いつもの光景でしかなかった。
そこに彼が通りかかったのは、さて、誰にとっての幸で、誰にとっての不幸か。
「おやぁ?」
すたすたと路地裏の奥から歩いてきた男は、公安の少女と少年を見て呑気に声をかける。
「お取り込み中でしたかな?」
■クローデット > 「彼女にも、お話をお聞きしなくてはいけません。
何かご存知のことがおありでしたら、お教え頂けませんか?
「お話」次第では…「表」に、あなたと彼女の「居場所」を提供することも、全くあり得ないではないと思います。
悪いお話では、無いかと思いますよ」
華のような笑顔で、悪魔のような「取引」を持ちかける、人形のような美貌の女性。
『………』
裏切りの可能性へのショックと、「取引」の非対称性を無意識に感じ取った悔しさに、唇を噛み締める少年。
…そこに、乱入者が現れたのだった。
「ええ、取り込み中ですけれど…恐らく、あなたの方が重大な案件ですわね。
………『ロストサイン』の、“殺刃鬼”様」
そう言って、少年などまるで意に介さないように、東郷の方に向き直った。
品のある笑みを、崩さないまま。
■東郷月新 > 「小生も人気者ですなぁ」
とぼけるようにやれやれと溜息をつき。
そして少女と対峙する。
「いかにも、元『ロストサイン』東郷月新。
公安の犬が、このような場所に何の御用で?」
ここは落第街だ。
公安にとっては敵地も同然であろうに。
■クローデット > 「落第街を歩く者が、あなたほどの「悪名」の持ち主を知らない道理はありませんわね?」
にっこりと、どこか愛らしさすら感じさせながら笑みを深める。
どこまでも、この場には不釣り合いだ。
「こんな場に公安委員が出向くとしたら、職務以外あり得ないでしょう。
…他に、説明は必要ですか?」
東郷に魔術の素養があれば、クローデットの身体に内包される魔力が整って巡り始め、戦闘態勢とでもいうべきものに入ったのが分かるだろう。
しかし、表面上は、クローデットはたおやかな態度を崩さない。
…そして、この場で蚊帳の外に追い出されたような状態になりながらも、期を伺っていた人間が1人。
《…今なら…!》
先ほどまで、クローデットに追求されていた少年である。
彼は再び、瞬時に金属の杭を大量に生み出すと、クローデットに向けて放つ。
■東郷月新 > 「職務ですか。いやはや、熱心ですなぁ」
うんうんと頷く。
しかし、という事は……
「となると……小生も、お相手しなくてはいけませんなぁ」
刀に手をかける。
落第街は彼のテリトリー。そうそう易々と手を出されるのも癪だ。
腰の二刀をゆっくり引き抜き、構える。
「さて……ん……?」
ふと目をやれば。
金属の杭を少女に放つ少年の姿。
■クローデット > シャリン…という、ガラスのようなものが粉々に砕けるかのような美しい音がその場に響くと、杭の雨が力なく血に落ちる。
少年の放った杭は、またもクローデットに届くことがなかった。
クローデットは、感情のこもらない瞳で少年を横目で見ると、
「大地よ、我が敵の動きを封ずる枷となれ…『泥の足枷(アトラーヴ・ドゥ・ブー)』」
そう、静かに唱える。
…と、少年の足下が、粘性の高い泥の沼と化した。
『わ、うわっ!』
少年は腰までたっぷり泥の沼に浸かってしまった。
一生懸命抜け出そうとしているが、泥の粘性の高さ故、しばらくは時間がかかることだろう。
「………余計な邪魔が入りましたわね」
そう言って東郷の方に向き直ると、再び品のある笑みを浮かべてみせた。
■東郷月新 > 「いやはや、お子様には刺激が強いですからなぁ」
くくっと笑うと、とんと大地を蹴る。
少女の方へと低く飛ぶように飛びつき――
その二刀。
旋風を巻き起こしながら、少女に振るわれる。
縦に一刀、横薙ぎに一刀。
その命を刈り取るべく。
「ここからは、大人の時間(コロシアイ)ですからなぁ!」
■クローデット > 「…あら、あたくしは彼の「覚悟」は評価しておりましてよ?」
口元に笑みを湛えてそう言いながら、わずかに後ろに跳ぶ。
攻撃方法が単純過ぎる面制圧なのでお話しにならないが、憎悪で満ちた瞳を向けて来る少年は、本気で自分を殺す気なのだとクローデットは思っていた。
…ただ、攻撃方法も、威力も。クローデットを殺すためにはお話しにならないほど水準が低いだけで。
クローデットの跳躍は服装の割には身軽だが、東郷の踏み込みには遠く及ばない。
東郷の斬撃に、華奢なその身体は無惨に切り裂かれるかと思われたが…
「…あたくし、「対等な」仕合には慣れておりませんのよ」
シャリン…と、先ほどの少年の攻撃を防いだのとよく似た音がする。
確かに斬撃が彼女の身体を通過したはずなのに、そこに肉を斬る手応えはなく。
クローデットは、無傷でそこにあった。
「…お手柔らかに、お願いしますわね」
そう言って花のほころぶような柔らかい笑みを浮かべると、再び魔力を練る。
「地の怒りよ、我が敵に牙を剥け…『大地の牙(クロ・ドゥ・テール)』!」
女性らしい綺麗な声でそう高らかに唱えると、クローデットの周辺の地面から鋭く尖った岩が円状に展開し、外向きに鋭く突き出された。
まっすぐクローデットに飛び込んできていたのならば、人体を貫くかもしれない勢いだ。
■東郷月新 > 「いやはや、相変わらず……」
地面から生える岩の塊を足で蹴り、飛び跳ねる。
重い刀を軽々と持ち上げながら、次々と岩塊を足場にし、一度着地。
「公安の犬は、かくし芸が上手ですなぁ!」
そして再び大地を蹴り。
岩塊をよけながら少女へと向かう。
次は大地を擦る低い斬撃。
「次はこれでいかがかな?」
■クローデット > 「…魔術と、言って下さいませんこと?」
口元の笑みはそのままに、わずかに剣呑さを匂わせながら目を細める。
岩を避ける動きの線から、よほどのことが無ければ攻撃は下から来るだろう、もし読みが外れても「まだ」防御術式で受けられる…そう踏んだクローデットは
「『浮遊(フロッテゾン)』」
そう唱えて、ふわりと宙に「浮かび上がった」。
そうして、間一髪、東郷の斬撃のわずかに外側に逃れる。
そして、上から傲然と東郷を見下ろし…
「鋼よ、その質量によりて我が敵を圧し潰せ…『鋼の大槌(マッス・ドゥ・アシエ)』!」
東郷の頭上に、巨大な金属塊を出現させると…東郷の周辺の岩塊ごと砕くつもりかのような勢いで、その巨大で重厚な物質を、東郷めがけて墜とす。
■東郷月新 > 「ふむ……」
圧倒的な重さを持つ鉄塊。
死を招くそれを見ても、東郷はちっとも慌てず。
「――っ!」
無造作に二刀を力一杯たたきつけ。
そしてその瞬間、二刀を「極限まで重くする」。
重さで鉄塊の軌道をずらし、そこに立つ東郷。
「なかなか骨が折れますなぁ」
こきこきと肩を鳴らし
■クローデット > 力技で、あの金属塊の軌道を「ずらす」。
その人間離れした荒業に、少女めいて大きく目を瞬かせると、楽しげに笑んだ。
「…なるほど、それが元ロストサインのマスターの実力ですか。
まさか、力技で何とかしてしまうとは思いませんでしたわ」
そうして、随分離れた場所にふわりと降り立つ。
「風よ、我の守護となり触れるものを切り刻まん…『風の鎧(キュイラス・ドゥ・ヴァン)』」
静かにそう唱えると、クローデットの周囲、半径3メートルほどの空間に風の刃が荒れ狂う、「風の壁」が出来上がる。
実際のところ、東郷のようにぼやくことこそ無いが、防御面でいえば、クローデットにはさほど余裕が無かった。
東郷の剣閃はあまりにも速く、軌道を絞り込むことなしに逃れることは不可能だ。
そして、今の力技が示した通り、その斬撃は重い。クローデットは相当な強度の物理防御術式を「装備」している状態だが、それでも、数回受けたら危ない。
…そして、防御術式が剥がれたクローデットは、防御面では一般的な華奢な女性と等しい存在なのだ。
この風の刃の壁は、防御を厚くし直す準備のための、時間稼ぎである。
■東郷月新 > 「いやいや、小生、力技以外にとりえがありませんでなぁ」
実際、東郷の剣は正面突破以外にとことん向かない。
昔は組織の力やら構成員、またさゆりなどを使ってその側面を補っていたが、生憎今は孤高の身。まったくつぶしが利かない状態だ。
「さて――!」
と、なれば、常に先手を取って動くしかない。
東郷は再び地を蹴ると、風の壁へと向かう。
「む――」
風の刃が東郷を刻む。なんとか大多数は避けているものの、避けきる事は不可能。
しかし、それでも東郷は少女へと向かう。次の斬撃に、まるで全てをかけるかのように。
■クローデット > 「…そのようですわね。
あなたほど「人斬り」として名を馳せていらっしゃるのであれば、もう少し身のこなしに訴えるものかと思っておりましたが」
艶やかながらも、冷たい微笑を浮かべる。
風の刃の壁を強引に突破しようとすれば、東郷とてただでは済まない。
そこをあえて突っ切ってくるということは、短期決戦を狙っているということだ。斬撃の重さは、今までとは比べ物にならないだろう。
…まだ、自宅の魔具庫には物理防御術式を展開させられる使い捨ての護符がたくさんあるはずだ。
虚勢を張った笑顔の裏…出来れば複数掴むつもりで、クローデットはポシェットに手を突っ込み、素早く取り出す。
その手には、謎の模様が描かれた護符が2枚。
魔術を幅広く嗜む者であれば、それが複数種の術式を組み合わせて高い物理防御の効果を持った術式を展開出来るようにしたものだと分かるのだが。
「…我ら人たる者にもたらされし原初の火よ…」
その傍ら、勝負を決めるための大規模攻撃魔術の詠唱を始めるのを忘れない。
(…「情報源」は死なせてしまうかもしれませんが…やむを得ませんわね)
■東郷月新 > 風の刃を突っ切ったせいで、身体は切り傷だらけだ。
だが、東郷は嗤っている。
肉食獣の笑みを浮かべた東郷は、少女に向かい一文字に斬りつける。
「――生憎、こういう生き方しかできませなんでなぁ」
魔術師相手は長期戦は不利。
己の間合いまで詰め、一気に叩く他は無い。
何をしてこようとも、どんな術式がこようとも。
ただ、穿ち、食い破る。
「――――!」
そのあまりにも大振りな一撃を、叩きつけるように少女へと振るい
■クローデット > 「我らに文明をもたらし、力を与えた偉大なる熱よ…ー!」
護符を自分の身体の前に差し出したまま…クローデットは、今度は避けるそぶりを見せなかった。
防御は魔具に任せ、自分は東郷を殺すための攻撃魔術に賭けているのだ。
ガシャーン、と、東郷の大振りな斬撃に伴って、大きなシャンデリアが床に落ちたかのような派手な音が響く。クローデットが手に持っていた護符二枚が、塵となって消えた。
…それでも、クローデットはかろうじて傷を負うこと無く、そこに立っている。
「その力を以て、我が敵に大いなる災厄を与えよ…『黎明の噴火(エリュプシオン・ドゥ・オブ)!』」
あまりにも大振りな一撃が振るい終わったまさにその瞬間、クローデットの詠唱が終わった。
そこから始まったのは、まさに「災厄」の名に相応しい光景だった。
クローデットと東郷の狭間で、勢い良く熱が弾ける。
そこから、溶岩が勢い良く吹き出し、流れ出したのだ。
熱を持った塵が、熱い石が、勢いよく周囲に降り注ぐ。
『う、うわあ…!』
泥の沼にはまって身動きが取れなくなっていた少年は、勢い良く降ってきた噴石に身体を数カ所射抜かれ、ほとんど痛みを感じる間もなく息絶えた。
クローデットが今まで消耗していたのは、異能の防御魔術と、物理攻撃に対する防御魔術だ。
クローデット自身は、「噴火」の真正面にいながらも、自身が持つ魔術耐性と、魔術防御術式の魔具で、かろうじて熱を防いでいるようである。
■東郷月新 > 「む……!」
食い破りはしたが、残念、届かなかった。
と、なると……
「お、とと、とぉっ!」
万策尽きた。
後は撤退するしかないが……
「とぉ、おぉぉぉっ!?」
かろうじて溶岩を避けるも、噴石を全ては避けられない。
憐れ東郷は噴石に吹き飛ばされる。
――それでも致命傷は避けているのが、この男たる所以なのだが。
こうしてまたも東郷は完敗を喫する。
次の日、ぼやきながら包帯を巻いた東郷が歩き回っているのは、この光景を目にすれば奇跡としか思えないだろう。
ご案内:「落第街の路地裏」から東郷月新さんが去りました。
■クローデット > ロストサインの情報も諦め、自身の生存を最優先として、東郷を殺すつもりで放った大魔術。
…しかし…"殺刃鬼"は吹き飛ばされながらも致命傷を避け、逃げ出してしまった。
「………」
その場に、生きている者はクローデットだけとなった。
落胆の表情を隠さずに、通信端末を手に取る。
「…申しわけありません、「カタプレキシー」の残党と遭遇したのですが…その場に、元ロストサインの"殺刃鬼"が現れまして…。
抵抗の過程で残党を死なせてしまった上、"殺刃鬼"にも逃げられてしまいました」
通信先で、どよめきが起こる。
一般委員がロストサインの元マスターと単独で交戦して、生存しているだけでもとんでもないことなのだ。
「…残党ですか?…残念ながら原型は少々怪しいですが…死体は現場に残っておりますわ。
…現場の調査にいらっしゃいますか?それでしたら、魔術に耐性のある人員か、あるいは魔術防御装備を用意していらして下さい。
………現場は、惨憺たる有様となってしまいましたので」
通信先のどよめきを意に介さず、淡々と報告する。…無論、「惨憺たる有様」にしたのは自分自身なのだが。
術式の展開自体は止めたものの、現場では噴石等がくすぶり、まだ溶岩がぶすぶすと音を立てながら、わずかに広がりつつあった。
そして、溶岩の端には…身体のあちこちに穴を開け、高熱に曝されて干涸び、変色した少年「だったもの」。
(…あのような存在と交戦するには、まだ防御術式が足りませんか)
元の物理防御術式が完全に枯渇し、魔具庫から「引き出した」護符も、最後の一撃を受け止めるのがせいぜいだった。
おまけに、最後の大魔術でかなり魔力も消耗している。
(…精進しなければなりませんわね)
調査人員が来るまでは、溶岩がある種の防壁として機能してくれた。
調査役に現場を引き継ぐと、クローデットは疲れを露にした様子でその場を後にした。
ご案内:「落第街の路地裏」からクローデットさんが去りました。