2016/06/19 のログ
ご案内:「ヨキのアトリエ」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 午後、まだ日も高い時刻。研究区のとある街路に、野菜をトマトで煮込む香りが漂っている。
休日のうちにおかずを作り貯めておくことにしているヨキが、大きな寸胴でラタトゥイユを仕込んでいた。

軒先には表札代わりの、異能で作った鉄の風鈴が涼やかに揺れている。
黒いデスクトップパソコンから気に入りのインターネット・ラジオを流しっぱなしにして、鼻歌交じりに鍋の味見をしている。

金工作家として居所の所在地を一般に公開しているこの家は、その気になれば誰でも簡単に訪ねることが出来る。
今日は人が訪ねてくる予定もなく、買い出しも午前のうちに済ませた。

これといって用事のない日曜は、何とものんびりした時間が流れている。

ヨキ > 「うん。美味い。さすがヨキ」

独り言だ。
トマトでくったりと煮込まれた色とりどりの夏野菜を、手際よくタッパーに小分けしてゆく。
ジッパー付きの保存袋で冷凍する分も抜かりなく、独りきりのくせどうもウキウキしているように見える。

料理道具はどれも長く使うことを見越して買ったものらしく、使い込まれた今もぴかぴかの現役だ。
雑貨のひとつひとつまでヨキの好みで選んで作り上げた空間は、何とも居心地のよいものらしい。

だがその一方で、あまりにも整いすぎた空間は、まるで作られたセットのような雰囲気さえ漂っている。
よく言えばセンスに溢れ、悪く言えば鼻につく。洒落ているようでいて、なぜか生活感に欠けている。
そういう部屋だ。

ヨキ > 傍らで作っていた副菜も一通り完成して、一息つく。
今週分の食事は、これでひとまず安泰といったところ。
とは言えヨキの腹が到底満腹になることなどなく、ただ一時の味わいを楽しむだけなのだが。

料理道具の類をちゃっちゃと洗って、流しの水気を取っておく。
小洒落た空間の割に水回りがそう広くない点で、この建物が元は住居用ではないことが見て取れる。

やることをやってから遊ぶ、というよく出来た夏休みの小学生のようなマメさで、漸く身体が空いた。
冷ます間の料理はとりあえず小脇に置いておいて、腕をぐるぐる回しながらパソコンへ向かう。
まずはメールと、SNSのチェックだ。開け放した窓から、晴れた午後の風が吹き込んでいる。

ご案内:「ヨキのアトリエ」に蘆 迅鯨さんが現れました。
蘆 迅鯨 > 手に持った携帯端末に表示された住所を頼りに、研究区の通りを歩いてきた一人の少女。

「(えェーと……ココだっけか)」

目当ての建物の前で、再び端末に目を遣る。
間違いがないことを確認した上で、軽くノックをし。

「せんせ、居るか?俺だよ。迅鯨だ」

そんな風に名乗りを上げる。

ヨキ > 扉を叩く音に、マウスを動かす手を止めて振り返る。
玄関先まで出ていって、迅鯨を出迎えた。

「おや……蘆君ではないか。よく来たな」

笑って出迎えるヨキの服装は、学内での拘束衣めいたローブ姿よりも随分とカジュアルだ。
入れ入れ、と迅鯨を招き入れると、まずは作業場がある。

鉄の鱗のようなパーツで形づくられた製作途中の女の像や、裏返しに壁に立て掛けられたキャンバス。
たくさんの工具や画材が、ヨキらしく整然と保管されている。

「珍しいな、ここを訪ねてくるなんて。何か話したいことでもあったか?」

話しながら、奥の私室へ向かう。
扉のない二部屋は、透けた藍染めの暖簾で区切られている。

蘆 迅鯨 > 「邪魔するぜ」

そう言って作業場に足を踏み入れると、まずは周囲の様子を眺めつつ、
時折興味深そうに作品のほうへ目を向けながら、ヨキの隣について歩かんとする。
思えば、彼の私服姿というのは迅鯨にとっては珍しい。
そして尋ねられれば、迅鯨は自身よりもはるかに背の高いヨキの顔を見上げつつ、言葉を紡ぎ出す。

「……実はさ、せんせ。この前、話してなかった事があんだけどよ」

しばし間をおいて、続ける。

「俺一人で考えてても……どうにもならねェみてェなんだ。だから……ちょっと、聞いてくんねェかな」

そう言って、迅鯨はどこか憂いを帯びたような表情を見せた。