2016/07/25 のログ
ご案内:「歓楽街の奥」にヨキさんが現れました。
ヨキ > まだ日の高い午後、歓楽街のゲームセンターで少年らとともに遊びに興じるヨキの姿がある。

「ハッハァーーーーッ!」

格闘ゲームの筐体の前に座り、両手の人差し指を高々と突き上げて喜ぶ姿はどう見ても二級学生だ。
ヨキの周りでゲラゲラと愉快げに笑う面々の姿も、あまり素行がよろしいようには見えない。

「今のが泣きの一回であったからな!
 もう次はない!次はないぞ!ヨキの勝ちだ!」

勝敗を決した彼らの間には、挑発もまた冗談で笑い飛ばすほどの気兼ねのなさが漂っていた。

今日は夏休みの初日である。
十も半ばを過ぎた青少年らに向かって“盛り場へは行かないようにしましょう”などと、
無体を説くのはヨキの好むところではない。

“深入りせぬこと”“人に迷惑を掛けぬこと”。
そして“盛り場で遊ぶだけ遊んだら、乱痴気騒ぎを持ち帰って来ないこと”。

それがヨキの指導である。

学生の気持ちを判っていると喜ぶ者があれば、教師失格だと苦い顔をする者もある。
だがヨキが、その教えから外れた夏は一度としてなかった。

ヨキ > ヨキと代わる代わるゲームで遊ぶ少年らは、現役の二級学生である。
元はと言えばヨキの鉄拳制裁で黙らされて、今のゲーム仲間という関係に至っている。

“深入りせぬこと”“人に迷惑を掛けぬこと”“乱痴気騒ぎを持ち帰って来ないこと”。

そしてもう一つ。
“盛り場で万が一のことあらば、すぐにヨキに相談すること”。

指導する内容の是非を置いておくとして、ヨキのその胆力を好く者は好いていた。
その一部が、今ともに遊んでいる彼らという訳だ。

「また強くなったらヨキのところへ来るがいい。
 今日はそろそろ、暇をさせてもらう。
 他にも遊んでやらねばならない者らが多いでなあ」

ヨキ流の芝居がかった口調も、また好き嫌いの分かれるところであろう。
ともかくとして、ヨキはそうしてゲームセンターを後にした。

軒先に降り注ぐ陽光を浴びて、ううん、と大きく伸びをする。
乾いた風が道中を通り抜け、なかなか心地のよい日和である。

夜の住人が塒から出てくるまでには、まだいくらかの猶予があった。

ヨキ > 学生街の方角に背を向けて、広い通りを歩き始める。
ヨキを知る者、知らぬ者、反応はさまざまだ。

立っているだけで威圧感を与える長身であるからして、
警戒させうるむやみな目線は与えないことに決めている。

襟刳りの広い、女よりも生白い首筋をを晒したヨキを見つけた少女が、
センセイ、あれ外しちゃったの、と笑い掛ける。
まあね、夏だし、と短く応えて、手を振り返す。

親しみを含めて交わした柔らかな視線が、背を向けた途端にすいと冷える。
そんなようなものだ。
立ち去るヨキの背後で、少女の影は別の男とすっかりひとつになってしまった。

ヨキ > 西日が強まりゆく時間帯、足元に落ちる影はいよいよ色濃い。
もうすぐ決死の一戦に立ち向かわねばならぬ状況が、嘘のようだ、と思う。

裏を返せば、影の薄まる気配のないことが、自分の生き延びる余地なのだとさえ。
確固たる勝算はひとつもないが、根拠のない希望ならばいくらでもあった。

まるで家に帰るような足取りで、落第街へ向かう。
住人の中には、学園が夏休みに突入したことを知らぬ者も多かろう。

何食わぬ顔をしたヨキが、女物のシャンプーの匂いを薄らと髪に絡めて帰ってくるのは、
その日の夜半のことだった。

ご案内:「歓楽街の奥」からヨキさんが去りました。