2018/07/21 のログ
鈴ヶ森 綾 > 「ええ、そうよ。こんばんは、ラウラ。」

そうなんでもない事のように、学校の廊下ですれ違った時のような気安さで言葉をかける。

「少し待っていてもらえるかしら。後始末があるの。
 ……なんなら、少しの間向こうに行っていると良いわ。」

自分と異なり、激しい動揺を見せる相手。
それを見つめる彼女の表情は、悲しんでいるのか哀れんでいるのか、あるいは申し訳なく思っているのか、判然とはしないもので。

そうして中断させていた捕食を再開する。
地面に横たわる男の身体は見る間に形が崩れ、その端から蜘蛛達がぐずぐずになったそれを啜っていく。
身体だけでなく、身につけた衣服や革靴まで溶かし尽くし、数分と待たずに男の身体はこの世から消えてなくなり、
後には僅かばかりの金属製品とアスファルトの染みだけが残った。

ラウラ・ニューリッキ・ユーティライネン > 「フーッ、フーッ、フーッ……」

口元を覆ったまま、混乱で乱れた呼吸が暗闇に響く。

『こんばんは』
その言葉の響きは不自然なほどいつも彼女が私にしてくれる挨拶そのものだった。
ひとしきり呼吸が落ち着くと、足元に転がった機関銃を拾うためにかがむ。

「いいえ、ここにいます……
 ちゃんと、見ておかなきゃいけない気がするんです……
 約束ですから……」

こちらを気遣っての言葉なのか、向こうに行くことを勧められるが、それを断った。
断って、彼女が捕食する様子を、見ていた。
あっという間に形を失くして、ごく一部の金属を残して消えた男。
その金属と、アスファルトについた染み、そしていまだに立ち込める
血の匂いだけが、彼が存在したことを物語っていた>

鈴ヶ森 綾 > 役目を終え、所在無げに地を這い回っていた蜘蛛達が彼女の身体へ吸い込まれるようにして消えた。
そして最後に自分の顔を一撫でして、顔、特に口元にべったりとこびりついた鮮血の後を消し去ると、それで全て終わった。
顔だけではない。髪や服にいたるまで、先程までの乱行と殺戮の跡は何も残っていなかった。

「……ごめんなさいね、嫌なものを見せてしまって。気分が悪くなったのではない?」

そうして相手に見せるのは、何時も通りの自分。
柔らかな微笑みを浮かべ、ゆったりとした足取りで相手に近づくと、
未だに混乱から完全には立ち直っていないであろう彼女の身体を抱きしめようと腕を伸ばす。

ラウラ・ニューリッキ・ユーティライネン > 「……いい気分では、ないですね……」

気分が優れないのは、死体を見たからではない。
死体なんて、数えきれないほど見てきたし、自分の手で作ってきた。
気分が優れないのは、彼女の本当の姿に対して、理解が足りなかったからだ。
彼女は本当に、人間ではないし、自分とは違って、人間を食う存在だった。

「ごめんなさい、私、甘く考えてた……
 どこかで、私と変わらないものだと思ってた……」

私と変わらない、自分と同じ。
でも、人ではないという共通点はあれど、
彼女と自分は、こんなにも違った存在なのだと痛感したのだ。

腕を伸ばされると、うつむいたまま彼女を強く抱きしめた。
まるですがる様に。>

鈴ヶ森 綾 > 「そう…まぁ、無理もないわ。…それで…。」

一瞬、逃げられるのではないかと思った。
しかし逆に向こうから強く抱きしめられ、自分からもしっかりとその背に腕を回して抱きしめ返したが、そこに安堵はなかった。
だから、告げようとした自分の言葉に逡巡して、一旦言葉を途切れさせてしまう。

「……私のこと…怖くなった?」

その言葉をどうにかして口から搾り出した瞬間は、胸が締め付けられるような思いだった。
先程人間を平然と殺して食った自分が、その一言を口にするだけでこれ程まで怯えている。
相手がうつむいているのを良いことに、思わず自嘲して笑ってしまう。

ラウラ・ニューリッキ・ユーティライネン > 「まだ、わからないです。
 今、私の中に渦巻く気持ちが恐怖なのか、違うものなのか、わからないんです……」

こんな思いをするのは何度目だろう。
もちろん、頭の中でも、気持ちでも、彼女のことは好きだ。
好意と恐怖が同時に存在して、彼女にどうしてほしいのかわからなくなる。
別に人を殺さないでほしいなんて思ってはいないが、
彼女が、本当に人間じゃなくて、その上自分とも違う存在だったことに、
ただ大きな衝撃を受けただけなのだ。そう、自身に言い聞かせる。

「怖いです。でも、何を怖いと思っているのか、自分でもわからなくて……
 安心できるものがどこにもなくて……」>

鈴ヶ森 綾 > 「…言い繕ってもしょうがないから言うけれど。私はずっとこうやって生きてきたの。
 こんな風に人を殺したのも、昨日今日に始まったことじゃない。
 それが受け入れられなくても、貴方を責めはしないわ。離れたくなったなら止めもしない。
 考える時間が必要ならいくらでもあげる。だから、今すぐ答えを出さなくてもいいの。」

掛ける言葉を、何か彼女の不安を取り払えるような言葉を探したが、
結局こんな言葉しか思いつかない。

「ただ一つだけ…私はあなたが好きで、あなたがどんな答えを出してもそれはきっと変わらないわ。」

抱きしめた腕に少しばかり力を込め、それから一呼吸置いてから身体を離そうとする。

ラウラ・ニューリッキ・ユーティライネン > 「それは、わかってます。わかってたつもりでした。
 でも、やっぱり目の前で見ると、本当の綾さんに向き合うと、怖くて……
 好きなのに、どこかで『食べられるんじゃないか?』って、
 綾さんが、彼を殺す前に何をしていたのか、私にもわかります。
 これでも、鼻の利く動物ですから、血の匂い以外に、どんな匂いがあるか。
 好きなのに、綾さんを信頼できてないんです……」

少しずつ、気持ちの整理ができてきた。
そのうえで、彼女の言葉を聞く。
ひとしきり話を聞き終えたところで、頭の中でごちゃごちゃとしていた気持ちを、
言葉にしていく。

口から出てくる言葉は、彼女に対する不信感だった。
あれだけ居場所になると言っていたのに、
いざ本当の姿を目の当たりにして、自身の中に生まれた不信感と、
自己嫌悪に、どうすることもできず、ただすがるだけだった。

「その言葉は、どこまで信じていいんでしょうか……
 私は、このままあなたを好きでいていいんでしょうか……」

こんな時、自身に魔術を使うことができれば。
そんな思いが強くこみあげてくる。
身体を離そうとする彼女を引き留めるように、
彼女の腕をつかんで、声を震わせていた>

鈴ヶ森 綾 > 「今ここで『あなたを決して食べない』と誓うのは簡単だけど…それで貴方は納得できるの?
 そんな事で良いのならそうするけれど。」

それで本当に、彼女が自分に抱いた不信が払拭されるとは到底思えない。
優しい言葉で誤魔化す事も、術を使って信じ込ませる事もしたくない。

「それを決めるのは私ではないわ。
 ……今日はもう、部屋に帰りなさい。一人でも大丈夫?なんなら、お供をつけるけど。」

だから、こんな突き放すような物言いになってしまう。
それは決して自分の本意ではないが、自分にはこんな時に驚くほど何もできないのだと思い知ってしまった。
せめてもの気遣いに、彼女の帰路を案じる程度の事で精一杯だ。

ラウラ・ニューリッキ・ユーティライネン > 「納得……はできないです」

きっと、今はどんな言葉をかけてもらっても、
本心から彼女を信用することはできないだろう。

「ごめんなさい、私、居場所になるって言ったのに……
 怖くなって……」

彼女の言葉に、手の力が抜けてしまう。
彼女の腕をつかむことができなくなると、
自分の弱さと、無責任さに暗い感情がこみあげてきた。

「……いえ、多分ひとりで帰れます。
 考えなきゃいけないことがたくさんできました。
 きっと、あなたがいたら考えがまとまらない……」

彼女からの気遣いを断ってしまう。
断った後で、少し後悔したが、どうしようもない。
目の前に転がる銃をつかんで持ち上げると、
さっきここに走ってくる途中に置いてきたギターケースのもとへと向かう。
自分でも驚くほど、自身の足取りは重かった>

鈴ヶ森 綾 > こくりと小さなうなずきで彼女の言葉に同調する。

「別に、裏切られたとか、そんな風には思っていないわ。だから謝らないで。」

重い足取りで歩み去る彼女。
その後姿に、どれだけ駆け寄っていって抱きしめたくなった事か。

せめてもと、彼女に気づかれないように自分の分身である蜘蛛数匹に落第街を出るまで護衛として後をつけさせた。
断られはしたが、やはり放っておけなかった。
そして自身はと言えば、彼女の姿が見えなくなってからその場を離れ、
一晩中街の何処かを彷徨い、明け方近くに人知れず寮の部屋へと帰った。

ご案内:「落第街の路地裏」からラウラ・ニューリッキ・ユーティライネンさんが去りました。
ご案内:「落第街の路地裏」から鈴ヶ森 綾さんが去りました。