2015/08/22 のログ
ご案内:「保健室のついたてのむこう」に蓋盛 椎月さんが現れました。
蓋盛 椎月 > 教室棟から生徒の消えはじめた時間。
保健室でテーブルを囲むのは養護教諭、蓋盛椎月と
たちばな学級の生徒、星衛智鏡。
智鏡は、蓋盛に身を寄せ、耳元でぼそぼそとささやきかけるようにして何事が告げる。

「そう、じゃあ、水曜日にも一回……と」

テーブルの上のノートに、蓋盛は鉛筆を走らせる。
智鏡の異能、《鏡の悪魔》――その発動記録。

(頻度、増えたな)
ここ数ヶ月で頻度は下がっている……はずだったのだが。
明らかに智鏡の報告は、そのスパンを短くしていた。

蓋盛 椎月 > 智鏡もそれを察したか、もともと陽気とは言いがたい表情をさらに暗くする。
彼女にとっては酷な現実だろうが、これは《鏡の悪魔》に立ち向かうために必要な作業だった。

(情緒不安定になったか……?)

テーブルに肘を付いて、暴走の頻発の原因を探ろうとする。
人間のバイオリズムというのはまさしく波のようなものだ。
先月まで調子が良かったように見えてもいきなりどうしようもなく落ち込む。
人間の調子というのはそれぐらい理不尽だ。

しかし、それで片付けてしまうのはいささか思考停止ではある。

それに――『調子が悪かったから、異能が暴発しました』
ではダメなのだ。
心身がすぐれない時でも、異能は制御できるようにしないといけない。
そうでなくては、いつまでたっても『卒業』は無理だ。

顔を上げ、智鏡へと向き直る。

「《悪魔》ちゃんがどんなことを喋ったか――言えるかい」

より残酷な質問をしているというのは知りながら。

蓋盛 椎月 > …………。

智鏡は石のように押し黙った。
当然だ。
目をそらしたくてたまらない、最も醜い部分について、教えろ、と言っているのだから。

「…………」

ぼそぼそ、と質問する。はいかいいえで応えられるたぐいの。

…………。

それを幾度か繰り返した。

蓋盛 椎月 > 智鏡は、極力口で喋ることをしない。
自分の声を憎んでいるからだ。
それでもそれをせざるを得ない時は、いつも内緒話のように耳元で囁く。
たとえふたりきりしか居ない場であっても、誰にも聴かれることのないように。

「ふむ」

智鏡に投げかけた質問と、その返答。
《鏡の悪魔》の言葉、その輪郭が見える。
正確な内容まではわからないし、知らない方がいい。
プライバシーに係るからだ。

「……」

蓋盛の中で一つの推察が成る。

蓋盛 椎月 > 異能――そのエフェクト、表層的な効果が、本質とは限らない。
当然のような話だが、見落とされがちでもある。
たとえば、『火を操る異能』と、『分子運動を操る異能』。
これらは完全に別のものだが――実際に起こることがどちらも『火が起きる』ことであったなら。
一見して、同じものに見えてしまうだろう。

《鏡の悪魔》はどうか。
記憶や心を読み取り、それを元に罵詈雑言を浴びせる異能。
あの異能は、実際にはどういった現象が起こり、何をしているのか。
どこにその本質があるのか。

蓋盛 椎月 > 「…………」
考えを中断した。
ノートをぱらぱらとめくり、ぱたりと閉じる。

(仮に智鏡が、《鏡の悪魔》の完全な制御に成功できたとして――それで、どうなる?)

鉛のような現実の重みが胸の奥で存在感を示した。

蓋盛 椎月 > …………。

「ん」

智鏡が、蓋盛にひし、とひっついてきた。
甘えるように、顔をすり寄せる。
(また考えに耽ってしまったらしいな)
《悪魔》の到来を予期できた場合、智鏡はこのような行動に走ることがある。
“きもちいいこと”――その忘我の最中には、悪魔は来ない。

片腕で抱き寄せて、もう片方の手で智鏡の長い黒髪を梳く。
「ヨキ先生に手入れしてもらったのか。
 きれいになったね」
微笑みかける。智鏡もかすかに表情を綻ばせた。

蓋盛 椎月 > 二人寄り添って、衝立の向こうのベッドへと向かう。

…………。



(教師は――)
(生徒を抱いてはいけない)
(教師と生徒ではなくなってしまうから)
(そんなことは知っているよ)

(けれどほかにできることがなかった)

蓋盛 椎月 > 薄暗がりのなか、唇が動く。

《愛しているよ》

と女がしわがれた声で嘘をついた。
聖母のような笑みの下で、きらきらと輝く罪をことりことりと重ねていく。

《きみだけをずっと見ている》

ずっと離してあげないよ、と女が老婆のような声で言った。
お外なんて見てはいけない。そこには何もないのだから。

影絵は揺らめき続ける。

ご案内:「保健室のついたてのむこう」から蓋盛 椎月さんが去りました。