2015/12/24 のログ
ご案内:「スラムの奥」にヨキさんが現れました。
ヨキ > (この世のものとは思えぬ巨大な犬だった。
 黒い毛並みを逆立て、冬の冷たい夜気に荒っぽい息を吐き零している。
 犬が息つくたび、その禍々しく大きな口からは金色の焔が立ち上った。
 しかしその灯にはおよそ温度というものがなく、狐火めいてひどく冷たかった。
 焔はすぐに空気に溶けて、暗闇。

 犬の足元には、いくつかの死体が転がっていた。
 二人、あるいは三人。
 噛み千切られ、粉砕された肉塊からは正確な人数さえ判別しがたい。

 ごひゅう、と犬が息を吐く。

 その喉には、大振りのサバイバルナイフが深々と突き立てられていた。
 異能者相手に不覚を取ったのだ。
 犬の喉からばたばたと零れる血は、空気に触れる前から既に赤黒かった。
 血ではなく、もはや鉄そのものの錆びた匂いが、スラムの排水の腐臭と混ざり合う)

ヨキ > (犬のいびつな四本指の前肢が、喉からナイフを引き抜く。
 刀身に絡みついた血と肉とは、朽ちた死体の色をしている。

 生きながらにして、犬は亡者、亡霊そのものであった。

 忌々しげに首を振る。
 ばくりと口を開いて、男らの頭にむしゃぶりつく。
 肉を断つ音、血を啜る音、骨を砕く音が人気のない廃墟の奥に粛々と響いて――

 ふたたび静寂。

 前日の雨を含んだ泥濘が血の匂いを呑んで、あとは犬が一頭きり。
 殺害の残骸を埃や泥もろとも食べ尽くした口が、聞き苦しいおくびを吐き出した)

ヨキ > (犬が踵を返す。

 ぐるり、と身を捩る。
 犬はたちまち金色の焔を纏って――人の姿を取った。

 ヨキだった。

 服の襟元を寛げると、ナイフは胸元から突き上げるように喉を破ったらしい。
 正中線を正確に狙われたのだ。

 立ち並ぶ廃墟の壁に手を突いて、ごぼ、げえ、と血の塊を吐き捨てた。

 屈んだ拍子に、首輪で辛うじて押さえつけられた喉や胸の傷がばくりと開く。
 死人の褪せた血色の肉に交じり――

 くろがねの、鉄鋼の鎖骨が露わになった)

ヨキ > (廃墟の出口から、室内を振り返る。
 元は診療所と思しき、今や調度品は持ち去られ、がらんどうとなるばかりの空間。
 そこにもはや惨劇の余韻はなく、ただヨキひとりが傷ついて膝を突いていた。

 傷口から、ぷちゅ、と小さく泡を噴く音。

 見れば傷はじわじわと、端からその断面を融かし癒着しはじめていた。
 破られた喉は苛立ちに満ちた息を吐き零すばかりで、声が出ない。
 目を伏せる。

 男の肉は、硬くて不味い。
 予定との不調和。無様な負傷――

 ――がつん!

 ハイヒールの踵が、古いリノリウムの床に罅を入れた)

ヨキ > (中指が眼鏡を押し上げる。
 歪んだ笑みを浮かべた口が、ぎりぎりと歯を噛み締めた。
 明日に支障はないはずだが、傷が塞がるまでは動けようもない。

 埃っぽい壁に背をつけ、ずるずると腰を下ろす。
 到底フェイタルな傷にはなりようもないのに、否応なしに撒き散らす血と死臭によっておいそれとは動けない。
 片膝を立てた格好で座り込み、荒げた呼吸を繰り返しながら正面の壁をじっと睨みつけていた。
 真一文字に引き結んだ唇の端に、隠しきれない苛立ちが絶えず滲む)