2016/05/29 のログ
■クローデット > それでも、クローデットは止まらなかった。
相手は小規模で、辛うじてリーダー格の微小ながら粗野なカリスマ性が、辛うじて組織としての体裁を整えているに過ぎない。
それでも、「何者か」の知恵で、彼らが末端として行った「犯罪」の上流は、奇妙に消されている。
(人身に関わる事態が起こっているということは…そこに、質の良くない「情念」が渦巻いているということ。
…それを更に広げて、つなげていくのが…あたくしの「使命」。今度こそ、間違いのないようにしなければ)
頭によぎるのは、イレギュラーな介入が招いた、無様な失態。
今度こそ、確実に、「糸」を掴まなければ。
クローデットは逸る気持ちを抑え…戸をノックした。
「失礼致します、公安委員会の者ですが」
■クローデット > なお、相手の返事は待たずに、鍵の仕組みを魔術で解析して、そのまま魔術でこじ開ける。
それなら何故馬鹿正直にノックをして名乗るのか、と叱責する同僚もいるかもしれない。しかし、今回クローデットが試そうとしている魔術の前段階として、これは必要なことだった。
相手の、動揺を誘うために。
この組織は基本的に人身の略取、隠れた輸送に特化した構成をしていて、まともに戦えるのはリーダー格の青年くらいだろうというのが調査からついた予測だった。
組織の規模から考えて、もし他に戦える者がいたとしても、大した力はないだろうとも。
無論、戦える者はそれ相応の準備をしてクローデットを待ち構えているだろう。
だから、扉を開ける瞬間から、クローデットは本命の術式の構成に入っていた。
「汝らの卑小な心に報いあれ…」
範囲は、根拠地内の自分以外の人間全部を想定する。
だから、範囲を広げるために詠唱を重ねた。
扉を開け、その次の瞬間にこう唱える。
「自らの猜疑の幻影の声を聞け、『猜疑の反響(エコー・ドゥ・メフィヤンス)』!」
扉を開けた瞬間の、異能や武装による干渉は、防御術式が軽く受け止めきった。
そして、クローデットの、「精神干渉」の魔術が発動する。
■クローデット > 真っ先にクローデットに向けて攻撃目的で異能を用いた、下品ながらも金のかかった身なりをした逞しい青年は、クローデットの術式が完成したと見て身構えていたが…自身の身に何も起こらなかったのを確認して、せせら笑う。
『なんだ、何も起こらねぇじゃねーか。脅かしやがって。
俺の異能も何か手品で防いだみてーだが、そう何度も同じ手は…』
そう、不敵に喋るリーダー格の声を遮ったのは、一発の銃声と、それを弾く不可視の障壁が砕ける音。
銃を発砲したのは、違反部活のメンバーの1人。
銃弾を弾いたのは、クローデットが発動させた物理防御魔術の防壁。
ただし…その銃口が向けられていたのは、リーダー格の男その人だった。
■クローデット > 『あ…あ……』
銃を発砲したメンバーの少女は、最初の時点で血の気が引いていた顔を、更に青くする。
目の、焦点が合っていない。
クローデットの発動した「術式」が、上手く効いてしまったのだろう。
『…い、いや…!』
リーダー格の青年の視線を一身に受けたその少女は…耳を両手で塞ぎながら、一目散に根城から逃げ出して行った。
■クローデット > 少女に釣られるかのように、他のメンバーも何人か、「耳を塞ぐようにしながら」根城を出て行く。
この場に残っている者もいるが、リーダー格を除いては完全に戦意を失っている。
耳を塞ぎ、頭を抱えるようにしてその場にうずくまっている者ばかりだ。
周囲の有様と、自らの身に何も起きていないギャップで…青年の瞳に、初めて動揺が走る。
『…これは、一体…!
てめえ、何しやがった!』
青年が、クローデットに向けて吠える。
「…やはり、あなたには効きませんでしたわね。
だからこそ…彼らには、必要以上に効いてしまったのでしょうけれど」
くすくすと笑いながら、クローデットは青年に歩み寄る。
『…くそっ、舐めやがって!』
青年の、異能による雷撃が何度もクローデットを襲うが…動揺で単調になった、練られていない攻撃が、クローデットに届くことはない。
■クローデット > 動揺が、更に青年の観察眼を鈍らせる。
彼は、クローデットが更なる術式のために魔力を練っていることにまるで気付かなかった。
「大地よ、我が敵の動きを封ずる枷となれ…『泥の足枷(アトラーヴ・ドゥ・ブー)』」
『うわっ!?』
相手は、異能はもちろん肉体的にも逞しい青年である。
クローデットは、青年の身体を、肩まで泥の沼に沈めてしまった。
こうなれば、多少腕が出ていようとも、可動域が制限されてまともに抵抗することは出来ない。
クローデットは、丁寧に青年の心を折りにかかっていた。
単純な力の差ではない…更なる、屈辱を与えようと。
■クローデット > 沈んだ青年の耳に口を寄せるように、クローデットも身を屈めた。
人形めいて整った美貌の持ち主が、艶のある微笑を湛えて身を屈める様は妖艶と言えなくもないかもしれないが、そんな感慨を持つ余裕のある人間はこの場に存在していなかった。
クローデットは、青年の耳元で囁く。
「彼らには、「彼らのイメージする」あなたの心の声を聞いて頂きましたのよ。
…彼らが、あなたを心から信頼していればこんなことにはなりませんでしたのに」
『………マジかよ………』
青年の瞳から、顔から、粗野ながらも溢れていた生気が失われていく。
もっとも、予想された事態ではあった。
人身の略取のような犯罪を隠れて行おうとする場合、小心者だったり、疑い深かったりすることが成就にプラスに働くことは多い。
しかし、そういった人材だけでは組織としてまとまるのは難しい。そこに丁度はまったのが、この男なのだ。
微小の、粗野なカリスマ。小規模な犯罪組織をまとめるのには、うってつけの人物。
しかし、小心者を、疑り深い者達をまとめるために、粗野な者がどんなことをしでかすか。
そして、まとめられていた者達が、その野蛮さをどのように受け止めていたか。
■クローデット > 『猜疑の反響(エコー・ドゥ・メフィヤンス)』について、クローデットが青年にした説明はいささか正確さを欠いている。
この術式は、術にかかった者が「疑われている」「嫌われている」「見下されている」などなど、「自分に対して負の感情を持っているだろう」と推測する人物の、「術にかかった者が想像する」「負の感情の言葉」を幻聴させる形の術式なのだ。
図太い者にはまるで効果を発揮しないが、小心者、疑り深い者に覿面に効く精神干渉術式で、効果的な相手の暴力的性向が弱いからこそ、今のところ禁術とは看做されていない。
そもそも、好んで使う者が少ない。
そして…いくらこの青年が図太かろうと。
この状況を見せられ、もはや敵に効果的な反撃が出来ない状況で。
おまけに、クローデットが囁いた内容を頭で理解すれば…普通の人間の範疇であれば、流石に、揺らぐ。
そう、彼は、「揺らいで」しまった。
■クローデット > 『———!』
声にならない悲鳴をあげて、青年が白目を剥く。
まだ、『猜疑の反響(エコー・ドゥ・メフィヤンス)』は終わっていなかった。
そして、彼が「揺らいだ」瞬間…その術式は、一気に彼の耳を、頭を、心を浸食したのだ。
彼に銃口を向けた少女、逃げ出した者達、そして、この場にうずくまる者達の悲鳴が、一斉に彼の脳内で木霊したことだろう。
彼が完全に正気を失う前に…クローデットが、優しく彼の額に指先を伸ばす。
「魂よ、しばし止まれ…『失神(デファイヤンス)』」
そのまま、白目を剥く形で青年は失神した。
一応、精神の完全な崩壊はしていない…はずだ。
まともに動けなくなった違反部活構成員達をよそに、悠然と無線で外部と連絡を取る。
「ええ…問題無く、制圧完了致しました。
外に逃亡した者と、リーダー格の他にも何名か中に残存しておりますので…連行する係の派遣を要請致します」
無論、外に逃げ出そうとする者がいるのは想定の範囲内で。
だからこそ、周囲にはちゃんと人員配備を要請している。
クローデットがちゃんと「やり過ぎず」成し遂げられるのかの監視も含めて、人員を配備しない理由は上層部にもないのだ。抜け目はない。
■クローデット > そんなわけで、違法部活の根拠地に公安委員達が本格的に立ち入ってくる。
様々な物品を「証拠」として押収し、構成員を引っ立てていく。
それらが一通り終わったところで、クローデットは術式を解いてやる。
今回の目的は「屈服させること」「心を折ること」であって、「発狂させること」ではないのだ。
多少精神を病む者もいるだろうが…証拠と、複数人の証言をすり合わせれば、真実には近づけるだろう。
…彼らは、「話し合い」に「誠実に」応じてくれるだろうから。
こうして、クローデットは「証拠に損傷を与えずに」違反部活の制圧を成し遂げたのだった。
—少なくとも、物理的には。
ご案内:「違反部活根拠地の1つ」からクローデットさんが去りました。