2016/07/19 のログ
ご案内:「クローデットのおもいで:「魔女」の作り方」にクローデットさんが現れました。
クローデット > あるていど大きくなったわたしは、お母さまの工房に入ることをゆるされるようになっていました。

「お母さま、何を作っていらっしゃるのですか?」

ある日、お母さまが作っていらしたのは、おめしものでも、かばんでも、お札でもなく、水みたいなものでした。

『これはね、貧血を…血が足りなくてふらふらするのを治すお薬なのよ』

お母さまは、やさしくせつめいして下さいました。

クローデット > 「血が足りない?…お化けに、とられてしまったものをなおすおくすりですか?」

白まじゅつがよくきく「お化け」の中には、人の血をとってしまうものがいっぱいいると、ひいおばあさまからお聞きしたことがあったので、わたしはそうおたずねしました。

『ううん、そうじゃなくてね…えぇと…』

お母さまは、せつめいになやんでいらっしゃるごようすでした。

クローデット > 『女の人は、赤ちゃんが産めるようになると、時々血が足りなくなっちゃうことがあるのよ。
だから、そういう身体になってもちゃんとお仕事が出来るように…昔から、こういうお薬を作っていたのよ。
…特に、「魔女」って呼ばれた、薬作りの上手な女の魔法使いがね』

『「魔女」は、悩める女の人の味方なのよ』

せつめいをして下さった後、いったん区切ってからそうおっしゃるお母さまは、とてもほこらしげに見えました。
…でも…だからこそ、私は、さみしかったのです。
女の人のためのおくすりを作れるお母さまには…あまり、「みかた」がいませんでしたから。

クローデット > 「…お母さま。女の人には「まじょ」というみかたがいますけれど…
「まじょ」には、みかたはいないのですか?」

わたしは、がまん出来ずにお母さまにたずねてしまいました。
…お母さまは、とても、かなしげにわらって、こうおっしゃいました。

『…味方になってくれる人を…捕まえられたら良かったんだけどね…
もっと、心を捕まえておけば良かった』

それが、だれのことをさしているのか。わたしには、よく分かりました。
お母さまを、おいてきぼりにした人。お母さまを、ささえない、あの人のことだと。

わたしは、とても、かなしかった。

クローデット > 白魔術や簡単な属性魔術、そして、お母様について錬金術や魔具作成を学ぶ傍ら…わたしは、魔法薬学の入門の勉強もしていました。
魔法薬学の入門といっても、実際に魔術的な材料は使いません。ハーブティーのブレンドや、アロマテラピーの精油のブレンドのやり方を学んでいました。
これらであれば、失敗しても香りが残念なことになってしまったりする程度で、大きな被害は出ませんし…何よりそれらは、「悩める女性の味方」という意味で、伝統的な「魔女」の手による魔法薬学と、通ずる点を持っていたためです。

一生懸命勉強に励み…わたしは、前期中等教育に進んで、それに見合った魔術や、関連する学問を学ぶようになっていました。

クローデット > ある日、歴史の授業で、わたし達は、「魔女狩り」について詳しく聞くことになりました。
中世の社会構造の変化に際して、アウトサイダーの女性達…そして、本物の魔術師(当時は今ほど魔術が理論的に突き詰められていなかったので、魔術師の多くはそこまで強力ではなかったのだそうです)が多く犠牲になったと。
そして、本物の魔術師の方でも、女性がより多く犠牲になったと。

わたしは、「なぜ女性の方が多く犠牲になったのか」と尋ねたのですが…先生は、

『まだ大教室で話すのが難しいから…気になった人は個人的に来るか、参考資料を挙げるから調べてみてね。
…でも、あまり気分の良い話じゃないから、覚悟しておいて』

としか、答えてくれませんでした。
幸い、先生が挙げてくれた参考資料は家に蔵書としてありましたので、わたしはそれを読んでみることにしたのです。

クローデット > 家の書架に行くと、そこにはおばあ様がいらっしゃいました。

『あら、クローデット。何か読みたい本があるの?』

お母様や、ひいおばあ様と比べると、どこか冷たいものがあるように感じることも多いおばあ様でしたが…いわゆるお勉強は、分かりやすく丁寧に、筋道立てて教えてくれます。
わたしは、
授業で「魔女狩り」を学んだけれど、女性の方が多く犠牲になった理由までは詳しく説明してもらえなかったこと、
より知りたい人は参考資料などを見てみるようにと言われて、うちにある本が挙げられていたので読もうと思ったことを正直におばあ様にお話しました。

『ああ…確かに、あなたの年頃で、男女共同の教室でやるのは…ちょっと、早いかもね。
距離感も難しい頃だし。
…まあ、だからこそ「知りたい人は個人的に」ってことなんでしょう』

おばあ様は、先生の判断に理解を示されて…それでも、参考資料として挙げられた本を、取って来て下さいました。

『気持ち悪かったら、途中で読むのをやめても良いわ。無理のない範囲で、説明してあげるから』

おばあ様まで念を押されたその意味を…実際に本を開くまで、わたしは理解出来ませんでした。
今となっては、その本に触れた経験はありませんが…当時は、とても恐ろしかったのを覚えています。

クローデット > その本は、「魔女狩り」が行われていた当時に社会にもてはやされた、「魔女狩り」のマニュアルのようなものを記録していました。
悪魔と結びつく妖術の罪深さをあげつらうのはもちろんですが…特に女性と悪魔の結びつきを強く説いており、女性の欲深さ、偽りを、強く非難していました。
そのあげつらい方があまりに極端で、気持ち悪くて…読んでいられなくて、本を閉じてしまいました。

『…どこまで読めた?』

このときは、おばあ様の声がとても優しく感じられたのを覚えています。

「…やたらと、女性をあげつらって、非難するあたりまで…」

『それなら十分ね。
…つまり、そういうことなのよ』

そうして、わたしが顔を上げられるくらい平静を取り戻すと、おばあ様は説明をして下さいました。

クローデット > 『男達は、女達を自分達に都合のいいように分けて支配したがったの。
許し、包み込んでくれる「聖母」と、欲望を受け入れてくれる「娼婦」にね。
どちらの枠にもはまらなかった…はまれなかったのが「魔女」。
…だから、女ばかり殺されたのよ。男にはそんな枠はなかったから、そこまで厳しい世間の審判がなかったんでしょうね』

淡々と語るおばあ様の口の端が、少しだけ…皮肉げに上がりました。

『馬鹿な話よね。女はただの人間だし、まじないを含んだ魔術だってただの技術なのに。
分からないものが恐ろしいなら学べば良いだけなのに、それを受け入れることすら出来なかった…馬鹿なやつら。
あれだけ馬鹿だと、「娼婦」と「魔女」の区別すら怪しかったんじゃないかしらね』

わたしは、疑問に思いました。
「欲望を受け入れる」存在として枠の中にいる「娼婦」と、それからはみ出た「魔女」の区別がつかないなんてこと、あるのでしょうか?
だから、わたしはおばあ様にそう尋ねてみました。

クローデット > 『ええ…物事をまっすぐ見ることが出来る程度に馬鹿じゃないなら、すぐに分かる話なんだけど。
…馬鹿を指摘してもらえない馬鹿って、本当に救いがないわよねぇ』

おばあ様の口から、冷たい笑いがこぼれました。

『人って、自分の悪いところを見ることが凄くつらい生き物なのよ。
だから、自分の悪いところを、相手の問題にしたがるの。これを「投影」って言うわ。

…「娼婦」を必要とする男はね。よく、自分の欲望を相手の欲望ってことにしたがったの。
神の教えに従おうとするなら、そういう欲望は罪だったから。
地域や時代によっても差はあるけど…「娼婦」の地位は、今よりもずっと低かったのよ。
自分のものですらない欲望の、罪を背負わされてね。「使い道」があった分、「魔女」よりはマシだったみたいだけど』

「使い道」という言葉に、わたしが眉をひそめると…おばあ様は、少しだけ、優しく微笑んで下さいました。

『そう、支配されるための「分類」に甘んじては駄目。
私達「魔術師」には、ちゃんと、力があるんだから。

…頑張って、勉強しなさい』

わたしは、おばあ様の激励に、強くうなずきを返したのでした。

クローデット > 後期中等教育を受ける過程で、私はいくつか専門分野を絞りました。
戦う力を得るための、属性魔術。
「救い」をもたらすための、白魔術。
…魔法薬学を専門にするかも迷ったのですが、より応用範囲の広い錬金術と、術式の外付けに便利な魔具作成を学ぶことを優先しました。

…私は、一刻も早く、ひいおばあ様の役に立ちたいと、思うようになっていました。

クローデット > ひいおばあ様の「意志」を正確に受け継ぐためには、ひいおばあ様の扱われる魔術も、同じように学ばなければならないように思っていました。
しかし…白魔術はともかく、精神干渉系の術式は、どうにも上手くいきません。
以前、父に「系統として白魔術と対立するから」という理由で後回しにするように言われてはいましたが…それにしても、という具合でした。
ですから、ひいおばあ様に、注意すべき点などがないか、お尋ねしてみようと思ったのです。
ですが…

『…クローデットは属性魔術を上手に使うから…あんまり、頑張らなくても良いと思うわ。
私は、何かを壊そうと思ったらこれしかなかったから、使っているだけだもの』

ひいおばあ様は、悲しげに首を横に振ります。
しかし、私に扱える属性魔術に、ひいおばあ様が得意とする術系統が劣る等ということがあるのでしょうか。
口には出しませんでしたが…顔に、出ていたのでしょう。
ひいおばあ様が、疑問に答えて下さいました。

クローデット > 『何かを壊すためなら、実際に表から働きかける方が効率が良いのよ。
人の身体には限界があるけれど…心は、魂は、そこまで単純な話じゃないの。
状況を整えないと、難しいことも多いのよ。
状況や相手に合わせた術式を選べば楽にはなるけど…それが上手く出来ない人も多いわ。
私はそんなに辛いと思ったことはないけれど…コツを説明するのは、難しいわ』

「「状況を整える」とは…具体的に、どんなことをなさるのですか?」

私の質問に、ひいおばあ様は、少し困ったように笑われました。

『…あんまり意識してないから、説明しづらいわねぇ…』

それでも、「一般論」としてひいおばあ様が語って下さったところによれば、精神干渉系の魔術は、与えたい影響に近い精神状態に前もって誘導するとか…心を動揺させて、精神干渉の入り込む余地を作ったりして行使するものなのだそうです。

…そこで、私はとあることを思いついたのでした。
「魔女」として…イメージする理想の存在の一人が、ひいおばあ様だったからかもしれません。

「…相手が男性だった場合、「女の武器」も、「状況を整える」のに有効ですか?」

クローデット > 私は、あまり歳の近い異性との付き合いがなく…「女の武器」の使い方も、まだまだ観念的にしか、理解していなかったように思います。
それを感じ取っておられたのでしょう。その時のひいおばあ様は…最初、どこか悲しげな顔をされていました。
…それでも、ひいおばあ様は、柔らかく微笑まれて、

『そうねぇ、面白いかもしれないわねぇ。
私も、若い頃に使えたらやっていたかしら?』

と仰ったのですが…その後、目をしっかりと開かれて…

『…でも、「女の武器」を、相手に都合のいい形で使っては駄目よ。

「女の武器」を「使っている」のか、「使わされている」のか。
「見せている」のか、「見られている」のか。考えながら使いなさい。

優位に立つことを、絶対に忘れないで』

その鬼気迫る表情と、声の重みに。私は、黙って頷くことしか出来ませんでした。

クローデット > それから、数年のときが経ち…あたくしは、今、「敵地」におります。

外で「活動」するようになって、あたくしは笑顔の「武装」を、内と外で表情を使い分けることを、「一線」を引くことを覚えました。
…効果的な、「女の武器」の使い方も。

クローデット > 不慣れな殿方には、笑顔の「武装」だけでも、十分効果的なようです。
「埋没」するためには、随分と「抑制」を迫られることもございます。…刺激したくない、尊敬に値しうる先達がそうであった場合…微笑ましく感じることもございますが、一方で、「武器」としての強度に、戸惑いを覚えることも、ないと言えば偽りになってしまうのでしょう。

…でも、「武器」として十全な効果を発揮したときの喜びもまた、筆舌に尽くし難いものがございました。

クローデット > 最近、愚かな異能者(バケモノ)の男を一人、甚振って差し上げましたの。
どのような生育歴かは存じませんが、女のふりをして、それを隠し通そうとしておりました。
そのように「自我」を定める必然性があってそうしているのであれば、異能者(バケモノ)であろうと、性的少数者としての面は尊重しても良いと思っておりましたのに…

現れたのは、「真実」を見る勇気もない、おまけに性についての視点すら凡庸な…つまらない、若い一人の男でしかありませんでした。

クローデット > 使ったのは、ささやかな肉体接触と、ささやき、そして「女性の魅力を際立たせるように思わせる」効果のある、手製の香水をほんの少し。
「誘惑」に慣れていない反応は見ていて面白かったですけれど…抵抗の言葉が、よりによって「はしたない」だなんて。

きっと、「あの男」にも「娼婦」と「魔女」の区別はつかないのでしょうね。
「自我」がああであるならば、あの装いも、振る舞いも、恐らく本意のものではないのでしょうに。
その抑圧の中で、何かを見出していて、面白い言葉を口にしてくれることを期待していたのに…とても、残念でした。

クローデット > それでも、反応が面白かったので…機会があれば、もうしばし甚振ってみようと思います。
けれど…その結果姿を現すのが、凡庸な「男の出来損ない」でしかないのならば。

「魔女」の「魔女」たる所以を、「魔女」は男のはめる枠になどはまらないということを。
よく、その魂に刻んでやろうと思っております。

ご案内:「クローデットのおもいで:「魔女」の作り方」からクローデットさんが去りました。