2017/07/26 のログ
ご案内:「落第街の奥」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 計画通り、ヨキは標的の男が愛人と睦んでいる最中の寝室を強襲した。
男の息む声とハイヒールが扉を蹴破ったのはほぼ同時。

呆気に取られた男女の顔がこちらへ振り向くより早く、ヨキは三歩目で標的の顔面目掛けて回し蹴りを放った。
男の裸身がけたたましい音を立てて崩れ落ちたが、委員会の手が入ったばかりでこのアパートに寄り付く者のないことは既に把握していた。

身を焦がすような夢心地から現実に引き摺り出された女も、また今夜のヨキの標的である。

『せ、せんせい、どうし、』

嗚咽と過度の緊張に阻まれて、女の声が引き攣る。
ヨキはどうして、と問われたことよりも、この期に及んで先生、と呼ばれたことの方に答えを返した。

「ヨキは最初から、君らの“先生”などではなかったのだろう?」

陰で嘲笑われることにはとうに慣れていたし、表立って追及することはしなかった。
最期にはこうして報復を済ませるのだから。

ヨキ > 人間になって、一撃で頭部を破砕するほどの膂力は失われた。

ものの試しに、男の唇の痕が残る女の首筋に歯を立てたが、人の顎で死肉を噛み千切るのはとても効率が悪い。
死した女への凌辱は辞めなかったが、今のヨキは死体を食わずに灼き払うことに決めていた。

シーツに染みついて乾いた血痕が徐々に黒ずみ、焦げて、やがて穴が開く。
少しの火も立たぬまま、煤と化した布が姿を消してゆく。

作業を終えるまで――否、作業を終えても、流れ出る汗は止まらなかった。
少しの体臭も、汗の一滴さえこの場に残してはならない。

膂力を失った代わり、魔力と人間の色覚はこうした私刑にひどく役に立った。
汚れを浄める手間が省け、飛び散った血を見落とさずに済む。

――事を終えてアパートを後にすると、空は白み始めていた。

人気のない路地を歩く。
喉はからからで、気が立っていた。

かつて、私刑と私情は無縁だった。
けれど今――ヒトの身で振るう暴力は、脈拍と血流と、そして精神の昂ぶりを引き起こさずには居られなかった。

ヨキ > はじめてまともに過ごす夏だった。ヨキは日本の、息が詰まるほどの酷暑を思い知った。

だが朝のうちは過ごしやすく、心地よい風もある。
興奮を鎮めようと、歩きながら大きく深呼吸を繰り返す。
学外で女を抱くのは吝かではないが、むやみに人へ手を上げるのは憚られた。

この界隈には、自動販売機がない。
開いた口から吐き零す息が粘り気を帯びているようで気持ち悪い。

癒えることのない飢餓と渇きには、いくらでも耐えられた。
癒えることを知ってしまったからこそ、それらは耐え難いものとなってしまった。

ヨキ > 殺害の折に嵌めていた手袋を外して、汗ばんだ額を拭う。
匂いには気を使う性分だったが、顔に幾許かの疲れが滲んでいることは否めない。

私刑のたび立てる計画は綿密だ。
一度殺すと決めた相手は、微塵の容赦もなく暴力のもとに断じる。

ヨキではなく、常世学園に対する裏切りこそが罪なのだ。

例外はない。
例外など。

あってはいけなかったのに。

「……………………、」

眉間に薄く皺が寄る。

ヨキ > 首を振る。
真に納得のゆく答えなどない。それは他者との交わりの中でしか昇華が出来ないのだ。

張り付いたトップスの裾を抓んで仰ぎ、服の中へ風を仰ぎ入れる。
水分が取りたい。お腹が空いた。シャワーを浴びたい。何なら一発済ませたい……。

厳粛を是とする学内とは大違いの、放埓な求め。
懊悩を紛れさせるだけの欲望なら、いくらでもあった。