2021/12/18 のログ
ご案内:「第一教室棟 教室」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
師走。字面からして忙しない年の瀬の旧名。
それに反するかのように学園の中は静かだ。

理由は至極単純で、冬季休暇の時期だから。

休暇中も学校に通い、宿題に部活、自主学習に
精を出す生徒も珍しくはない。しかし夜間とも
なればその数も少なくなる。学園に泊まり込む
予定でもなければ、大抵の生徒は帰宅する時間。

……そしてそういう時期、時間でもなければ
なかなか登校出来ない学生も一定数存在する。

他に誰もいない、スペースを自由に使えるはずの
教室で、わざわざ隅っこの席を選んで机に向かう
彼女もその一例。

黛 薫 >  
黛薫は違反学生である。

しかし環境的要因を鑑みて情状酌量の余地有りと
見做され、現在は『復学支援対象』として正規の
学生に戻るための段階を踏んでいる。

復学に必要なのは当人の意欲と反省、復学訓練。
彼女の場合はそれに加えて社会復帰への訓練と
身体、精神両面のケアも。

黛薫の復学を妨げる最大の要因は精神面の不安定。
異能に端を発するストレスに因る対人関係への恐怖、
加えて正規学生時代のトラウマによるパニック症状。

風紀、生活委員の指導の下、復学訓練の試験登校、
及び社会復帰訓練のアルバイトに取り組んだ際は
その悉くの継続に失敗している。

彼女自身それを重く受け止めてか、ここしばらく
復学訓練の申請はしていなかったが……つい最近
また風紀に頭を下げに来た。

黛 薫 >  
黛薫が抱える問題はかなり根深い部類に入る。

校内でパニックを起こして逃走、業務中に錯乱して
暴力行為に及ぶ、どうにか数日続けられたと思えば
鬱症状が発現して無断欠席。

いっそ反省の色もなく『復学の見込みなし』と
切り捨てられれば楽だったのかもしれないが……
彼女は人並みに、下手をすれば並以上に違反への
罪悪感を覚えていたから厄介だ。

自罰感情から自傷行為に及び、違反学生という
身分に強迫的にしがみ付き『当たり前の権利』を
怖がるなどの反応から『見捨てるのは危険』だと
判断されるに至った。

そんな彼女はつい先日、運動機能の大半の喪失と
引き換えに、学生時代のトラウマのきっかけ──
『絶望的な魔術適正の無さ』を克服した。

改善したとまでは言えずとも、過去と比べれば
精神状態も遥かに安定している。

黛 薫 >  
現在は冬季休暇と夜間の人の少なさに託けて
まず登校に慣らす訓練をしているところ。

過去にも何度か同じ内容の訓練が行われているが、
1番上手く行ったときでも1週間ほどで登校拒否。
酷かったときは登校中の緊張で過呼吸を起こして
そのまま学校の代わりに病院に行く羽目になった。

それを思えば、不安と緊張が色濃く見えつつも
パニックも過呼吸も起こさず、自傷の兆しもない
今回は随分上手く行っている方。

教室で一定のタスクをこなしつつ、学内を自由に
歩き回って慣らす。担当の風紀委員は離れた所で
監視しているが、必要に応じて対話や指示を行う。

黛薫の場合『学内で人に出会うこと』に慣れねば
復学は難しいとされているため特に人払いなどは
されていないが、出会った人に危害が及びそうに
なったら風紀委員が割り込む手筈。

黛 薫 >  
与えられたタスクは授業を想定したテキストの記入。
ごく簡単な心理テスト、穴埋め問題のようなものだ。
想定より時間はかかったものの、無事に終了する。

あとは学内を軽く歩き回って、問題がなければ帰宅。

(……大丈夫、大丈夫)

心の中で自分に言い聞かせて扉に手を伸ばす。
──手が上手く動かない。引き戸の取手に手が
かけられない。

黛薫は運動機能を喪失して以降、身体操作の魔術で
それらの機能を代替している。集中力が乱れると
魔術の行使にも支障が出てうまく体が動かなくなる。

かりかりとドアを引っ掻く音がする。

それは自分の動揺と緊張を自覚するには十分で。
焦れば焦るほど身体の制御は上手くいかなくて、
取手に指を掛けて引く、それだけが出来ない。

黛 薫 >  
監視している風紀委員から、助けが必要かとの
通信が入った。身体の不自由さ、自力でどこまで
活動出来るかの試験も兼ねているため、無理なら
無理と言って問題ない。事前にそう説明された。

でも。

(出来なぃヤツだって、思われたらどーしよ)

簡単な動作を人に頼るのは心象が悪くならないか。
自力での活動範囲が狭過ぎたら登校はまだ難しいと
判断されないだろうか。甘えていると思われたら
どうしよう。

事前の説明で『そうならない』と分かっているのに。

被害妄想染みた思考がぐるぐる回り、余計に集中が
保てなくなる。伸ばした手がだらりと垂れ下がって、
見限られる恐怖から無理やりに身体を動かして。

力加減を誤り、乱暴にドアが開く音がした。

ご案内:「第一教室棟 教室」に崩志埜 朔月さんが現れました。
崩志埜 朔月 >  
(あら……こんな時間に電気が?)

冬季休暇の時期、よほど熱心な生徒や補講の類でも無ければ既にカリキュラムも組まれておらず、閑散として然るべき頃。
この時間に使用予定は――あっただろうか。

消し忘れにせよ、気づいたからにはそのままにはできない。
そう思い扉に手をかけようとしたその時

「っ……!?」

やや乱暴な音を立てながらドアはひとりでに開いた。

内側から姿を現したのは一人の少女。
知っている子だ。
直接会うのは初めてだが『復学支援対象』のリストは一通り頭の中に入っているから。
だから――

「……おかえりなさい、黛さん」

安堵とも、感動とも取れぬ心の揺れが小さく微笑みを作った。
――はじめまして。

黛 薫 >  
「っ、あ……!」

やってしまった、怒られる、と思った。

開いたドアの先に居たのは灰色の髪に緑の瞳の
女性。端正な顔立ちは好意的に捉えればクール、
美人と言った趣だが、先の失敗で頭がいっぱいに
なっていた黛薫はキツい印象を覚えてしまった。

(……ご、ごめんな、さ……)

謝罪の言葉を紡ぐように口が動いたが、
渇いて掠れた喉からは声が出てくれなくて。

逆に、優しい言葉をかけられてしまった。

状況が掴めなくて、混乱して、思考が固まって。
監視役の風紀委員からの通信で、目の前の女性が
スクールカウンセラーの教員だと教えてもらった。

「……まだ、復学は……出来て、ねーです。
 今、試験登校で、学園に慣れるよーにって……」

かけられた言葉への感謝を返さなければ、と。
そう思ったのに、口をついて出たのは否定の言葉。

崩志埜 朔月 >  
膝を曲げて、車椅子の上の少女に視線の高さを合わせる。
やってみてから運動音痴の自分にはやや苦しい体勢だと気づいたが、これも生徒のため……

「はじめまして、ですね。
 私はこの学園でカウンセラーをしている、崩志埜といいます」

なるべく、笑顔で。
元よりキツイと言われがちな目元を可能な限り柔らかく見せようと努力しながら、手を差し伸べる。
決して振りかぶるような動作に結び付かないように、ゆったりとした動作で。
握手を、しませんか。

「それでも、しようとしています。
 少しずつ、ゆっくりで構いません。
 私は、私たちは貴方たち生徒の側にいますから」

学校とは、ここはそういう場所ですと穏やかに囁く。
唐突に暴れ出す子も少なくはない中で、否定の言葉ひとつでへこたれる事も無い。
なにより登校しようという意思に、言葉を交わしてくれる事に感謝していた。

黛 薫 >  
初見の印象こそ鋭い目元から怖い人に思えたが、
丁寧に紡がれる言葉と、何より優しい『視線』が
悪い人ではないと教えてくれた。

『対面する相手の手が動く』という行為は
落第街に生きる弱者からすれば警戒すべき物。
振りかぶって殴る予備動作かもしれないし、
武器を取り出そうとしているかもしれない。

しかし、目の前の彼女の手の動きはゆっくりで、
それも何を意図して動かしているかを誤解させず
伝えようとする真摯さが感じられる。

「……ん。あーしのコト、知ってるみたぃですけぉ。
 黛 薫(まゆずみ かおる)です。……違反学生、です。
 宜しくです、ナギシノ……先生?」

気付けば、動揺で制御を失っていた身体操作も
落ち着きを取り戻していた。それを踏まえて尚
手の動きはぎこちなくて、まるで糸で吊られた
人形のよう。

そんな不器用な手で、包むように握手に応じる。
傷だらけで震えも隠せない、小さく弱い手だった。

「……あの、応ぇてから言ぅのもアレっすけぉ。
 その、あーしの手、キレイでもねーですし……
 もし、不快だったら、その。ごめんなさぃ」

崩志埜 朔月 >  
「はい、と言っても他の方からお名前などは少しだけ伝え聞いたくらいです。
 他にも伺っていた事が無い訳ではありませんが、置いておきましょう。
 大切なのは誰かのお話に出てくる貴方では無くて目の前にいる貴方ですから」

実際に、彼女の入学後の成績や今に至る経緯の詳細を心が苦しくなるほどに聞かされていた。
それでも、今ここにその身を向かわせてきた彼女と話すのに、それがどれほどの意味を持つだろう。

お話をしよう。自分には、それくらいしかできないのだから。

小さく不器用に震える手を両手で包む。
ささくれだつような傷の残る少女の手から感じる温もりが感じられるように。
少女の傷ついた手が人の温もりを感じられるように。

「不快だなんて思いません。
 ですから、何も謝らなくて大丈夫です。
 それに、元をつけ忘れていますよ? これから"生徒"に戻るのでしょう」

今はそこに向けての小さな一歩の最中。

黛 薫 >  
『他にも伺っていた/聞いていた内容がある』。
それは不安の種でもあるが、相手の『視線』を
鑑みるに、大した内容ではないのかもしれない。

もし自分の悪い話を知り尽くされていて、
その上でこの態度だったら頭が下がるが。

「……まだ『元』は付ぃてねーですよ。
 付ぃたら嬉しくて、付けるために色々と
 助けてもらってる段階……です、し」

事実、肩書きはまだ『違反学生』である。
とはいえ、復学と社会復帰への意欲はあるし、
今までと比べれば上手く事が運んでいる方。

しかし過去何度も失敗を繰り返したという事実は
書類の上だけでなく黛薫の内心にも陰を落として
いるらしい。意欲と希望、それに反する自信喪失。

不意に折れてしまえばまた荒んだ生活に逆戻りする
危うさは未だ彼女の中で燻っているように見えた。

崩志埜 朔月 >  
助けてもらっている段階。
少し彼女から視線を逸らせば少し離れたところでこちらを見ている風紀委員の姿。
仕事と割り切ってか表情の見えないお目付け役に小さく会釈をする。

「ん、それもそうですね。
 ――でしたら、付けられるように一つお手伝いをお願いしても良いですか?」

そっと、少女の手を包んでいた手を離して柏手を打つ。
不足しているのは自信、成功の経験であるなら、
ほんの些細な事から、始めてみよう。

「もうすぐクリスマスですから私も相談室に小さなもみの木を買ってみたのですが、
 飾りも何もないままで。
 今度買ってきますので飾りつけを手伝っていただけませんか?
 一人でするには大変でして……

 お越し頂くのは貴方がしたいと思ったタイミングで、構いませんので」

ハサミやカッターを使うような複雑な作業は避けて。
フックの付いた飾りを木に吊るすだけ。

お仕事というには些か野暮ったいが、監視役の風紀委員と目の前の少女はどう反応するだろうか。

黛 薫 >  
「……あーし、多分上手に出来ねーですよ。
 身体、あんま動かなぃし。さっきだって、
 ドア開けんのも力加減分かんなくて……」

自信無さげに俯く本人に反して、お目付役の
風紀委員は良いアイデアだと言うように頷いた。

黛薫に成功体験が不足しているという認識は正しい。

小さな成功から体験させて自信を付けさせようと
いう試みもあるにはあったのだが。焦りにも似た
強迫観念から、彼女はなかなか『途中の成功』を
成功と受け取れていなかった。

例えば社会復帰訓練の一環としてアルバイトを
したときも『何日の間続けることができた』と
ポジティブに捉えるのではなく『社会復帰まで
届かなかったから無駄だった』と極端に悪く
考えてしまっていたようだ。

従って、今回は冬季休暇と重なった時期もあり、
過去よりゆっくりのペースで、簡単な内容から
慣らしていく計画。貴女の提案したごく簡単な
タスクは渡りに船だった……と後ほど風紀から
説明が上がってくるだろう。

崩志埜 朔月 >  
「上手にできる事だけが、必要な事ではありませんから。

 あまり動かない手でできたのです。
 貴方は一人でドアをあけられたんです。できたじゃありませんか」

ドアを開ける、歩く、走る。
それらは元々当たり前のようにできた事だったのかもしれない。
できた事が出来ない、それは彼女にとって苦痛だろう。

「上手にできなくても笑ったりしません、呆れたりも、見放したりも。
 そんな事をする方がいたら、私は叱らなくてはいけないんです。
 ――先生ですから」

一足で何もかもが上手くいくような事は無い。
少しずつ、何か一つでも。
出来た事を、出来たのだと伝えよう。

「もうそろそろ下校時刻ですね、暗くなる前に戻れそうですか?
 
 私は普段、第三教室棟の相談室にいます。
 そこでお待ちしていますので、いつでもお越しください」

小さく風紀委員に目配せをしながら腰を上げる。
ビキバキと背骨の鳴る音と、痺れた足を奥歯をかみしめて我慢しながら、笑みを浮かべて。

その日、カウンセラーは一人の少女に出逢った。
相談室のすりガラスの向こう、アロマの香りのその中でノックの音を待っているだろう。

黛 薫 >  
上手に出来たか否かは重要ではない。
大切なのは出来たことを出来たと認めること。

当たり前のようでいて、それを受け入れるのは
案外簡単ではない。誰でも出来ることに関しては
なおさら。

黛薫の不登校は魔術の授業での実技における
初歩の初歩で躓いたのがきっかけだった。

『誰でも出来る内容』を『優等生だった生徒』が
『出来なかった』ために歯車が狂ってしまった。

「えぁ……帰りは、はぃ。大丈夫です」

『認めてくれた』先生に言うべき言葉はきっと
色々あったはずなのだが。明らかにぎこちなく
運動不足を窺わせる──というか、その若さで
その動きの固さは大丈夫なのだろうか?という
腰の上げ方に全部持っていかれてしまって。

遠からず、少なくともクリスマスの前までには
相談室の扉を叩く音が響くことになるのだろう。

ご案内:「第一教室棟 教室」から黛 薫さんが去りました。
ご案内:「第一教室棟 教室」から崩志埜 朔月さんが去りました。