2022/07/05 のログ
ご案内:「第一教室棟 廊下」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
教室棟廊下、自動販売機横のベンチ。

入口からやや離れた教室の近くでは、次の授業が
始まるまでには時間があり、しかし一旦ロビーに
戻って休憩するほどの余裕はないという事態が
しばしば発生する。

そんな半端な空き時間をもてあました学生たちの
要望に応えて作られた、休憩スペースと呼ぶにも
簡素な区画で女子生徒が呆けている。

彼女、黛薫はこの度晴れて正規の学生として
復学を果たした。違反学生では無くなった。

とはいえ前科はあるし、精神も依然として不安定。
あくまで復学支援対象という肩書きはそのままで、
受講可能な授業もオンラインに限られる。

黛 薫 >  
本日学園を訪れたのは、復学と学生証の再発行に
かかる手続き、及びそれらの同意を得る面談の為。

手続きと面談を合わせても午前中には終わる予定
だったのだが、緊張のあまり保健室送りになって
大幅に予定がズレ込み、ようやく全ての予定を
済ませて力尽きた。

まだ大勢の中で授業を受けるのは大変だろうから
やめておこうね、と担当教員から優しくかけられた
言葉が痛い。まあこの有様では確かに無理なのだが。

(しぬほどつかれた……)

お陰でかれこれ1時間ほど魂が抜けっぱなし。

黛 薫 >  
黛薫は魔術によって身体機能を代替しているため、
魔術の行使が出来ないレベルで集中力を切らすと
この通り置物となる。

やっとで身を起こすと、頭をすっきりさせようと
自動販売機で紙コップ入りのコーヒーを購入する。

普段なら迷わず1番安い物を選ぶところだったが、
今日はプチ贅沢と銘打って砂糖と生クリームが
たっぷり入った銘柄。ささやかな自分へのご褒美。

大きな節目だから盛大に散財しても良かったのだが、
貧乏性は相変わらず。ともすれば自分より復学を
喜びそうな同居人がいるので、お祝いはそちらに
任せてしまっても良いのかもしれない。

黛 薫 >  
ぼんやりと窓の外を眺めれば、空はまだ青が目立つ。
日が落ちるのが遅い夏の空模様。普段から人の目を
避けて下を向きがちだから、たまにこうして空を
見上げるとその青さに惹かれがち。

「……夏かぁ」

卑屈で現実的な思考が身に付いている所為で、
今帰ると暑そうだからもう少し日が沈んでから
教室を出よう、と真っ先に考えてしまった。

落第街での暮らしが長かったから、夏といえば
焼けたコンクリートの熱さと喉の渇き、腐臭に
苛まれる季節だというマイナスな印象が強い。

しかし、そろそろそんなネガティブな印象から
脱却して、楽しみを見つけても良いかもしれない。

黛 薫 >  
(夏って何があんだろ。レジャー……海とか?)

考えてはみるものの、引き出しが乏しい。
常世島に来てからは勿論、本土にいた頃だって
レジャーとは無縁な田舎暮らしをしていたし。

朧気な夏の記憶を振り返っても、日光を避けて
本を読みながら畳の上と冷蔵庫の間を往復した
思い出くらいしかない。

強いて外に出た記憶を絞り出すなら、扇風機が
壊れてしまった年、避暑のために近所の川に
足を浸しに行ったような気がする。

(常世島はどこ行ってもそんな気温変わらなそー、
いぁ、そーでもなぃのかな? わっかんねー)

黛 薫 >  
半分くらい飲み終えたコーヒー入りの紙コップ、
上辺を満たす氷を口に含んでばりばり噛み砕く。

紙コップ入りの飲料は缶入りやボトル入りよりは
割安だが、氷でかなり水増しされている気もする。

学園の門戸を叩いて、非才に打ちのめされて、
踏み外して。戻ってくるまでに随分と時間を
かけてしまったような気がする。

意味のない回り道だった、かもしれない。

振り返った道のりを想う思考は自嘲と自虐に満ちて、
しかし……己で受け入れにくくとも、確かに意味は
あったのだと背を押してくれる人たちとの出会いは
紛れもない事実で。

その一点──出会いに恵まれたという点については
胸を張ろうと思う。他人が関わると踏ん張れる辺り、
いつか言われた利他的という言葉も強ち間違っては
いなかったのだろうか。

黛 薫 >  
氷の一片も残さず空になった紙コップを慎重に
ゴミ箱に捨てて、大きく伸びをする。

最近はずっと、消耗するような用事がある日は
車椅子に頼っていた。今日は松葉杖で来ている。

節目に浮かれたほんの気まぐれのようなもの。

今日だけは周りの視線を気にしてでも自分の足で
歩いて部屋まで帰ってみようと思ったのだった。

ご案内:「第一教室棟 廊下」から黛 薫さんが去りました。