2022/10/16 のログ
ご案内:「第一教室棟 教室」に清水千里さんが現れました。
清水千里 >  
「――昨日、アスペクト放射とは密集したEVEであり、
アスペクト放射を発生させている時空間上の存在は強い現実歪曲効果を持つと説明した。
今日はこの説明を一段と発展させて、アスペクト放射の正体に迫っていくとしよう」

「現代奇跡論の研究者は、研究をはじめてすぐ、EVEそのものに質量が存在することに気が付いた。
正確に言えば、極めて密集したEVEには、非常にマクロな物理条件においてでさえ、
大規模な重力レンズ効果が発生することに気が付いた、
――重力レンズ効果とは、極めて質量の高い物体がある時空間上に存在するとき、
その時空間を通過する光の歪曲率に変化が生じるというものだ――
そこで研究者たちは、空間上のEVEの密集率と光の歪曲率の関係を調べた。
そして実に興味深いことに、空間上の輝度分布は、空間上の力学的質量分布と明確な不一致を起こしていた。

そう、感づいている人間もいるだろう、この光を出さずに質量の身が存在する物体
――かつて物理学者が暗黒物質と呼び、長年その正体を追い求めていた質量物体――
それこそがEVEだったのだ」

「密集したEVEはそれ自体が強い重力波を発生させる。
このとき発生する重力波は、通常20世紀の間中人類が観測したあらゆるどの重力波よりもはるかに大きいものだ。
例えば嘗て天文学者は、地球と太陽の距離の4000億倍ある距離から届いた中性子星による重力波を観測しようとしていた。
この時の重力波の変化は、地球では3キロメートルに対し、
僅か1兆分の1かけ10万分の1ミリメートルの伸縮しか生みださない。
即ち大変容の以前、宇宙に存在するEVEの偏りはその程度でしかなかった。
しかし現在、重力波の観測ははるかに簡単な仕事になった。
宇宙上におけるEVEの偏りが、以前よりも遥かに激しいものになったからだ。
勿論、これは大変容の発生と無関係では全くない。
天文学者たちは、今や地球上で発生した重力波変動が1mの長さを1㎜以上変動させることがあることを知っている――
このような莫大な伸縮は、無論のことながら物理法則に自発的対称性の破れをもたらすことになる」

清水千里 >  
「自発的対称性の破れとは何か。

たとえば、ここに丸いテーブルがあると考えてみよう。

テーブルの表面にはその面に垂直な方向に一様な重力がかかっているとする。
そのテーブルの中心に1本の細長い棒を垂直に立てておく。そして、テーブルを回転させる。
この考えているテーブルの表面での力学系は,テーブルの回転に対する対称性をもち,何も特別な方向はない。
しかし,この棒が立っている状態は安定な状態ではない。時間がたつとその棒は倒れてしまう。
棒が倒れた状態では特別な方向が発生し、もはや上記の回転対称性は破れている。
このように、力学の基本方程式は対称性をもつのに、
そこに生じた基底状態の対称性が破れる現象を、自発的対称性の破れという。

ここで言えば、テーブルの回転の強さはEVEの密集度合い、即ちアスペクト放射の強さと反比例している。
強いアスペクト放射は、高速で回転するテーブルの動きを阻害するのだ。
回転を阻害されたテーブルの上の棒は、当然ながらより不安定なものになり、
即ちこの場合、ある時空間上の力学系は不安定なものとなる」


「さて、ここで整理しておこう。
アスペクト放射はEVEの密集によって生じ、それはそれ自体がきわめて強力な重力波を発生させる。
この強力な重力波の変動は、通常の物理法則に自発的対称性の破れをもたらすほど強いので、
古典的なニュートン物理学の法則に全く反した超常的な自然現象がマクロの世界で発生することになる。
これを我々は魔術といい、あるいは異能と呼称している」

清水千里 >  
「ここで前回のエーテル共鳴の種明かしをしよう。

なぜエーテル共鳴と魔術の制御に関係があるのか、
なぜある生命体のアスペクト放射は別の生命体の強力なアスペクト放射によって、
その放射パターンに大きな影響を受けるのか、

今日の講義を理解していれば何となく想像ができるようになっているはずだ。

――我々が魔術と呼ぶものは、極めて大きな重力波変動による自発的対称性の破れの結果生まれたものだった。
丸いテーブルの例えを思い出してみてほしい。
魔術の発現、すなわち自発的対称性の敗れは、丸いテーブルの例えではどのような状態だっただろうか? 

……そう、棒が倒れてしまった状態だ。

ではなぜ棒は倒れるのか、
……そう、アスペクト放射によって動きが阻害されたためにテーブルの回転数が落ち、棒を支える安定が喪われたからだ」


「実は、強いアスペクト放射を発生させている生命体は、
周囲の生命体のアスペクト放射に影響をもたらす――わけではない。あくまで直接には。
アスペクト放射はあくまでもテーブルの回転を遅くする力として働くからだ。

自発的対称性の破れは実際には一定範囲の時空間上で発生するため、
強いアスペクト放射を発生させている生命体の周囲の力学系はより不安定なものになる。
そして当然だが、ある時空間上での力学系が不安定になればなるほど、魔術の制御は難しくなる。

普段弱いアスペクト放射を発生させている周囲の生命体は、この変化に対応できない。
テーブルの回転数は普段よりもかなり低速になっているので、
僅かな量のアスペクト放射の変化が容易にその場の力学系における自発的対称性の破れをもたらす。
コントロールが一層難しくなり、バックラッシュ、いわゆる暴走が発生しやすくなってしまう。
このため間接的に、強いアスペクト放射を発生させている生命体の周囲の生命体のアスペクト放射は、
非常に小さなものとならざるをえない。そうでなければ自らの力を制御できず、自滅してしまうからだ

エーテル共鳴の正体は、高いアスペクト放射の状況下に対応するための、
生命体に備わっている恒常性維持機能なのだ」

清水千里 >  
「さて、ここまで聞いてキミたちは、なぜ人間がEVEを制御できるのかについて疑問に思ったことだろう。

もちろん、EVEは光学的に視認不可能であり、手で触れることもできない。

にもかかわらず、我々は魔術的手段を用いてEVEを制御できるように思える。
しかも、このEVEの制御能力は、明らかに個々人によって有意な差が存在している。

これは一体どういうことなのか?」


「しかしながら、今日のところはここまでにしておこう。
次回の講義では、EVEを制御するための実際的な方法、即ち魔術や異能の正体について迫っていくこととする。
では、本日はこれにて閉講!」

ご案内:「第一教室棟 教室」から清水千里さんが去りました。
ご案内:「第一教室棟 教室」に清水千里さんが現れました。
清水千里 >  
「今日は二コマ連続の授業であることをすっかり忘れていたことをお詫びしよう。
学生諸君に指摘されるまで、すっかり忘れていた。
クッキーと紅茶を後ろのほうに用意したので、疲れたものは取って飲み食いして構わない。
講義のせいで間食を食いそびれたものに対する、私のせめてもの礼儀だ。

さて、講義を始める前に、前回の講義のおさらいをしておこう。
と言っても、ついさっきの話だが……」


「質量を持った光学的に不可視の物質EVEは、密集することで強い重力波をその場に発生させ、
結果としてその場の力学系を不安定な状態に陥らせる。
そしてついには物理法則の自発的対称性の破れを発生させる。
これによって通常のニュートン物理学では説明できない、超常現象が発生することになる。
これが普段、我々が魔術とか異能の行使によってみることのできる超常現象の実際だ」


「ここまでが前回の講義の内容だ。
今回は、どうやって人間がEVEを制御しているのか、
魔術理論あるいは異能と呼ばれるものの実態について迫っていくことにしよう」

清水千里 >  
「さて、前回、我々はあることを学んだ。
大変容以前と以後で、宇宙全体のEVEの偏在性が大きく変化したということだ。

今日では地球上のきわめて多くのEVEが存在しており、
このため多くの人間が魔術であるとか異能であるとかを行使できるようになっている」


「大変容以前は、そうではなかった。魔術や異能を用いるにはある種の才能が必要だった。
それは、EVEが宇宙全体に満遍なく分布していたからであり、その偏りは非常に少なかった。
地球上に存在するEVEの量自体も少なかったのだ。
――そのため重力波観測は大事業で、大変容以前の重力波観測施設は、
非常に小さな重力波の変動を検知できる精密さを要求されていた」


「大変容以降、どうして宇宙全体のEVEの分布が変化したのかについては、
宇宙物理学者や天文学者たちがある程度有力な示唆を我々に与えている。

現在のところ、宇宙全体の大規模構造の推移的変化が転換期に入ったというのが最も有力な仮説だ。
これまで宇宙は膨張を続けていたため、何らかの形で新たにEVEが宇宙全体で新しく生まれていたとしても、
時空間そのものが引き延ばされていく状況ではEVEは時空間の一角に密集することは少なかった。

しかし、研究者たちによれば、とうとう宇宙は縮小を始めたらしい。
いち研究者としては、人間百年しかない寿命の中で、
五十億年の寿命を持つ宇宙の転換期に遭遇したことは驚くべき幸運だと思わなければならないな。
まさかとは思うが、ビッグバンを見たものはこの中にはいないだろう」

清水千里 >  
「ともかく、宇宙全体が縮小を始めたとなれば、話は異なる。

膨らませた風船に黒いマーカーで点を打ち、それを縮めていけばどうなるか。
黒点は小さく、ますます濃くなっていく。EVEも同じだ。
小さな時空間上に大量のEVEが偏在することになる。そして地球――少なくとも太陽系――は、
ちょうどそのEVEが偏在する時空間に当てはまっているらしい」


「我々がEVEを制御できる一因は、
宇宙の歴史的に見て異様なほどのEVEの密集だと考えるのが自然だろう。

しかしながら、逆説的に考えれば、EVEの制御方法は大昔から大して進歩していないともいえる。
大変容以降、制御するためのEVEが増えたことで魔術の行使自体は容易になったものの、
行使するための魔術理論の科学的手法に基づく研究については未だ黎明期と言わざるを得ない。

これまで魔術理論はごくわずかな才能ある人間に秘伝書や口伝の形で伝わってきていて、
系統だって研究する人間はほとんどいなかったからだ。
異能について言えば、ほとんどゼロからのスタートと言ってもいい。

奇跡論の研究者として言わせてもらえれば、現在一般に知られている制御系は既に時代遅れで、
そのうちのいくつかは安全管理上危険だと言わざるを得ない。

事実、今日に至るまで、魔術や異能の取り扱いを間違えることによる暴走事故は、
常世島だけでもいたるところで数えきれないほど発生しているのだ。

そのために私は君たちに、このともすれば危険なEVEの制御について現在分かっている知識を伝えることにしよう。」


「実は、魔術と異能は同一のものなのだ。驚いたかね?
――しかし、ここで驚いているようではいけない。さっきの授業を思い出そう。
超常現象は、その空間の力学系における自発的対称性の破れによってもたらされるのだったね? 

魔術と異能は同じ機序に基づいて超常現象を発現させるという点で同一のものなのだ」

清水千里 >  
「まさにここに、先進的な魔術理論を理解する余地がある。
君たちはすでにその入り口に立っているのだ。

――アスペクト放射の強さによってテーブルの速さが変わり、そしてそれが自発的対称性の破れを誘発する、
ならば、アスペクト放射の強さを自在に変化させることができれば、
意のままに魔術を行使することができるようになるだろう。

既存の魔術理論のほとんどは、
人が元来持ち合わせているアスペクト放射をとにかく強力に増幅することに焦点が置かれている。
これは時空間上に存在するEVEが少なかった大変容以前の時代にはうまくいったが、
EVE自体の量が多くなっている現代においては、制御にあたって周囲の環境への依存度を高め

――強いアスペクト放射体が存在する環境においては、魔術行使者の僅かなアスペクト放射の変動が致命的な暴走をもたらすという前回の講義を思い出そう――

不要な暴走事故を誘発する原因となっている。つまり、状況に応じて自らのアスペクト放射を減少させる手段が必要なのだ」


「これは人間の身体における血糖値とインスリンの関係に似ている。
先史時代、飢餓に陥ることの多かった人類にとって、
体内の血糖値が下がることはすなわち死が近づくことを意味していた。

進化の結果、人間の身体には血糖値を上昇させる体内機構がたくさん備わったが、
血糖値を下降させる体内機構は膵臓から分泌されるインスリンしか存在しない。

皮肉なことに、飽食の現代では飢餓に陥ることはほとんどなくなり、
それ自体は喜ばしいことなのだが、ひとたびインスリンの分泌機構に問題が発生すると、
血糖値が高い状態が長い間続き、――我々はこれを糖尿病と呼んでいるが――
命の危機に陥ることになる。現代の魔術理論は、まさにインスリン注射を必要としているのだ」

清水千里 >  
「では、どのようにアスペクト放射のコントロールを行うのか、
ということについて考えるとしよう。

何度も言っている通り、アスペクト放射の強さは、そのままEVEの密集度合いを示している。
すなわち、EVEの密集度合いをコントロールできれば、
アスペクト放射の強さもコントロールできることになる

――しかし、本当にそんなことが可能なのだろうか?」


「EVEの性質を思い出そう。EVEには重要な性質がある。質量をもつということだ。
――宇宙構造の話を最初にしたのは、諸君に無駄な知識を授けるためじゃないぞ。

EVEの偏在度合いは、宇宙構造の膨張と縮小に関係していた。この点が重要なのだ。

質量を持った物体が自発的に安定的な性質に移行しようとすることを利用するのだ。
もしEVEの密集度合いを下げようとするならば、君は空間を膨張させればいい。
上げようとするなら、その逆だ。

――しかし、どうやって空間を膨張させたり、縮小させようというのだろう? 
君たちはこれに対する答えを既に持っている。

そう、通常の力学系で不可能なことは、"対称性の破れた力学系"でなら可能になるかもしれない。

しかし、魔術を行使するのに魔術が必要とは、何とも奇妙な話に思える
――これは「鶏が先か、卵が先か」という問題なのだろうか?」

清水千里 >  
「断じてそうではない、なぜなら、人間がEVEを制御できる理由、
それは『自然現象としての』"対称性の破れた力学系"のおかげなのだから! 

この発見は、奇跡論研究の重大な成果の一つだ。

古今東西の魔術理論は魔術を効率よく行使する方法については白眉となる部分があるが、
"なぜ人間は魔術を行使できるのか"という点にはさほど気を払ってこなかった。

奇跡論研究は量子物理学の知見からこの点を解き明かした。
すなわち、実は地球上では、"対称性の破れ”は自然現象として頻繁に起きていたのだ。

魔術師はこの破れによる力学系の歪みを利用して、魔術を行使することができていた。
しかしそれがあまりに自然な形で可能だったため、
そして地球上に存在するEVEの量があまりに少なかったため、
彼らはEVEの集積、アスペクト放射の強力さが魔術の強さに直結すると思い込み、
空間の縮小によるEVEの集積のみをもって魔術理論と定義したにすぎなかったのだ。

この誤った考え方は今でも続いていて、
我々はこれを「デカルトの誤り」に倣って「ヘルメス・トリスメギストスの誤り」と呼んでいる。

魔術の強さにとって重要なのはアスペクト放射の強さではなく、
自然現象としての対称性の破れを利用して、空間内のEVE量を適切な量に制御することなのだ」


「ここまで話せば、先端的な魔術理論が何を目指すべきか理解できただろうか。
無論、異能の制御についても全く同じことだ。

学園が魔術や異能の制御を重視するのは、安全上の理由だけではない。
適切な魔術制御は、文字通り魔術の威力を上げることにもつながる。
もう時間だからこの辺で終わるが、今日の話が君たちの学園生活において糧となることを祈ろう。

次回は今回までの講義の内容に対して、いったん質問を募集しようと思う。
質問は手渡しか、それかネットの質問フォームから送ってくれ、それでは!」

ご案内:「第一教室棟 教室」から清水千里さんが去りました。
ご案内:「第一教室棟 教室」に東山 正治さんが現れました。
東山 正治 >  
第一教室棟の一室。
長机に座る生徒の前にはモニターが置かれている。
老若男女、特に心なしか生徒には異邦人のほうが数多く見られる。
モニターに映るのは何とも気だるそうなジャケット姿の教師が映っていた。

『よォ。今日も全員揃ってるみたいじゃねぇの
 勉強熱心だねェ?まァ、それで良い。生徒って言うなら、さ』

『"学ぶ姿勢"だけは崩しちゃならねェからな』

くつくつと喉を鳴らして笑う教師、東山は満足げだった。
東山は非常に多忙な教師だ。公安委員会と教師の二足わらじ。
本来、教師が委員会に所属するのは稀だ。
基本的に、此の学園の運営は生徒達に委ねられている。
教師の役割は飽くまでサポート。東山も例には漏れないが
自ら現場に出ることも少なくない、"変わり者"だ。

故に、彼の担当する法学は此のようにリモート体制を取ることが多い。
今の所出席率はそれなり、らしい。
どことなく安っぽい椅子にもたれかかり、東山は軽く両腕を広げる。

『さて、そんじゃ始めるが……』

東山 正治 >  
『何時も言ってるが、別に俺の授業はサボろうが何しようが構わねェよ?
 出席ってだけで、点数つけてやるのもやぶさかじゃない』

『だがな。使い古された言葉なんだが『法ってのは知ってるやつの味方』なのよ』

どことなくおどけるように首を振る東山。
生徒の中にはまたか、と思っているものもいるかもしれない。
そう、これは東山の授業風景では必ず"お決まり"の始まり方だ。

『特に、そう。異邦人(オマエら)は良く知っておけ。
 俺は異邦人(オマエら)が嫌いだ。勿論、異能者ってのも例外じゃない』

『だからこそ、俺みたいな奴にイジメられないための"知恵"だ。
 即効性があるかはともかく、上手く生きていく為には"必須"とも言って良い』

トントン、と人差し指で自らのコメカミを叩いた。

『自分等の世界じゃァ、腕力の方が正義かもしれねェが、"郷に入れば郷に従え"
 ……要するに、この世界にいる間は必ずコッチのルール守れってコト』

『お前らがそれを遵守し、健やかに生きる限りちゃーんと護ってやるよ?』

『教師として、だがな。それがイヤなら、俺の手がかからない位にはなるんだな』

くつくつと笑う東山。
一貫してその嫌悪感をひた隠しにする気は微塵も無く
この態度に難色を示す人間が多いのも事実ではあるが
同時にそれは、嘘偽りでもなく、また"教師としての立場"を当人が理解している。
安定期に入ったと言えど、此の世界は混迷していると言ってもいい。
数多の人間所か、神だの化け物だのが跳梁跋扈する有様だ。
常に法律は"激動"している。故に東山は
自らの学部において、"異邦人でも生きやすくする知恵"を授ける事にしていた。

東山は、この世の摩訶不思議を嫌悪している。
但し、ルールの内に収まる相手を無下にしない。
既に一線引いた身だが、法とは公正の下にある。
そこにいた東山も例外ではなく、自らの感情はおいて授業に置いては真摯で公正だった。

『さて、それじゃァ今日は……そうだなァ……』

東山 正治 >  
ひとしきりギシギシと背もたれを音を立てればああ、と声を漏らした。

『この前は民法と民事訴訟法について話したしな。
 今日は、過去の判例も兼ねて刑法について話すとするか』

あー、と気だるそうに軽く背伸びをした。
ぽきぽきとなる全身の硬さが嫌に年を感じさせる。

『なーに、ちゃんと俺が請け負った裁判だからさ。
 その辺は安心してよ?作り話じゃないからね。ただ……』

『何度も言うが、お陰様で世界はこのザマ。
 法は常に整備されていくし、飽くまで俺が話すのは日本領土の法律』

『……ひいては、常世学園のルールに則ったものだ。
 もしお前等が卒業して、他の国へ行くって言うなら、気をつけな』

『ま、外の法に関しては次の授業にしとくか。
 詰め込みすぎてもいけねェし、法は暗記だけじゃ意味ねェからな』

ただそのルールを暗記すればいいわけではない。
『何故』『どうして』『こうなるか』と説明できなければ意味がない。
東山が思うに、人を守る法とは"説得力"だ。
法を知るものが、その"説得力"を会得するためにはこの理解がなければ意味がない。
此れもある意味、授業中の口癖であり、やる気が多少なりあれば生徒側も真剣だ。
教師である以上、教えに手を抜くことはない。

さて、と東山が手元のノートパソコンを動かすと
生徒たちのモニターに書類データが出てくる。

東山 正治 >  
【〇〇年 第1765号 殺人、公務執行妨害、過失運転致死傷罪、運転過失建造物損壊罪、傷害被告事件】
・主文
被告人(34歳 地球人)を懲役20年に処す。
未決勾留日数中200日をその刑に算入する。


(罪となるべき事実)
第1 被告人は、〇〇年×月△△日午前11時20分頃
自己の運転する小型竜型搭乗生物(以下「被告人車両」)を約時速300キロメートルまで加速させていたところ
◆◆市g町b番地付近路上(以下、「本件現場」という。)において、通行していたA(当時34歳 地球人)の存在を認識できず
Aに追突。激しい損傷を受け、全身多発骨折及び、多発損傷に基づく外傷性ショックにより死亡。
本件現場における道路、及び周囲に建造物に多大なる破損をもたらした。

第2 
被告人は、同月△△日において、同市〇丁目◆◆◆警察署4階刑事課第4号室のにおいて
前期第1の事件について取り調べを受けた際、同取り調べを担当していた司法巡査S(当時31歳 異邦人)
に対し、被告人車両の名称、及び扱いに不満を述べ、大きく反発。
興奮した被告人が、司法巡査Sに対して、右手拳で1回殴る暴行を加え
もって同巡査の職務の執行を妨害するとともに、前記暴行により
同巡査に加療約1ヶ月を要する右頬骨折、右頬粘膜挫傷の傷害を負わせた。

第3 ~~~~~……。

東山 正治 >  
非常に長い判例文が表示されている。
裁判内容に加え、それこそ事細かに書かれているが
敢えて黒塗りにされていたのが、争点の部分だった。

『勿論コイツは判例だが、今でも法ってのはゴチャゴチャしてる。
 今と比べりゃ、ドラゴン一匹でドライブするのも楽になってるかもな?』

『ま、今と同じ結果になるともわからなし、よりひどくなってるかもしれないってコトよ』

『で、早速だけど三人でも四人でもいい。隣の奴でもいいからグループ作れ』

『……この裁判の争点となった部分を、お前らなりに考えてみな。はい、スタート』

パン、東山が手を叩くと皮切りに、教室はざわめき始める。

東山 正治 >  
雑談と言う雰囲気ではない。
一人一人がキーボードに打ち込みながら
それぞれの法を検索し、知識と知恵を織り交ぜ
理路整然を心掛けるように丁寧に論議を繰り返している。
罪状とその内容はかくも、裁判争点は不明のままだ。
勿論大部分は、被告人の認識や被告人車両の扱い
そして、現在の法と当時の法の違いと照らし合わせ
この判決に至るまでの争点を導き出し、話している。

『…………』

東山はモニターの前で薄ら笑みを浮かべながら眺めていた。
なんだかんだ言っても、生徒の成長を見守っていくのが楽しいものだ。
敢えて、大部分を隠したのも自ら考え、説得力を身に着けるのが狙いだ。
特に今の時代は、"法の常識"と呼べるものは破壊されたに等しい。
だからこそ、法を自らのものとし、それでいて自らの"説得力"を添えさせてこそ
今の法を語り、己を守る意味があるのだと東山は思う。

『……じゃ、そこまで』

あっという間に数十分が過ぎた頃だろう。
パンパン、と手を叩き論議をストップさせた。