2022/10/17 のログ
東山 正治 >  
『中々楽しそうに話が出来てたな?
 まぁ、俺が実際ゴチャゴチャ言うよりも実際はどうなったか、見てみようや』

楽しげに笑う東山は、カタカタとキーボードを叩けば争点が出てくる。

東山 正治 >  
【〇〇年 第1765号 殺人、公務執行妨害、過失運転致死傷罪、運転過失建造物損壊罪、傷害被告事件 続】

第1 判事第1の日時に、本件現場において、被告人が約時速300キロメートルまで
加速させていた被告人車両、及び被告人は明らかに常識外れな加速走行を行っており
安全意識に問題であり、それぞれが前記事故に繋がった事。
本件に係る自自認定上の争点は、被害者らに対しての殺意の有無、及び安全意識や被告人車両への取り扱い程度である。

検察官は、被告人は地球人でありながら現法の法定速度を逸脱した速度で被告人車両を運転し
当人もそれを認識していた事で、明らかに安全意識が欠けており、重大な過失であると主張。
弁護人は、被告人は結果的に重大な過失を招いてしまった。現法でも取り扱いに厳重である
小型竜型搭乗生物との意思疎通や取り扱いを誤ってしまい、更には異邦人である被告人車両の責任が大きく
本件での事故の発生は、被告人車両が大きな原因であり、被告人に被害者らに対する殺意は認められず、安全意識もあったことを主張。

第2 前提事実
関係証拠によれば、前記の争いの無い事実の他に、以下の事実も容易に認定することが出来る。

1  司法巡査Sとの確執
本件において、司法巡査Sに対する被告人の暴行行為の要因は
司法巡査Sの出自を懐疑的に思い、被告人車両に対する扱いに感情的になった結果である。
被告人は、被告人車両に対して強い思い入れを持っていたため、担当司法巡査Sが
被告人車両を飽くまで車両として扱う態度も相まって、暴行手段に出た。
当件に関しては被告人も認めており、公務執行妨害は妥当な罪状であると下されている。

2  被告人車両の扱い
便宜上、本件においては被告人車両と呼称しているが、本件において最終的な扱いは一生物としてみなす方向になった。
此れには被告人自体は被害者らに殺意を抱くことを立証することは不可能であったが
本件で押収された被告人車両には獰猛性が確認されており、本件に立ち会った
司法警察員B(28歳 地球人)司法警察員R(45歳 地球人)が被告人車両に
鋭利な右爪により、加療約3ヶ月の右肩裂傷の傷害を負う事になった。
また、当時の本件現場状況において被告人車両はAに対して明らかな衝突を狙っている事も確認され
被告人車両には明確に強い殺意があったと認められる。
結果、検察側は搭乗者である被告人が此れを制御することが出来なかった責任を追及し
結果は重大な事故と重い障害が生じたことにより、被告人の殺意は認められずとも
被告人車両の殺意が認められ、双方の意図の食い違いが確認された。
以上に加えて、被告人車両の責任を被告人の量刑に加算し、被告人に対しては、主文のとおりの量定するのが相当であると判断した。

東山 正治 >  
『……ま、要するに一蓮托生というか、ペットのやったことが飼い主が責任取ったってだけの話。
 いやー、俺も結構擁護したんだけどねー。西川ちゃん……あ、当時の検事ね?結構手強くてさー……』
 
『結構特殊っちゃ特殊だからなァ、そんなんでそれなりに年数は下げたつもり……だったけどね?』

『どうよ?案外面白くない結末だろ?』

上が下の不始末を取る。
今思えば当たり前なのかもしれないが
当時からすれば、ドラゴンの扱いなんて法律上どうしていいかなんて難儀したものだ。
今でもきっと、同じような事件が起きればこの通りになることはほとんどないだろう。
今よりは整備されているだろうが、まだまだこれ等の扱いは状況によって大きく変わる。
ふぅ、と溜息交じりに吐いた東山の息は疲れたようにみえて、呆れたようにも見える。

『被告人車両がどうなったか、なんて言うまでもねーよな?
 人に危害を加えるような"車両"はスクラップだよ、スクラップ』

東山は思わず肩を竦めた。

『……ま、こういう事もあったって話だ。
 くどいようだが、法律は今じゃ激動の世界だ』
 
『今でも法整備は行われてるだろうが、お前等自身も納得するかは難しい法もあるだろうな』

『だからこそ、"何故そうなるのか"を理解しろ。
 その上で、そんでもって説明が出来りゃ上等だ。
 "説得力"を持て。"ハッタリ"とはちげーぞ?』

『このクソ長ェ文章一つ一つに"説得力(イミ)"を持たせるのが、この法学の授業だ』

文章一つを述べるだけなら誰にでも出来る。
それらを駆使し、並び立て、説得力を持たせて真の力を発揮するのが法だ。
今となっては、昔の技術じゃ解明できない異能や怪異現象がわんさかとわいている時代だ。
そして、それをまた同じような跳梁跋扈が解決するようにもなっている。

『……コイツは言葉半分位で聞いとけ。
 "あり得ない"なんて考えは捨てておけ』

『死人に口なしっつーのに、今じゃ幽霊自身が証人で出る時代だ。
 どんな可能性も考えた上で、法を照らし合わせていけばいい』

『……まぁ、法律家になる気もなけりゃ意味ねー思考だが、常に"疑う"事は忘れないようにな?』

最早、どんなものが証拠になるかわかったものではない。
だからこそ、だからこそそれらの理由もつかないようなものに
自らの知恵と法で"説得力"をつけることが、今の法において大事なものだと東山は考えている。
異邦人も地球人も生きやすくするための知恵、即ち"思考"だ。

それを聞いて生徒がどんな顔をしているかはさておき
東山は何処となく楽しげに口角を上げていた。

東山 正治 >  
『……それじゃ、15分休憩と行こうや。
 頭を使うコツは、適度にサボる事だ』
 
『15分後には、現代の六法について説明するからリフレッシュしなよ?』

『それじゃ、休憩』

カチン。ジッポライターが開く音と共に、モニターはぷつりと切れた。

ご案内:「第一教室棟 教室」から東山 正治さんが去りました。
ご案内:「第一教室棟 教室」に清水千里さんが現れました。
清水千里 >  
「今日は昨日の説明の通り、皆からの質問に答えていこうと思う」



【質問1:魔術と異能に本質的な差がないとしたら、二つを定義的に隔てるものは何ですか?】

・世間一般には、魔術は再現性のある技術体系であり、
前触れなく発現する異能に比べて誰でも学べば行使できるものだと理解されている。
しかし君たちも知っての通り、この理解は不完全だ。
現場の魔術師たちは、魔術の行使にある程度の素質が必要であることを理解している。

・となると、世間一般で信じられている差には科学的な一貫性がないことになり、
定義としてはあまり意味を持たないものだということになる。
にもかかわらず異能と魔術という言葉で両者が分けられているのは、歴史的な背景がそこに存在するからだ。

・ソシュールの言語論を思い出そう。魔術の研究が魔術学、異能の研究が異能学として成立しているのは、
人間が自然現象を意図的に切り分けた結果であり、
奇跡論は両者が同じ現象を別々の角度から研究しているに過ぎないことを発見した。

・それぞれの学問には前史がある。
特に魔術学は研究することそれ自体が論難の対象になっているのは知っての通りだ。
これは魔術コミュニティに所属していることが部族主義的なメンバーシップのディスプレイになっている結果でもある。
魔術の歴史的背景は魔術コミュニティに閉鎖性をもたらし、魔術学と異能学の理論的統合を困難たらしめている。
これは世界にとって大きな損失だ。

清水千里 >  
【質問2:誰もが持っているEVEが超常現象の発現に関係しているのなら、
理論上は全ての人間が魔術や異能を行使できるということになるのでしょうか?】


・その通りだ。超常現象と言えどもひとつの自然現象に過ぎないことは、講義で説明した通りだ。
EVEの濃度によっては、能力の低い術者でも強力な魔術を行使できるということになり、勿論その逆も然りだ。
奇跡論の知見を利用すれば、人間に意図的に異能を発現させたり、
あるいは魔術師の能力を完全に封じ込めることさえ可能になる。

・この事実にはいくつかの政治的集団を狂喜させ、あるいは怒らせる要素が含まれている。
しかし科学者として重要なのはあくまで事実だ。
そして「無知は罪である」という言葉通り、知識は多くの問題を解決する助けになる。
政治的部族主義を先鋭化させないためには、「その仮説は事実を示しているか」という哲学的問題に固執するより、
「共通の問題を解決するためにその仮説は政策上どのように利用できるか」という、
プラグマティックな態度をとることが望ましい。後者の問いは検証可能な問題だからだ。

清水千里 >  
【質問3:奇跡論が従来型の科学技術と比較して非効率となるのはどんな時でしょうか? 
言い換えれば、将来的に奇跡論はあらゆるタイミングで銀の弾丸として働くようになるのでしょうか?】


・多くのケースで、奇跡論は従来より存在する方法に比べて非効率となる。
例えば核分裂反応の利用は莫大な電力を生み出す役には立つが、
化学工場の原料や熱源システムの代替にはならない。
無論それが不可能だということではないが、あらゆる意味で非効率的であるのは自明だ。
自宅でケーキを作るのにわざわざ魔術を使う必要はない、触れたものをケーキにする能力者以外は。

・奇跡論が有用になるのは、あくまで術者が通常の物理法則下で不可能なことを成そうとしているときに限られる。
人が重力を無視して空を飛んだり、
因果律を逆転させて地面に撒かれた水を回収したりすることは通常不可能な行為だ。
こういう場合には奇跡論的手法は有用な選択肢になるだろう。

清水千里 >  
【質問4:バックラッシュ以外に、魔術や異能を行使する危険性はないのですか?】


・これはいい質問だ。問題は、魔術や異能と切り離せない自発的対称性の破れにある。
通常全ての物理法則は対称性を持つが、現実改変時にはこの対称性は破れている。
実はこの対称性の破れが起こったとき、世界は何らかの形で対称性を補完していると考えられている。
ひとつの仮説は、この宇宙と同時並行的に存在する別の宇宙でバックラッシュが起こっているという仮説だ。
この仮説の下では、対称性の破れが起こっているように見えるのは、
あくまで我々がこの宇宙しか観測していないからだということになる。

・これは我々に直接の危害をもたらすものではないが、
違う宇宙で起こった現実改変が我々の世界でバックラッシュを起こすという可能性を示唆する。
これは大変容時に発生した超常現象の解明に役立つかもしれない。

清水千里 >  
【質問5:異能の制御は個人によって有意な差がありますが、この差は何から生み出されているのですか?】


・まず、異能にせよ魔術にせよ、それらの制御の要たる点は、
空間上のEVE量に応じて自身のアスペクト放射の強度を調整することにある。
講義でも説明したように、人間には生理学的機能として自身のアスペクト放射の強度を周囲に合わせて調整する、
恒常性維持機能が存在する。このため、大変容以前に一般の人間がバックラッシュを起こすことはなかった。

・しかし大変容以降大きな変化が生じた。地球上のEVE濃度が有史以来比較にならないほど上昇したのだ。
人間種にとって、これは種族史開闢以来の大きな変化となった。
遺伝学の知見によれば、人間の恒常性維持機能という表現型を発現させるため、
これに関わる小さな効果を持つ多数の遺伝子が存在するが、これが制御能力に大きな差をもたらしているのだ。
この表現型にかかわる遺伝子はこれまで大きな淘汰圧を受けなかったため、
その遺伝子は適応度的に中立で、結果的に遺伝的浮動が集団内の遺伝子頻度に大きな影響を与えている可能性がある。

・このため異能の制御は個人の努力の範疇を超えている部分があると考えられる。
遺伝子が関与していることは努力の有用性を否定するものではないが、
遺伝子治療が異能の制御に大きな役割を果たす可能性がある。
遺伝子標的薬や出生前遺伝子操作はこの『遺伝病』に対する一つの解決策となるかもしれない。

清水千里 >  
【質問6:奇跡論的な手法を用いて宇宙全体の物理法則を変えることは可能ですか?】


・残念ながら。
宇宙全体の物理法則を変えるということは、宇宙全体で自発的対称性の破れを起こすということだが
――それだけのEVEをいったいどこから手に入れようというのだろうか? 
残念ながら、宇宙全体に存在するEVEの質量は、宇宙を構成する質量全体の30%にも満たない。



【質問7:現実歪曲はどの程度の期間持続させることができるのでしょうか?】


・あなたがコントロールできる限り、いつまでも。

・現実歪曲を起こせるほど密集したEVEは物理的にとても不安定な状態にあるため、
自然状態ではすぐに空間上に拡散してしまい、現実歪曲効果はなくなってしまうだろう。
またより広範囲にEVEを密集させればさせるほど、EVEはより不安定な状態に陥り、維持することが難しくなる。



「さて、今日はこの辺で」

ご案内:「第一教室棟 教室」から清水千里さんが去りました。