2019/02/11 のログ
ご案内:「職員室」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > 昼になって、時計塔の鐘が鳴る。
今ごろ多くの教室では、ひとつの試験の終了と共に安堵や悲嘆の溜め息が零れている頃だろう。
職員室の自席に腰掛けたヨキもまた、自分の仕事に一区切りつけたところだった。
「やっと半分終わった……」
机上にはA4用紙で刷られた手製のチェックリストが置かれており、そこには講義の準備から島外との渉外まで、大小さまざまな仕事が羅列されている。
ひとつ終わるごとにひとつチェックを付けている訳だが、連絡や学生の相手を挟んでいるとなかなか捗らない。
「休憩しよう。根を詰めるのはいかん……」
ノートパソコンを畳むと、そのまま机に突っ伏した。学生が居眠りする姿に似ているが、何とも図体がでかい。
■ヨキ > 背後では、職員室を訪れた学生や教師たちの声がする。
電話が鳴り、コピー機が唸り、湯の沸いたポットがピヨピヨ鳴って何とも賑やかだが、ヨキは自分が呼ばれない限り我関せずである。
彼のことだから、肩を叩かれさえすればすぐに目を醒ますだろう。それが職員室における、馴染みの光景のひとつなのだった。
■ヨキ > 寝付くのは早かった。
「んん……」
腕を枕に身じろぎした拍子、先程のチェックリストが机から落ちる。
画材の発注、論文の校正、ギャラリーにメール、出版社に問い合わせ……などなど、見る者が見さえすればヨキのものと一目で分かる。
記名のない紙切れが、机と机の間に延びる通路にはらりと滑った。
ご案内:「職員室」に獅南蒼ニさんが現れました。
■獅南蒼ニ > こちらはヨキが居眠りし始めるずっと前から,それこそ職員会議中もずっと,まるで考え込んでいるかのような姿勢で,微動だにせず沈黙している獅南蒼ニ。
とても,よく,寝ている。
そろそろいつもの光景すぎて誰もツッコミを入れなくなったのかもしれない。
「…………………。」
何も知らない人が見れば,物凄く重要な案件について考えているように見えなくもありません。
■ヨキ > 人の波が引くと、あとは仕事を片付けたり、自席で昼食を取る教師が残るばかりである。
昼下がりの職員室で、ぐっすりと眠る教師二人。
「うううん……止さんか獅南……公安に盾突くでない……うーん……」
いったい何の夢を見ているのだろう。
「ッ」
よっぽど不穏な内容だったのかもしれない。息を呑むと同時、梅干しみたいなクシャクシャの顔で飛び起きる。
寝ぼけ眼で深く深く溜め息を吐くと、昏々と眠る獅南へそっと振り向く。会議中からまったく姿勢が変わっていない。
■獅南蒼ニ > 獅南の机上には,魔術書が開かれている。
開かれているページは,目次。
この魔術学教師は,約1時間半を費やして目次を読み解いたのだ。
お馬鹿。
「……………………。」
なお,職員会議の内容は試験課題の在り方について,など,この男にも多大に関係するものが含まれていたのだが,聞く耳を持たないのは今に始まったことではない。
「……………………。」
貴方が視線を向けても,本当にピクリともしない。
■ヨキ > じっと見る。無論、視線ごときで獅南蒼二が目を醒ますはずがない。
席を立ち、いつの間にか落としていたチェックリストを机上に載せると、真っ直ぐに獅南の席へ向かう。
「…………………………」
無言の半眼で眠る獅南を見下ろし、迷わず相手の額に左の手のひらを宛がう。
その中指を右手で引き起こし――力強く弾く。俗に言う、デコピンである。しかも痛い方の。
途方もない魔力が身体強化くらいにしか使い道のないヨキは、人一倍膂力がある。
その指が、獅南の額をしたたかに打つ。ばちん、といい音が響き渡る。
■獅南蒼ニ > 良い音がした。響き渡った。
きっとここに誰かがいれば,振り向いただろうと思えるくらいの音が。
「………………。」
おでこに痕がつくレベル。
それでも動かない獅南。ただ,静かに瞳を開いて,貴方の方へ視線を向けて,一言。
「………せめてもう少しマシな起こし方をしろ。」
あ,痛かったんですね獅南先生。
■ヨキ > 手を放し、腕組みをして獅南の顔を真正面から覗き込む。
デコピンされるわ目の前にヨキの顔があるわで、最悪の寝覚めであろう。
「おはよう蒼二くん」
もちろん、語尾にハートなど付かない。
「会議中からずっと寝こけておいて、その言い草はないと思うのだよ」
今にも頭を鷲掴みにするのではないかと思われるほど、顔しか笑っていない。
喉の奥で、怒りが煮えたぎっている。
■獅南蒼ニ > 貴方の視線に怒りを感じ取ることはできた。
だが,獅南は小さく肩をすくめて……
「…生徒の意見だか何だか知らんが,研鑽を怠る者の言葉に迎合し,学ぶ意欲のある者から学びの機会を奪う必要がどこにある?
そもそも,我々の仕事は授業をこなすことでも,単位を与えることでも,成績を付けることでもない。
生徒の魔術学的な知識,技能,発想力,それらを一定の水準に引き上げることだろう。
力も伴わん者に,形だけの単位を与える方がよほど不誠実だとは思わんか?」
この男,この時期になると毎年,この手の話で呼び出されている。
彼の中の価値基準を覆すのは,相当に難しそうだ。
■ヨキ > 手近で空いている椅子を引き寄せて、獅南の隣にどっかりと腰を下ろす。
大きな口をへの字に曲げて、拗ねたように目を逸らした。
「ヨキとて判っておるつもりだ。お前の考えていることくらい。
だがそれだけの考えがあるなら、真っ向から学園に説明してみせればよいではないか。
自分のやり方で、教え子がいかに成長したか。単なる意地悪ではなく、実績を残す魔術師に育て上げるためなのだと。
ヨキに言わせれば、衆人環視の中で堂々と眠る今のお前の方が、よっぽど不誠実だ。……」
しばし黙りこくって、横目で獅南を見る。
「……この、ぶきっちょめが。お前はせっかく人間で、地球人で、実力もあるのに、勿体ない」
■獅南蒼ニ > 貴方が隣に座れば,獅南苦笑を浮かべていた。
貴方の言葉は遮らずに最後まで聞いて,
「とうの昔に説明したさ,だから私は今もここに居る。
当時の私は今より苛烈だったと自負しているが……。」
それは,貴方と出会う以前の話なのだろう。
かつて,この魔術学教師は理解者を探していた。
「卒業生らも,皆が大成したわけではない。
私の試験課題を前にした生徒も,乗り越える者ばかりでなく,ふるい落とされる者も多い。
つまり,全ては本人の学ぶ意欲……努力と研鑽によってのみ,達せられる。
だからそれを,私の手柄のように伝えるつもりなど無い
お前はそれを,勿体ないなどと言うのだが,ね。」
そして獅南は,貴方という理解者を得てしまったのだ。
貴方は気付くまい。貴方自身の存在が,貴方の言う「勿体ない」在り方につながっていると。
「………まぁ,居眠りについては罪の意識が無いでもないが。」
■ヨキ > 獅南が口を開くと、そちらへ顔を向ける。
「何も、お前ひとりの手柄という訳じゃない。
お前の教え子らは、お前の小難しい授業の中で大変よくやっていると思う。
けれどヨキは、お前に人の努力を評価する目があることだって知っている。
慣れ合えだとか、手心を加えろと言いたいのではない。
“今の”お前だからこそ、伝えられることがあるとヨキは思うのだ……」
居眠りについて言及されると、眉を下げて小さく「ばか」と笑った。
「……済まぬ。ヨキも説教臭くなった」
周りに聞く者がないことを確かめてから、声量をワントーン落とす。
「…………。実は、本土の出版社から『作品集を出さないか』と打診があってな。
意気込んで打ち合わせたはいいが……彼らが求めていたのは、『人外で異能者』のヨキだった。
それきり、話は立ち消えだ」
獅南の目元から、どこを見るでもなく視線を落とし、苦笑いして小さく首を振る。
「互いに、先は長いな」