2019/05/28 のログ
ご案内:「食堂」にアリスさんが現れました。
アリス >  
衣食足りて礼節を知る。という言葉に在る通り
腹を空かせた食べ盛りの学生は魔物のようなものなのであった。

昼。今日は授業の都合であまり来ない第二食堂に足を運んだ。
良い匂いがする。第二食堂を担当している業者さんは、良い腕前の料理人なのかも知れない。

時間は11時58分といったところ。
何故か、パン売り場を前にテーブルが片付けられていく。

パンか……お昼はパンもいいかも知れない。
気の利いた惣菜パンを1個食べれば、今のお腹も落ち着くだろうし。

軽い足取りでパン売り場に近づいた。
瞬間、12時のチャイムが鳴り響き。

周囲から生徒たちが群がるようにパン売り場に駆けつけ、私は轢かれた。

「カハッ………」

食堂の床をバウンドしてズタボロになる私。

いや、カハッて。
全くカワイくないし、こんな悲鳴を上げる人ゲーム以外で初めて見た。
あ、私だこれ。この声出したの私だ。

アリス >  
一体何事!?
今、轢かれたんだけど!!
私、大勢の生徒に轢かれたんだけど!!

起き上がると目の前で生徒たちはパンを奪い合っている。
その過程で拳足による打撃も見て取れた。
何これ、怖っ………

風紀に連絡しようと思ったけど、風紀委員の腕章をした人もあの狂乱の宴に混じっている。
これは……何かある。

慌てて携帯デバイスを開いて常世学園関係の情報サイトにアクセスする。
あった、常世学園第二食堂。
 

常世学園第二食堂ではあまりに美味なパンが販売されるため、年々パンの争奪戦が熾烈化している。
格上の相手への打擲を始めとした、異能を使った殺傷以外のあらゆる行動が認められている。
この第二食堂パン争奪戦は過激化の一途を辿る一方で、称号が与えられた生徒=ネームドハンターの誕生など
興味深い側面も持ち合わせており………

 
いやおかしいでしょ!?
パンの争奪戦に殴る蹴るしてるのあの人たち!?
でも……それだけ美味しいパンなのかなぁ…

息を呑む。
彼らが奪い合ってるパンを、食べたい。

アリス >  
私の胃袋から考えるに、たった一つのパンでも買えれば勝利。
だったら、横から掠め取ることができないだろうか。

人混みの中に気配を消して紛れ込む。
今の私は最下層、餓狼の群れの中のネズミ。
決して打撃は受けない。と思う。多分。

パンの棚に新しく置かれたクリームパンに手を伸ばす。
取った! ゲット!
包みの上から甘い芳香を幻覚に覚えるほど官能的に膨らんだパン!!

しかし。
次の瞬間、隣にいた女子に腕を上に弾かれてクリームパンが宙に舞う。
しまった、侮っていた!! 餓狼の瞬発力を!!

空に弾かれたフリーのクリームパンへ手を伸ばす。
しかし、ジャンプ力もリーチも劣る私は競り合いに負け、着地に失敗して尻餅をついた。

「いたた……」

ネズミにありつけるパンなんてない、か…
ここは大人しく、第一食堂に戻って普通に売ってるパンを買うべきか。
あるいは、第二食堂に残って勝者を眺めながらうどんでも食べるか。

アリス >  
でも。でも。でも!!
私はあのパンが食べたい。
私は今日、ここで、あのパンが食べたい!!

ネズミの気分で掠め取ろうとしたから負けた。
餓狼にならなければ、勝てない。

自分の長所を生かそうとしなかったから負けた。
コンセプトの戦いに勝てなければ、パンにはありつけない。

ひもじい野良犬の気持ちで挑んだから、勝負にも負けた。
気高く餓えなければ、勝てないッ!!

 

二本の足で立ち、自分を解き放つ。
今の私はアリス・アンダーソンであり、餓えた一匹の狼になるのだ。

賭けろプライド、死ぬまで狼ッ!!

アリス >  
狂騒の中にゆったりとした足取りで踏み入る。
今の私の闘気に気付いたのか、周囲の人間も私を見る。

意思は、時として人を変える。
昨日までの怠惰な豚を、今日の猛獣へと変化させるほどにッ!!

私に意識が集中する中、新たなパンへと向かう。
恐らくは今日の限定パン。
チープなビニールの包みが豪奢な王族衣装に見えるほどの輝きを秘めたケバブサンド。

あれを……奪(と)る!!

周囲の絶対強者たちも手を伸ばす。
その時、私は彼らよりも一手、先んじた。
万物創造の異能、空論の獣(ジャバウォック)。
私のサンダルを今、ローラーブレードに変えた!!

最短ルートを駆けてケバブサンドに手をかける。
再び、隣の女子に腕を弾かれてケバブサンドが中空に舞う。

それも―――――想定済みッ!!

アリス >  
これはコンセプトの戦い!!
依然、変わりなくッ!!

肉と野菜がパンの間で跳ねるケバブサンドを跳躍して追う私。
さっきと同じ状況。
でも、今は違う。勝算がある!!

ローラーブレードをジャンピングシューズに再錬成し、高く飛ぶ。
それでも足りない。ジャンプ力は補えても、私の短い手では星に届かない。
リーチがなかったらどうする?

それも補う。

本当に安っぽい、子供の玩具。
マジックハンドを錬成してケバブサンドを掴んだ。
これが勝利への方程式ッ!!

アリス >  
ケバブサンドを手にし、着地した私に襲い掛かってくる男女、その数三人!!
でも、それも想定済み!!

王者のケバブサンドを奪い取るために迫り来る手に向かって、距離を取るように後退すると。
口元を手で覆って周囲の気体を錬成し直した。

昼時に最も身近な毒ガスは何か理解(ワカ)るかしら?

答えは簡単―――――

私の錬成した気体を嗅いだ三人がその場に蹲る。
答え、それは第一食堂のカツ丼の匂いッ!!
私の作り出した匂いを嗅いだ三人がフラフラと食堂を出て行った。

ふふふ、この匂いを嗅げばもう……今日はカツ丼という気分でしょう?
これが私の切り札、錯覚の香り。
もう私に近づく人はいない。

悠々とケバブサンドの代金を支払って着席。
勝利は確定し、この結果へと収束する!!

アリス >  
ケバブサンドはトマトとヨーグルトソースの酸味が肉をさっぱりと食べさせる、
それは見事な味わいだった。
どうしてこの第二食堂でこんな戦いが行なわれているか。

この味を知れば理解できるというもの。

肉の旨みと野菜のフレッシュな香気、そしてソースの風味が混然となって齎す、味のハーモニー。
それはどれだけの人を蹴落としても辿り着きたい境地だった。

食べ終えてからふと、携帯デバイスの開きっぱなしだった第二食堂のページを見る。
ページの末尾に、新人ネームドハンター『錬金術師(アルケミスト) アリス・アンダーソン』の名前が書き込まれていた。

もう二度と来ない。

ご案内:「食堂」からアリスさんが去りました。